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第十伍局【師団名人戦編②】

16巡目◉女神の天秤

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「カオリちゃん! 決勝戦進出おめでとう!」

 出勤したらお客さんみんなにそう言われた。師団名人戦は準決勝から映像対局をライブで観ることができるので麻雀ファンはみんな先日行われたカオリの対局を観ていたのだ。
「あの4人テンパイしてた局、凄かったねー。カオリちゃんがいつか②降り打ちしちゃうんじゃないかとハラハラしながら見たけど全部押したね」
「あー、たまたま危険度高い牌引かなかったから。大切な最後の親番でしたし。…みなさんが応援してくださったから祈りが通じたのかな?」
「祈って勝てるならいくらでも祈るから。だからきっと優勝してきてよ」

「もちろん、そのつもりです!」

「かーーーっこイイー!!」

《カオリは本当にステキですね》

(でへへへへ。照れるなあ)

 その日、カオリは仕事中に鬼神の如く勝ちまくった。ただでさえ実力があるのに有名な大会の決勝に残ったことからお客さんも本格的に一目置いたしカオリも自信に満ちていた。

「ツモ!」

カオリ手牌
一二三四六七八九23334 伍ツモ

「でたぁー! カオリちゃん得意の伍萬一発ツモ」と小宮山が言った。

《ギクッ!》
(ギクギクッ! バレてるとは思いもしなかったな~。すごい記憶力)
《小宮山さんは『ひよこ』の常連客の中でもトップクラスに強いですからね。記憶力もすごいんですね》

「えっ、そんな特技ありませんよォ」ととりあえず言ってみたものの、けっこうびっくりしてしまったので顔には出ていたかもしれない。自分では分からない。

「いやー、伍をツモってアガるイメージが強いんだよなぁ。もちろん、そんなもん偶然だとは分かっているけど」

《ホッ》
(…そりゃ、そうよね。それが普通だわ。不思議な力を持っているなんて結論になるわけないか)

 その半荘はカオリが3着目で13500点。小宮山は4800点。2着目の素人さんが29000点。トップ目の素人さんが52700点という点棒状況だった。ドラは6

 カオリの手牌はこうだ。

カオリ手牌
三三伍六七46678(⑤チー⑦)

この通りに並べていた。

《カオリ。8の位置がまずくないですか。そんな正確に並べていたら…》と、womanが言おうとするやいなや上家から7が出る。

「チー」
打4

 カオリから見て1番右と右から3枚目を晒して右から5枚目の牌を切るという特殊な晒し形を見せてしまうことになった。打牌は4。

《言わんこっちゃない。今の一連の晒し方を見て食い伸ばしがイメージ出来ない小宮山ではありませんよ? だから言ったのに》
(ううん。これでイイの)
《えっ?》
(ワザとよワザと)

 そうなのだ。この手二つ目を晒したときに高め三色にもなったので打点上昇! 高めを下家の小宮山に出されても3着のままゲームセットするだけなので何もうまみがないのだ! それよりは小宮山にはこの手の待ちを知ってもらって放銃回避してもらう。素人の2人は晒し方を見たところで読めないし、そもそも見てないと踏んだ『人読み』も含めたカオリの戦略だったのだ。

《はー、なるほどね。あえて分からせるための正確理牌リーパイってことか… 驚いた。そんな方法があるのね》

 カオリの読み通り小宮山は5.8をビタで止めて降りに回り、素人さんの2着目から5が出る。
「ロン! 8000」

 このアガリで一気にカオリは2着を捲りそのまま何局かかけてトップまで駆け上がってしまうのだった。

「1卓ラストです。優勝会社失礼しました!」

 この日、カオリの才能が密かに開花した。
 相手の力量を考慮して戦略を立てることが出来る高度な対応麻雀。それが財前香織の持ち味となって、後に財前香織の相手雀士の力量を測るこの力は『女神の天秤』と呼ばれるようになるのであった。
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