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第一部
第八報◉ゲームセンター『ロング』
しおりを挟む長谷川春子の夫である長谷川雅史は誰もが認める愛妻家で、彼の事を春子はいつも自慢に思っていた。
雅史は父である長谷川浄史の後を継いだ個人経営のゲームセンター『ロング』の二代目経営者である。
ゲームセンター『ロング』は父、浄史が長谷川の『長』と、いつまでも長く続く店になるようにとの祈りを込めて名付けた店で、はじめは町の小さな駄菓子屋のような店から始まった。
実際、駄菓子も置いていたから駄菓子屋という認識で通う子供も多かったが店の名前はゲームセンターロングである。
ロングはその名の通り営業時間も長くて朝9時から夜の9時半まで開いていた。なので少しつっぱったような不良少年もよく訪れたがみんな店内では良い子にしてた。みんな長谷川店長のことが大好きだった。長谷川浄史という男はどんな子供にも好かれたのだ。
「店長ー! 勝負しよーぜー!」
「しょうがねえなあ」
「店長、ガムちょうだい」
「はい、10円な」
「店長、両替してー」
「はいはい」
店長はひっきりなしに呼ばれる人気者だ。一緒になって遊んだりするし、どのゲームもちょうどいい程度に強かったから遊び相手としても人気があった。ロングの常連たちの認識では『店長に勝てる』くらいになるとゲームが上手い人認定される。そんな傾向にあった。
月日は流れ、息子の雅史が高校生になり店番を手伝うようになる。雅史は子供達からは『マサ兄』の愛称で親しまれた。
雅史は店側の立場で冷静に見ているうちに分かったことがあった。父はゲームする時に手を抜いて客の相手をしているということ。
「本気出してなかったのかよ」
「いや、本気だったさ。ただ、制約を付けていただけだ」
「制約?」
「ハメ手はしないとか、コンボは5までとか三連勝禁止とかだな。ゲームによって色々だが、自分だけの禁止行為を設けてる。これを制約と言う。その上で本気でやってたさ。自分のルールに従ってな」
「だからそれは手を抜いてるのと同じじゃないか」
「うーん、こればっかりは自分でやってみないと分からないかな。本人は制約の中で真剣なんだよ。うまく伝えられないが。麻雀屋さんの店員さんなんかはみんな店の制約の中で戦ってるんだぞ」
「へぇ。あっ… それで思い出した! そーだ麻雀。うちはゲーセンなのになんで麻雀ゲームが置いてないんだよ。最近友達に教えてもらったから麻雀やりたいんだよ」
「あー…… 麻雀はなー。うちは駄菓子屋の側面もあるから小さい子もよく来るだろ。置く場所を考えると無い方が健全かと思ってな」
「あ、18禁ってこと? それなら大丈夫だよ。親父、いまは日本プロ麻雀師団っていう競技麻雀団体が協力してるゲームもあって真剣にリーグ戦を勝ち抜くストーリータイプの麻雀ゲームとか沢山あるんだぜ。それを置いてくれよ!」
「ホゥ。そうなのか。そういうのなら置いてもいいかもな」
「だろ!?」
「まあ値段次第だな。麻雀は計算能力が必要な頭を使うゲームだし、やるのは計算力や決断力を鍛えるという面でも子供の遊びとして悪くない。前向きに検討しておこう」
「やったー! ありがとう!!」
こうして、ゲームセンターロングに本格派のリアル麻雀ゲーム機が置かれた。まだネット通信対戦のない時代だが、それでも一流プロの顔をしたCPUと打つだけで充分楽しかった。
雅史はロングの店番をしている時、暇があれば麻雀ゲームをした。雅史の高校時代は店番と麻雀ゲームばかりでそれが青春の想い出だと言っても過言ではなかった。だけどそれは自分から望んだことだった。
店番をすれば小遣いは貰えたし、麻雀は楽しかった。お客さんに悪い子はいなかったから、雅史にとって良いことしかない。それに、春子さんとの出会いもこの麻雀ゲームがきっかけだった。
春子さんは高校3年の頃に来だしたお客さんだった。いつも麻雀ゲームをやる春子のことが雅史は気になっていた。しかも、下手。
(あ~。明確に損な選択してる。224466からは4を落とすのが広いって知らないのかな)とかチラチラ見ながら気にする雅史。すると、
「ねえ、『マサ兄』さん。教えてよ。これって何を選んだらいいの?」
「えッ?」
──────
────
──
「って言うのが私たちが最初に交わした会話でね」と昔話をしてもらってたのは杜若蘭だ。今日は長谷川夫妻の来店したタイミングが悪く待ち時間が長くなりそうだったので待ち席で蘭は2人と話しをしてようと思ったのだ。渋谷店の常連客のことを知りたいという興味と、どうやってこんな優しい旦那さんと出会ったのか知りたいという好奇心からたずねたらずいぶん長い昔話が始まってしまったのだ。でも、楽しそうに話す2人を見て、蘭も楽しい気持ちで聞いていた。
「それでぇ、気になったんですけど。その時の質問した手牌ってどんなだったんですかぁ?」
「それはよーく覚えてるわ。私が彼に恋した何切るだから」
春子はそう言うと1番手前の卓に移動して牌を並べた。
222234566788発発
「東一局親番の4巡目。ドラは別の色だったわ。蘭ちゃん先生ならどうします?」
「そーねぇ。私なら5切りで仮テンかな」
「緑一色を見ての変化待ちダマってことですね。ちなみに私は8切りリーチかなって思ったんです。小林先生ー!」
春子さんは奥で牌を磨いていた小林を呼んだ。
「はい、何か?」
「これみて。状況は東一局親番の4巡目。ドラなし。小林先生ならどうします?」
「そーですねえ。おれなら7切りかな」
まさかのテンパイ破壊の選択。小林の意図は一体なんなのか?
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