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西団地いちの漫画オタク
4話◉倉庫
しおりを挟む手を繋いで帰った日に僕らを目撃していたはずのクラスメイト達はその事を茶化したりはしなかった。
どうやら僕の気持ちも佐藤さんの気持ちもみんなにはお見通しだったらしい。でも、1人くらい茶化しそうなものだと思うけどコイツら大人だなと思って感謝した。
けど、当の本人たちはまだまだウブもいいとこなのであれ以来まだ手を繋いでない。一度繋いだなら大丈夫だろ? と言うかも知れないけど恥ずかしいんだ。何がと言われても恥ずかしい。中学生なんてそんなもんだ。少なくとも僕達はそんな関係だった。
少しだけ変わったのは。あれからというもの、行きも一緒に並んで歩くようになった。しばらくはそれだけだった。
————
ある日の帰り道。「いいもの見せてあげようか」と言って佐藤さんは僕を先導する。そこは団地の倉庫だった。
『佐藤』と書かれた表札のあるその倉庫を彼女が開ける。
「これを見せたくて今日は倉庫の鍵を持ってきたの」
ギイイイ…… と開くとその扉の先には無数の漫画本が積まれていた。カチッ! と白熱電球のスイッチを入れて佐藤さんは扉を閉めた。
「すごいでしょ」
「驚いた。こんな倉庫の使い方してる家庭あるの? 本しか無いじゃないか」
倉庫内というのは普通なら一輪車を入れたりホッピングを入れたりローラースケートやスケボーやサーフボードなど大きなサイズの遊び道具が詰め込んであるものだが佐藤家の倉庫にはそれらは一切なくて本だけが積まれていた。
「倉庫というより書庫だな」
「そういえばそうかもね。でも、これでもかなり減ったのよ。本当はこの倍はあったんだから。だからここに残ったのはどうしても処分したくない名作揃い。どれも面白い作品ばかりだよ」
右奥の一角だけおそらく手作りの棚がありそこはとくに綺麗に整頓されていた。棚には【SUGURU】と名前が掘ってあるのでお父さんかお兄さんの作ったものなんだろう。
「手作りの本棚…… 麻雀漫画がたくさんあるな」
「そこはお兄ちゃんの漫画を置くとこなの。お兄ちゃんが麻雀大好きだからね。その影響で私もハマってて。これとかおススメよ」
「ちょっとだけ読んでいい?」
「どーぞどーぞ」
………
……
…
夢中で読む僕。
彼女も読んでいた。かと思ったがよく見たらチラチラと頻繁に僕を見てた。
「ねえ、やっぱり構って。漫画は持って帰っていいから」
「佐藤さんて谷川が好きなんじゃないの?」
「ドキー! なんで知ってんの?」
「噂で誰かから聞いた」
「谷川くんねー。うん、ちょっとだけね。でも、谷川くんは2番目かな。仕方ないじゃん。1人だけ好きなんてこと難しくない?」
「素直なんだね。じゃあ僕が?」
「1番好きよ。当然じゃない」そう言って頬にキスをしてきた。
「大好き」
夢だろうか。
「え… 聞き間違いかな、もう一度いい?」
すると佐藤さんは今度は唇にキスをして
「大好きって言ったの!」と怒るように頬を膨らませたあと少しニコッとして悪戯っぽく抱きついてきた。
「なんで? 僕でいいの? え? どこがそんな好きなの?」
本当に分からない。なんで僕なんだろう。
「女の子みたいな顔してるのに、誰よりも男で、強いの。知ってるから」
そう言うと佐藤さんはまた僕の唇にそっとキスして。少し昔のことを話し始めた。
「中学1年生の夏休み。東の三角公園のお祭りにクラスのみんなが集まった時あったでしょ。ソラちゃんが太鼓叩くから応援しようって」
「ああ、あったね。カッコよかったよね首藤ソラ」
僕たちは1年生の時からずっとクラスが同じだった。ちなみに首藤ソラは1年生の時に同じクラスで班も同じだったみんなに人気のある元気な女の子である。
「その日、あなたを好きになった」
「?」
「あの日女の子がチンピラみたいな下品な3人組に絡まれて、腕を引っ張られてて、すごく困ってるのを見かけたわ。かわいそうだなと思ってたら、そこにあなたが現れて…… チンピラの顔にお祭りの水風船を『パン!』とぶつけて。
『おい。やめろ』
って言ったの。私見てた。いつも声の小さいあなたとはまるで別人のような、大きく、怒りのこもった声だった」
「あー! あれね。見てたんだ。カッコ悪かったでしょ、すぐにボコボコにされて壁に頭ぶつけて血ぃ出してたし」
「全然カッコ悪くない! 高校生みたいなおっきな男たちに恫喝されても全然平気な顔して、女の子の方見て(さっさと逃げてくれ)ってシッシってやってるのなんて…… 勇敢で感動したの。腕力で勝てるわけない相手に…。だからすぐ警備員さん呼ばなきゃって思って」
「ああ! だから警備員さんが来るの早かったんだ。助けてくれてありがとう」
人助けはするもんだな。とその時思った。まあ、あの時は単純にイラッときて動いただけだったし、逃げてもらえればそのあとは僕も逃げちまえばいいやで、勝つわけないケンカを挑んだが、あいつらすげえ乱暴だった。岩壁に頭打ってイテーなあってイライラしてたけど。見てる人もいるんだな。
「あの時のアナタはまるで漫画の主人公だった。私はちょっと漫画の読みすぎなのかな。その時からあなたは私の憧れのヒーローになったの」
「漫画は間違いなく読みすぎではある」
そう言って2人で笑っていたら人の足音が近づいてきたのでヤバっと思って静かにした。
「もう遅いし帰ろっか」
「…そうね」
倉庫の周りに人の気配が無くなるのを待って、僕達は外へ出た。
今思えば、この時あと少し一緒にいれば良かった。だって僕達の関係にはもう時間が少ししかないなんて、そんな事はまだ知らなかったから…。
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