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第十三局【支援編】

12巡目◉タフ

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「例えばドラ1の高めタンヤオつく3面待ちをテンパイしたとして、リーチした時にどんな事を思うだろうか?

(一発でツモれ?)
それとも(高めツモって裏乗れ!)かな?

 私ならこの時こう思考しています。

(ツモれなくていい、出あがりで構わない。一発なんかじゃなくていい。裏ドラなんかなくていい。安目で全然構わない。贅沢は言わないからただ、この手をアガらせて下さい)って」

 そう久本カズオに語るのは佐藤スグルであった。

 スグル曰く、この謙虚さが大事だと言う。
 欲張りだと神様がどうのこうのとかいうのではなくて、これが精神衛生上よい働きをしてるという話だった。
 仮に欲張りな思考法でいるとこの場合は『リーチ一発ツモタンヤオドラ1裏1のハネマン』をイメージしてしまうことになる。すると、この手がアガリにならなかったらそれだけで12000損した気持ちになり精神的に下がる。
 しかしスグルの心構えならこの手は2600であり、不発に終わった所で(ああそうですか、また次だ!)とすぐに立ち直れる。

 麻雀は大抵の場合は長丁場だ。一回不発に終わったからって凹んでいられない。
 瞬時に切り替えていく強さは精神衛生管理が出来ていてこそであり、思考法ひとつとっても勝ち続けるための戦略なのである。

 大きく期待しても良いことはない。
敵の方が多いんだから負けて当然、だからどうした。むしろという気持ちで、何度でも立ち上がるタフな戦士となること。そういう部分がスグルの強さであり、カズオに全くない所であった。

 そして今、カズオはリーチしている。

カズオ手牌
二三四②③④⑤⑤⑥⑥⑦66 ドラ⑦

 大チャンス! 倍満が見込める大物手である。しかし、ここでカズオはスグルのことを思い出す。

(だめだめ、倍満じゃない。これは3900)

 結果は……

 結局ツモれずに1人テンパイで流れた。以前のカズオならここでガッカリして気合いが抜け落ちてしまった。だが、今は違う。

(元々3900予定が1人テンパイになっただけ。まだいける!)

 どうやら富士グループは有能な雀士を1人失ったようである。辞めてからカズオがこんなに成長をするとは誰にも想像付かなかっただろう。

 烈士暮年壮心止れっしぼねんそうしんやまず。久本カズオは悔しい思いをして辞めたからこそ一皮剥けて強くなることが出来た。

 決勝は結局、カズオのアタックがずっと続き、トップ。上手に守り切ったアンがぶら下がり2着となりその2名が予選通過となった。

「ふう、なんとか通過ね」
 アンはユウに頼まれていたのもあり、とりあえずホッとした。やはり竹田杏奈は強い。

————

 東京1区予選優勝。そんな小さな事ではあるがカズオは砕けていたプライドが少しだけ修繕されたようなあたたかい気持ちになった。

 会場からの帰り道。予選優勝の記念に渡された日本プロ麻雀師団監修のゲームソフト『天極麻雀てんごくマージャン』を手に取って勝利を噛み締めるカズオ。

 それはただの予選だったかもしれない。ゲームソフトはもらっても本体を持って無いから意味がない。だが、そういう事ではない。この大会はカズオにとっては再起を賭けた大会だった。まだ麻雀をやっていいかをカズオなりに悩んで挑んだ。そんな戦いだったのだ。そこでの優勝。

「…よっしゃあ、よし! よし!
 良かった…… うれしい」

 なぜか涙が出ていた。カズオには理解不能だった。自分はなんで泣いているんだろう。嬉しいはずなのに。

(? なんの涙だこれ? でも、嫌じゃないな)

 それはカズオの人生で初めての嬉し涙だった。
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