【ホラー】おまえが悪い

鳥谷綾斗(とやあやと)

文字の大きさ
上 下
3 / 8

3

しおりを挟む
 おじいちゃんの家は古い平屋だ。瓦の屋根も、木の格子でできた玄関も、ニワトリがうろつく庭も、畳の部屋も縁側も、何度か訪れただけのわたしにはあまり馴染みがない。だけど心が勝手に懐かしいと感じる。
 庭に面した和室で、わたしは畳の上で寝転んでいた。い草の香りと土の匂いが漂う。力なく手足を投げ出した。
 庭に差し込むお日さまの光が赤い。もう夕方だ。

(……おじいちゃんと、川に行くはずだったのにな……)
 この家に着いた途端、わたしは急に気持ち悪くなった。口を押さえて座り込むわたしに、おじいちゃんたちはオロオロした。

 ――「一花、車酔いか? それとも熱中症?」
 ――「お医者さんに行った方がいいのかしら」

 おじいちゃんたちは心配してくれた。
 二人は、優しい。わたしが小さい頃から、ずっと優しかった。障子にイタズラして破いても怒らないし、嫌いなピーマンを残しても許してくれる。お母さんが「お義父さんたちは優しすぎです。甘やかさないでください」って注意するくらいだ。
 なのに。
 昼間目にした光景が忘れられない。
 車に轢かれた――ううん、轢いた子狸への、あの言葉。
 冷たい、容赦がない、残酷――イヤな言葉ばかり浮かぶ。そんな声と目だったのだ。
「狸はわるい動物」という言葉が気になって、さっきスマホで少し調べてみた。それによると狸は『害獣』で、農作物を荒らしたり家畜を襲ったりするそうだ。
 おじいちゃんも、畑で野菜を育ててニワトリを飼ってるから、もしかしたら狸に困らせられたのかも……ううん、違う。

「祟りやすい」って、おじいちゃんが言ってた。

(――祟り、って何だろう)
 むくりと起き上がって、真っ暗なスマホの画面に指を伸ばした時だった。

 ……キュエェ――エ……

 どこからか遠くで、鳴き声が響いてきた。
 昼間に聞いた狸の声だ。高く澄んで、笛の音みたいにキレイなのにどこか寂しい。こっちも切なくなるような、ひとりぼっちの遠吠え。
 あの親狸だろうか。
 ……あの子狸の死体は、どうなったんだろう。
 親狸が、宅急便のマークみたいに口にくわえて連れていったらいいけど、もしもそのままだったら。
 カラスに突つかれたり、他の動物に食べられたり、
 別の車に轢かれたり……?

 無惨な光景を想像して、わたしは寒気と居たたまれなさを感じた。
 その時、襖の向こうからおばあちゃんの声がした。
「一花ちゃん、大丈夫?」
 びくっと、わたしの肩が跳ねる。
「もうすぐお夕飯だけど、食べられそう? 一花ちゃんの好きなからあげいっぱい作ったのよ」
 いつもどおり優しいおばあちゃん。でも、わたしは、
「えっと……まだ、気持ち悪い」
 嘘をついた。本当は気持ち悪さはもうないし、おなかも空いてるけど。
「そう。じゃあもう少し後にしましょうね」
 おばあちゃんの返事に、わたしはホッとする。そして、おばあちゃんの気配が消えると、リュックを背負って、そっと縁側から庭に下りた。
 サンダルをつっかけて走り出す。空はきれいな夕焼け一色だった。
(確か……あっちから来たよね)
 この家までの道の記憶をたぐり寄せて、わたしは必死で走った。
 何でこんなことをしているのか自分でも分からない。
 ただ気になる。
 どうしても気になる。
 あの子狸が、どうなっているか。
 もしそのまま道路にいたら……わたしが埋めてあげよう。
(あ、シャベルとか持ってくればよかった)
 気づいたけど、足が止まることはなかった。
 わたしは、わたしが住んでる街とは全然違う、家も明かりもまばらな田舎の道をひた走った。


 夕日がすっかり沈んで、空の端っこだけが赤く燃える頃、わたしはその場所にたどり着いた。
 荒い呼吸を整え、スマホのライトをつける。ボロボロの看板、タイヤがない自転車……ここだ。
 地面の血のカーブは黒ずんでいた。
 でも、子狸の死体は見当たらない。
「連れてったのかな……」
 ホッとしたような拍子抜けのような。わたしは周囲を見渡して、それらしいものがないか確かめた。
 やっぱり、ない。
 ふう、と息をついた。そして、ガードレールの下に咲いている、名前も知らない野花を摘んだ。薄暗い中、花の色だけ白い。
 何本か摘んで茎でひとつにまとめ、小さな花束を作った。
 それを血の痕にそっと置き、しゃがんで、手を合わせた。
(……ごめんね……)
 心の中で、謝る。あの小さな子狸に。親狸に。
 しばらく黙祷して、スッと立ち上がった――時。

