2 / 5
はじまり
抱き心地はわるいけれど
しおりを挟む
高濃度カカオと度数の強いアルコールで頭がバーンになったのだろうか、このクソ後輩は。
海峰はスンッとした表情で、妙にキラキラした瞳の後輩を見据えた。
その話は聞いたことがある。
ハグ。つまり抱擁をする・されることによって、幸福ホルモンと呼ばれるエンドルフィンとやらが出るとか。
それによって一日の三分の一の心の疲れが取れるとか。
それは分かる。理解できるが――
「なんでおまえと……?」
この一言に尽きる。
「だってオレが食っちゃったし」
「成人済みの男同士で?」
「外国ならフツーっすよ。日本でも応援している球団やサッカーチームが優勝した時とかやるじゃないっすか」
あれは相当テンションが上がっているからできるのであって、テンションダダ下がりの現状では『フツー』ではない気がする。
「いや無いだろ」
「アリですって。誰もいないですし」
「誰もいないってところがまた問題だ」
「まったくもって無問題です。――ところで全っ然関係ないっすけど、抱擁ってアルファベットで『Ho! You!』って感じでなんか楽しそうっすよね」
「うん本当に全然関係ないな」
思いつきをすぐ口にする空丘に、海峰はこめかみが痛むのを感じた。
その後も、海峰はぐずぐず煮えきれずにいたが、空丘は一向にあきらめる様子がない。
十分後、――根負けした。
(まあいっか……)
「ん」
海峰は座ったまま、空丘に向かって両手を広げた。
「それでは空丘、行っきまーす」
……
……
……意外だ。
数秒後にそう思ったのは、『ガバッ』ではなく『そっ』だったからだ。
空丘は実にゆっくりと、紳士的に海峰の体に手を回し、胸の中に招き入れた。
エプロンに刺繍された楮ブックストアのロゴが頬に触れる。
背中に空丘の手のぬくもり。
ぎゅっと抱きしめるのではなく、
あくまでふわっと包み込むような。
後輩の意外な一面、優しさをその身で感じた海峰はうっとりと――はしなかった。
(……抱き心地悪っる……)
男だからゴツゴツして、柔らかさのカケラもない。
むしろ抱かれ心地とでも言うべきだろうか。
過去に恋人と別れてから数年。
こうやって人と触れ合うのは久しぶりだ。
他にハグと言えば、知り合いの子どもを抱っこしたことくらいか。
だから新鮮ではある。誰かに抱かれる、というのは。
(……ってか、なんか小っ恥ずかしい)
子どもの頃に戻ったような感覚に、足元がモゾモゾした。
(そんでこいつ、変にあったけーし。いま気づいたけど、柔軟剤うちのと同じだ)
他者の体温に最初は戸惑ったが、嗅ぎ慣れた匂いに包まれ、おもむろに全身から力が抜けていく。
(……ああ、うん)
すり、と無意識に空丘の胸に頬をすり寄せる。
(……悪くねーかも……)
しばらくして、空丘がそっと体を離した。
あまりに海峰が無反応なので不安になったのか、
「先輩、どーでしたか」
と窺う。
海峰はハッとなった。
「一瞬寝てた」
一分にも満たない時間だが、確実に意識を失っていた。
そのせいか頭が少しスッキリして、苛立ちも治っていた。脳のオフ効果、恐るべし。
「じゃあ合格?」
空丘が首を傾げる。期待に満ちた瞳で。
「ギリギリだけどな」
本当はかなりいい感じ――少なくとも残りの仕事を片づける気力がわくくらいには癒されたが、なんとなく悔しいので減らず口を叩いた。
けれど空丘はパッと満面を明るくさせる。
「やった! そんじゃチョコが来るまでの四日間、毎日オレが先輩をハグしますね!」
無邪気にバンザイしてそんなことを告げてくる。
何がそんなに嬉しいんだ。
というかおまえは職場で男にハグして、それでいいのか。
呆れ半分、こっちこそ助かったという感謝半分で、海峰は苦笑した。
海峰はスンッとした表情で、妙にキラキラした瞳の後輩を見据えた。
その話は聞いたことがある。
ハグ。つまり抱擁をする・されることによって、幸福ホルモンと呼ばれるエンドルフィンとやらが出るとか。
それによって一日の三分の一の心の疲れが取れるとか。
それは分かる。理解できるが――
「なんでおまえと……?」
この一言に尽きる。
