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第四局【プロ雀士編】
14巡目◉マサルの新人教育
しおりを挟むスグルの働く鶯谷の雀荘『富士』に新人(と言っても48歳。雀荘経験はあるが過去に2度迷惑かける形で辞めている)が入った。
新人の名は久本カズオ。彼はそれなりに仕事をやった。まるっきりダメというわけでもない。だが、50分に出勤する奴だった。
別にそれ自体は責めることではない。従業員規定には55分には着替えて挨拶を終えた状態にするようにとあるのでギリギリ間に合っている。
……が、問題は反対番との交代の時に起きた。
新人のカズオはその日21時30分スタートの卓に着いていた。そこに、遅番のスグルが出勤する。
「おはようございます!」
するとカズオはこれはしめたとばかりに「ここ行けますよ!」と交代を主張してくる。東1局一本場21000点持ちの北家だった。つまり既に4000オールを引かれている。
優しいスグルはそこを交代するが、それを直後に出勤して状況を把握したマサルがカズオを呼び出す。
「久本さんはなんでここスグルに打たせてんだ。しかも失点しておいて。久本さんのいつもの出勤時間は50分なんだから30分スタートのゲームは交代してもらう訳にいかねえとは思わないのか?」
「…え」
「え、じゃねえ。いいか、この恩をスグルに返すまでは必ず30分に出勤してきなさい。今後50分に出勤とかさせねえからな。したら遅刻として扱う。当然ですよね」
「そんな」
「あなたはそうやって自分にだけやたら甘くしてきたから集団で不和をもたらして職場を転々としてきたんだよ。全て久本さん自身の責任だ。あまちゃんなんだよ。おれをあんまり怒らせるなよ。いいか、自分はもう歳だから生き方は変われないとかは絶対に言うな! おれはあなたのために今言うぞ。人生はまだ続くしあなたはずっとあなたとして生きなければならない。それはわかるな?」
「はあ…」
「なら、今変われ! この瞬間にだ。このまま生きてもつまんねえぞ。嫌なやつだ、わがままなジジイだ、はやく消えてくれと世界中から生きてることを嫌がられ、心底嫌われながら生きることになるぞ。存在が消えても喜ぶ人こそいても悲しいと思う人なんか1人だって居ない人間になるぞ。そんなカスのような人生を送るために一生懸命働いて無意味のように時間を過ごすぞ。それでいいのか?」
「…」
「もう一度だけ、久本さん、あなたのために言う。今、変われ」
久本カズオは顔を赤くし、俯きながら小さく「はい」と言った。
麻雀を打ちながらスグルはマサルの説教を聞いていた。
(いい人だな。ここまでハッキリ教えてくれる人は中々いない。まして歳上のおっさんに。おれはマサルさんから学んで行こう)と、この時思ったのだった。
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