「何をしているんだ、一花」

 後ろから、おじいちゃんの、冷たくて固い声がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熾ーおこりー

ようさん
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞参加予定作品(リライト)】  幕末一の剣客集団、新撰組。  疾風怒濤の時代、徳川幕府への忠誠を頑なに貫き時に鉄の掟の下同志の粛清も辞さない戦闘派治安組織として、倒幕派から庶民にまで恐れられた。  組織の転機となった初代局長・芹澤鴨暗殺事件を、原田左之助の視点で描く。  志と名誉のためなら死をも厭わず、やがて新政府軍との絶望的な戦争に飲み込まれていった彼らを蝕む闇とはーー ※史実をヒントにしたフィクション(心理ホラー)です 【登場人物】(ネタバレを含みます) 原田左之助(二三歳) 伊代松山藩出身で槍の名手。新撰組隊士(試衛館派) 芹澤鴨(三七歳) 新撰組筆頭局長。文武両道の北辰一刀流師範。刀を抜くまでもない戦闘の際には鉄製の軍扇を武器とする。水戸派のリーダー。 沖田総司(二一歳) 江戸出身。新撰組隊士の中では最年少だが剣の腕前は五本の指に入る(試衛館派) 山南敬助(二七歳) 仙台藩出身。土方と共に新撰組副長を務める。温厚な調整役(試衛館派) 土方歳三(二八歳)武州出身。新撰組副長。冷静沈着で自分にも他人にも厳しい。試衛館の弟子筆頭で一本気な男だが、策士の一面も(試衛館派) 近藤勇(二九歳) 新撰組局長。土方とは同郷。江戸に上り天然理心流の名門道場・試衛館を継ぐ。 井上源三郎(三四歳) 新撰組では一番年長の隊士。近藤とは先代の兄弟弟子にあたり、唯一の相談役でもある。 新見錦 芹沢の腹心。頭脳派で水戸派のブレインでもある 平山五郎 芹澤の腹心。直情的な男(水戸派) 平間(水戸派) 野口(水戸派) (画像・速水御舟「炎舞」部分)

ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿

加来 史吾兎
ホラー
 K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。  フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。  華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。  そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。  そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。  果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。

視える棺―この世とあの世の狭間で起こる12の奇譚

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、「気づいてしまった者たち」 である。 誰もいないはずの部屋に届く手紙。 鏡の中で先に笑う「もうひとりの自分」。 数え間違えたはずの足音。 夜のバスで揺れる「灰色の手」。 撮ったはずのない「3枚目の写真」。 どの話にも共通するのは、「この世に残るべきでない存在」 の気配。 それは時に、死者の残した痕跡であり、時に、境界を越えてしまった者の行き場のない魂でもある。 だが、"それ"に気づいた者は、もう後戻りができない。 見てはいけないものを見た者は、見られる側に回るのだから。 そして、最終話「最期のページ」。 読み進めることで、読者は気づくことになる。 なぜ、この短編集のタイトルが『視える棺』なのか。 なぜ、彼らは"見えてしまった"のか。 そして、最後のページに書かれていたのは—— 「そして、彼が振り返った瞬間——」 その瞬間、あなたは気づくだろう。 この物語の本当の意味に。

黒き手が…【マカシリーズ・4話】

hosimure
ホラー
マカの親友・ミナは中学時代の友達に誘われ、とある儀式を行います。 しかしそれは決して行ってはならないことで、その時マカは…。 【マカシリーズ】になります。

視える棺2 ── もう一つの扉

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。 影がずれる。 自分ではない"もう一人"が存在する。 そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。 前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。 だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。 "棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。 彼らは、"もう一つの扉"を探している。 影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者—— すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。 そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。 "視える棺"とは何だったのか? 視えてしまった者の運命とは? この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。

絶海の孤島! 猿の群れに遺体を食べさせる葬儀島【猿噛み島】

spell breaker!
ホラー
交野 直哉(かたの なおや)の恋人、咲希(さき)の父親が不慮の事故死を遂げた。 急きょ、彼女の故郷である鹿児島のトカラ列島のひとつ、『悉平島(しっぺいとう)』に二人してかけつけることになった。 実は悉平島での葬送儀礼は、特殊な自然葬がおこなわれているのだという。 その方法とは、悉平島から沖合3キロのところに浮かぶ無人島『猿噛み島(さるがみじま)』に遺体を運び、そこで野ざらしにし、驚くべきことに島に棲息するニホンザルの群れに食べさせるという野蛮なやり方なのだ。ちょうどチベットの鳥葬の猿版といったところだ。 島で咲希の父親の遺体を食べさせ、事の成り行きを見守る交野。あまりの凄惨な現場に言葉を失う。 やがて猿噛み島にはニホンザル以外のモノが住んでいることに気がつく。 日をあらため再度、島に上陸し、猿葬を取り仕切る職人、平泉(ひらいずみ)に真相を聞き出すため迫った。 いったい島にどんな秘密を隠しているのかと――。 猿噛み島は恐るべきタブーを隠した場所だったのだ。

蝶々の瑕

七瀬京
ホラー
『夏休み中かかりますけど、日給一万円の三食付きのバイトがあるって言えばやってみたいと思いますか?』 そんな甘い言葉に誘われて、私は、天敵とも言えるゼミの担当、海棠隆一准教授からの提案で、とある山奥の村へ行くことになった。 そこは、奇妙な風習があり……。

十一人目の同窓生

羽柴吉高
ホラー
20年ぶりに届いた同窓会の招待状。それは、がんの手術を終えた板橋史良の「みんなに会いたい」という願いから始まった。しかし、当日彼は現れなかった。 その後、私は奇妙な夢を見る。板橋の葬儀、泣き崩れる奥さん、誰もいないはずの同級生の席。 ——そして、夢は現実となる。 3年後、再び開かれた同窓会。私は板橋の墓参りを済ませ、会場へ向かった。だが、店の店員は言った。 「お客さん、今二人で入ってきましたよ?」 10人のはずの同窓生。しかし、そこにはもうひとつの席があった……。 夢と現実が交錯し、静かに忍び寄る違和感。 目に見えない何かが、確かにそこにいた。

処理中です...