「だってオレが食っちゃったし」
「成人済みの男同士で?」
「外国ならフツーっすよ。日本でも応援している球団やサッカーチームが優勝した時とかやるじゃないっすか」
あれは相当テンションが上がっているからできるのであって、テンションダダ下がりの現状では『フツー』ではない気がする。
「いや無いだろ」
「アリですって。誰もいないですし」
「誰もいないってところがまた問題だ」
「まったくもって無問題です。――ところで全っ然関係ないっすけど、抱擁ってアルファベットで『Ho! You!』って感じでなんか楽しそうっすよね」
「うん本当に全然関係ないな」
思いつきをすぐ口にする空丘に、海峰はこめかみが痛むのを感じた。
その後も、海峰はぐずぐず煮えきれずにいたが、空丘は一向にあきらめる様子がない。
十分後、――根負けした。
(まあいっか……)
「ん」
海峰は座ったまま、空丘に向かって両手を広げた。
「それでは空丘、行っきまーす」
……
……
……意外だ。
数秒後にそう思ったのは、『ガバッ』ではなく『そっ』だったからだ。
空丘は実にゆっくりと、紳士的に海峰の体に手を回し、胸の中に招き入れた。
エプロンに刺繍された楮ブックストアのロゴが頬に触れる。
背中に空丘の手のぬくもり。
ぎゅっと抱きしめるのではなく、
あくまでふわっと包み込むような。
後輩の意外な一面、優しさをその身で感じた海峰はうっとりと――はしなかった。
(……抱き心地悪っる……)
男だからゴツゴツして、柔らかさのカケラもない。
むしろ抱かれ心地とでも言うべきだろうか。
過去に恋人と別れてから数年。
こうやって人と触れ合うのは久しぶりだ。
他にハグと言えば、知り合いの子どもを抱っこしたことくらいか。
だから新鮮ではある。誰かに抱かれる、というのは。
(……ってか、なんか小っ恥ずかしい)
子どもの頃に戻ったような感覚に、足元がモゾモゾした。
(そんでこいつ、変にあったけーし。いま気づいたけど、柔軟剤うちのと同じだ)
他者の体温に最初は戸惑ったが、嗅ぎ慣れた匂いに包まれ、おもむろに全身から力が抜けていく。
(……ああ、うん)
すり、と無意識に空丘の胸に頬をすり寄せる。
(……悪くねーかも……)
しばらくして、空丘がそっと体を離した。
あまりに海峰が無反応なので不安になったのか、
「先輩、どーでしたか」
と窺う。
海峰はハッとなった。
「一瞬寝てた」
一分にも満たない時間だが、確実に意識を失っていた。
そのせいか頭が少しスッキリして、苛立ちも治っていた。脳のオフ効果、恐るべし。
「じゃあ合格?」
空丘が首を傾げる。期待に満ちた瞳で。
「ギリギリだけどな」
本当はかなりいい感じ――少なくとも残りの仕事を片づける気力がわくくらいには癒されたが、なんとなく悔しいので減らず口を叩いた。
けれど空丘はパッと満面を明るくさせる。
「やった! そんじゃチョコが来るまでの四日間、毎日オレが先輩をハグしますね!」
無邪気にバンザイしてそんなことを告げてくる。
何がそんなに嬉しいんだ。
というかおまえは職場で男にハグして、それでいいのか。
呆れ半分、こっちこそ助かったという感謝半分で、海峰は苦笑した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

突然現れたアイドルを家に匿うことになりました
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
「俺を匿ってくれ」と平凡な日向の前に突然現れた人気アイドル凪沢優貴。そこから凪沢と二人で日向のマンションに暮らすことになる。凪沢は日向に好意を抱いているようで——。
凪沢優貴(20)人気アイドル。
日向影虎(20)平凡。工場作業員。
高埜(21)日向の同僚。
久遠(22)凪沢主演の映画の共演者。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。


告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる