コバヤシ君の日報

第一部

第十一報◉四暗刻のエミ

　渋谷店に長谷川夫妻が見えなくなってはや数ヶ月──

「しかし、全く来なくなっちゃったわねぇ。長谷川さん」
「なんでだろうね」
「まあ、お客さんなんて本来そんなもんじゃないのぉ。別に約束してるわけじゃないんだし」
「そうなんだけどさ。でも、やっぱりちょっと寂しいよ」
「そうねぇ……　まあ、こればっかりはね。その代わりってわけじゃないけど今は笑子えみこちゃんがいるじゃない」

　長谷川夫妻が来なくなった後に恵美笑子えみえみこさんという20代後半くらいの女性が新規で来店してリピーターになっていた。とくに、麻雀教室は欠かさず出席していて熱心に聞いてくれるので教える方もやりやすかったし、やりがいも感じていた。

「恵美さんね。しっかり打てる打ち手なのに熱心に勉強しててえらいよね。麻雀打ちたるものああでなければ」

「かわいい顔して麻雀は豪快だしねぇ。知ってる？　彼女の二つ名。『四暗刻のエミ』って言われてんのよ。まあ、あの子の場合自分から言ってる可能性もあるけど」

「いや、あれはケンジが言い出したらしいよ。恵美さんは朝早いから遅番とも1、2回打つでしょ。先月その遅番との数回の間だけで四暗刻4回ツモったんだって」
「そりゃあ二つ名もつくわね。私、
四暗刻なんてここ半年近くアガってないわよ」
「おれも、テンパイまでは行くんだけどね」
「四暗刻はテンパイしてからがまた長いから」

　そんな話をしていたら噂の人物が現われた。

「こんにちは～」
「いらっしゃいませ！」
「笑子ちゃんいらっしゃーい。今日は遅かったね。来ないのかと思ったぁ」
「うん、今は麻雀闘技場のイベント期間だからそっちで忙しくて」
「雀荘に来る前にゲーセンでも麻雀してきたの？　すごいわねぇ」

　麻雀闘技場というのはゲームセンターにある通信対戦型リアル麻雀ゲームである。実際のプロ雀士たちをキャラクターとして使った本格ゲームだ。
　プロCPUだけでなく本物のプロ雀士と打てるのが最大の魅力でAリーグプロとも運が良ければ同卓可能。
　また、定期的に人気投票などのイベントを行っており、これで順位が低い選手は次期から他の選手と入れ替わりの可能性があるため自分の応援している選手が長く続くように応援するには、ゲームをやり、勝ち、投票権を獲得して好きな選手に投票。を繰り返す必要がある。うまい商売だ。

「じゃあ卓を立てましょうか。蘭ちゃん先生もよろしくお願いします」
「いいわよぉ～」

　麻雀アクアリウムという雀荘の方針は『とにかくお客さんを待たせない』というものでそのためにバイトスタッフをかなり多めに雇っている。なぜそんなことが可能かと言うとスタッフからもゲーム代を100%しっかりもらうし、給料は地域で定められた最低賃金という徹底ぶりだからだ。
　都内など、最低賃金が高いので普通のバイトとバイトリーダーの時給が7円しか差が出ないがそれでもリーダーの給料を上げたりはしないという狂ったシステムで通しているのだ。それに対して不満があるなら辞めればいいという考えなのだろう。
　とにかく、バイトスタッフが基本的にたっぷりいて待たせない。それが一番の強みなのでこの時もスタッフ3人で1人のお客さんを囲み立卓。

「「よろしくお願いします！」」

　笑子1人を相手に店員3人でゲームスタート！