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忠誠心を持った猫の話
しおりを挟む尾崎洋平と山口幹雄は高校の同級生で麻雀仲間だ。社会人になってからも2人は麻雀で繋がっている。
『絞りの尾崎』と『先手の山口』※でスタイルは全く別だった2人だが、お互い最強雀士と噂された。
ここらの地域で2人の敵はいなかった。そんな2人が今日の麻雀の感想戦を肴にして赤提灯のおでん屋で呑んでた帰り道。
ゴソゴソ
2人はなにやら音のする段ボール箱を見つけた。
しっかり閉じてあるが持ち手の穴から中が見える。なにか生き物が、いる。
山口は箱を開けた。中にはまだ小さな子猫と猫の餌が入っていた。餌の缶詰めはあいてないのが中に何個もあった。多分、道路側に段ボールが移動してしまわないようにオモリとして入れたのだろう。
「おい、子猫だ。『拾ってください』だってよ」
「うわー、かわいい。よくこんなかわいい子猫を捨てれたな」
「2人で抱き抱えてみて懐いた方が飼おう」
「いいねえ。どっちにも懐いたら?」
「そん時はジャンケンだろ」
酔ってた勢いもあって2人はとくに考えもせずにそう決めた。
「シャー!」
「あ、おれはだめみたい」尾崎は子猫に拒否されたようだ。
「にゃん」
「あれ、おれは良いんだ。よしよし」
拾ってきたその子猫は山口に懐いた。
「まん丸でかわいいなぁ。玉みたいに丸いからおまえは『タマコ』だ」
暑くもなく寒くもない、心地よい西風が吹く、秋のはじめ頃のことだった。
────
──
近頃、尾崎は仕事で昇進してしっかり稼いでいたが、忙しく働く毎日で麻雀からは離れていた。
一方で山口はここらが人生の分岐点と考え、起業することにした。
2人の接点は麻雀だけなのでこの間しばらく連絡は途絶えたが山口はタマコに餌やりをしたりする時はいつものようにタマコを拾ったあの日の夜を思い出した。
2人は連絡を取り合わなくとも友情は常に心にある。
男の友情とはそんなものだ。
──────
────
──
あの日から十数年が過ぎた──
尾崎は起業して成功。結婚もして子供も4人。欲しいものは全てある。人生を謳歌してる成功者になっていた。そんな尾崎の人生ももちろん紆余曲折色々あったし、その友人である山口も色々あった。
先手必勝のスタイルな山口に起業はギャンブルと同じだった。つまり、事業で失敗した。
この数年間で山口は結婚したし──離婚も、した。
唯一、結果的に良かったことは元妻との間に子供は産まれなかったということか。子供がいたらきっと大変だった。事業で失敗したのが理由で離婚したのだ。子供に辛い思いをさせる父親になっていたに違いない。
山口はどん底まで堕ちた。そんな中、それでも心の支えになっていたのはタマコの存在だ。タマコはいつだって山口のそばにいた。
「にゃあ」
「はは、タマコは今日もかわいいな」
タマコだけは山口から離れることはなかった。どこまでも忠実な、猫。
────
──
山口の人生は詰むところまで詰んでいまはついにホームレスだ。上野で段ボールにごろっとして暮らしていた。
そんな暮らしになってるが、たまに尾崎は山口に会いに行く。ちょっと酒とツマミを買ってって「近頃どうだ?」のような話をする。
山口はまだあの時の猫と暮らしてて、子猫だったタマコは今では大きくふっくらとして大玉になっていた。
尾崎にはタマコはやっぱり懐かなくて。いいな。猫に好かれてて羨ましいな。と、いつもそこに行くと尾崎は羨ましがった。
ある日、尾崎が上野に行くとホームレスが減っていた。山口もいない。
しばらく待っても山口は一向に姿を見せないので不安になり尾崎は1番近い位置のホームレス仲間を訪問した。
「すいません、あの、山口君は…… その、ここの隣の猫飼ってる人知りませんか? ずいぶん人数が減ったように見えるけど」
「……ああ、ぐっさんな。やつは前回のホームレスを狙った警官の見回りの時捕まっちまったよ。違法薬物所持でな。覚醒剤やってんのがバレちまった。質の悪い安モンだからやめときゃいいのに、なんでも『大きな勝負の日には持って行くんだ』とか言ってお守りみてーに持ってたのよ。最近はあまり使ってなかったんだけどな。で、可哀想なのがあの猫よ。おれも面倒見てくれって頼まれたんだけどなぁ……」
山口の段ボールの位置にはずいぶん痩せた猫がいた。
「まさかだけど、あの猫は……!」
「ぐっさんの猫だよ、ずいぶん痩せちまっただろ……」
たしかに模様はタマコのそれだった。でも、こんなに細くなってしまうなんて。
「餌は? みんなが面倒見てるんじゃないんですか?」
「たいした忠誠心でさ、誰からも受け付けないんだよあの猫」
猫の餌は置いてあった。
でも口にしないで猫はただやつれていくのだという。
それからというもの、尾崎はなるべく上野に立ち寄った。今日こそは猫に餌をと。食べてくれるまで色々な餌で試した。
お隣のホームレス仲間もそれは同じだったしお向かいさんや斜向かいの人らも猫を心配していた。でも、誰にもなつかないタマコの断食は続き、日に日に衰弱していくタマコがいた。
数週間後
タマコは骨と皮だけになった。
死んじまうぞお前。とみんなが心配していたし餌を無理にでも口に入れようとするがタマコはそれを拒み続ける。
そこに、やっと山口が帰ってきた。
「…にゃっ!!! にゃっ……!!」
タマコは山口を見つけると走って飛びついた。
山口は猫の衰弱ぶりに驚き、餌を与えた。もう既に餌は買ってから帰ってきていた。山口もまたタマコに会いたくて仕方なかったのだ。
山口が餌をやるとタマコはがっついて食べた。
タマコが餌を食べる様子に周囲は感動した。その時、尾崎もそこにいた。みんな周りで拍手していた。
忠誠心があり、主人からしか施しを受けない。そんな猫もいるということ。
その猫の主人には山口しかなれなかったのだ。
────
タマコは次第に元通りのふっくらした丸い猫に戻っていった。
もう、タマコは若くなくて猫年齢からしたらいつお迎えが来るかわからない年齢だった。
そんなタマコをまた断食なんてさせたら次は死んでしまうかもしれないので山口はクスリを一切絶った。タマコのために、もう警察の世話に絶対ならないようにした。すると山口は日に日に健康的になっていった。
────
──
1匹の猫の忠誠心は山口を落ちぶれた生活から救い。今では山口は立派に社会復帰してアパートに住んでいる。
タマコはもうおばあちゃんになっててほとんど動かないが、まだ仲良く1人と1匹で暮らしているそうである。
了
◆◇◆◇
※解説
【絞りと先手】
絞りとは、自分の自由を犠牲にしても相手の欲しそうな牌をギリギリまで捨てない打ち方。
先手とは、相手に有効な牌を与える可能性があるとしても自分の自由を優先し、先に先にと進む打ち方。
真逆の2人ということ。
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