悪戻のロゼアラ

yumina

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トワ 二周目 3

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 遠くで何かが割れる音が響いた。
 間をおかずに女官が助けを求めに来る。
「殿下、どういたしましょう。ロゼアラ様がまた…」
「…父上は何処だ?」
「それが教主様とお話があると言って席を外しておりまして…」
「アスター殿は?」
「あの方は側におりますがロゼアラ様は一向に落ち着く様子はありません」
「わかった。お前は父を呼んできてくれ。寵姫の一大事だといえば一も二もなくすっ飛んでくるだろう」

 ああ、いつもの夢だ。
 俺が死んだ後の王城の風景。
 壮麗で洗練された瀟洒な城内。けれど漂う空気は重苦しい。

「ロゼアラ様、落ち着いて下さい」
「嫌っ! 気持ち悪いっ! 助けて、アスター!」
 半狂乱の少年は毛足の長い絨毯の上で蹲って怯えるように震えている。そのすぐ側には粉々に砕けた花瓶。城内に響いたさっきの音はこれだろう。
 黒髪黒目。全身丈のローブはどこかの民族衣装だろうか。足部分に入った深い切り込みから白い脚が露わになっている。
 大人となったアスターに宥められるが落ち着きを取り戻さない。
「大丈夫です。貴方を傷つけるものは誰もここにはおりません」
「いやぁっ! 父上ぇ、…ワ…っ」
 苦しそうに呟き泣き咽せぶ。
 言葉を詰まらせる前に放った言葉。かすかに聞き取れた、『トワ』。ロゼアラは俺の事をトワと名前で呼んでいた。
「そこを退け」
「殿下…」
 アスターは物言いたげに一瞬躊躇ったが、素直に身を引いた。
 入れ替わりに
 ロゼアラの前に片膝を立て座り込む。
「ロゼアラ。もう大丈夫だ」
「フリュウ…?」
 涙で濡れる目は焦点が合ってない。自分が現実にいるかどうかも定かでないといった風情だ。
「…もう泣くな。ここは安全な場所だ。何も怖れる事はない」
「うっ、どうしてそばに居てくれないの⁉︎  どうして僕を一人にするの⁈」
 涙目で詰るロゼアラ。
「すまない」
 フリュウと呼ばれた彼は謝罪の言葉を口にする。
「いつもそばに居てくれるって言ったじゃない! どうしてみんな僕に嘘をつくの⁈ どうして僕を見てくれないの!」
 泣き崩れるロゼアラ。
 その姿は痛々しくも艶かしい。
 興奮したオメガを前にしたアルファである彼は、けれど心を乱される様子はない。ロゼアラに痛ましい視線を向けるだけだ。
「嫌いっ、みんな嫌い…!」
 癇癪を起こした子供のように泣きじゃくるロゼアラ。
 彼はロゼアラに手を焼いて困り果てているわけではなく、ただひたすら感情を押し殺した目でその様子を見ている。
 周りの人間も物言わぬ骸のように静かに控えるだけだ。
「俺もか?」
 その静寂を破ったのはいつの間にか部屋へと姿を現した前髪を後ろへ流した金髪の男。ジュストコールにクラバット。その上からドレープをたっぷり取った豪勢なマントを羽織ってる。留め具には金で出来た細工物。相変わらず貴金属好きで様々な場所を装飾品で小粋に飾り立てている。この場の誰よりも威風堂々とした出立ちと佇まい。王位に就きますます渋みに磨きがかかった壮年のフリュウだ。
「フリュウ?」
 ロゼアラの不思議そうな声。目の前の彼とすぐ横に現れたフリュウに交互に視線を向ける。けれどすぐに立ち上がりフリュウの首に腕を回してしがみついた。彼の存在は初めからなかったかのように。
「僕を置いてどこに行ってたの⁈ 嫌いっ! フリュウなんて死んじゃえ!」
「そうつれないことを言うな」
 大人の余裕を垣間見せながらフリュウはロゼアラの頭を撫でた。
 その様子に彼の口元は皮肉げに歪む。
 くだらない茶番だ、と。
「もう大人しくできるな?」
 うん、とロゼアラ。
 フリュウは片手でロゼアラの細い身体を抱え上げる。後ろに付き従っていた、ローブを目深に被った人物を振り返る。
「そう言う事だ。話はまた後だな」
「仕方ありませんね。ロゼアラの機嫌を宥めて下さい。その子は我々にとって大切な御神体ですので」
 ざわりと神経を逆撫でする声。
 これは夢を見ている俺自身の感想。けれど、ロゼアラにフリュウと間違われていた彼も俺と同じように不快感を感じている。
「アスター、お前は部屋の前で警護にあたれ。しばらくロゼアラと籠る」
 ロゼアラはフリュウに抱え上げられながら安心したように大人しく首にしがみついていた。

        ※ ※ ※ ※

「こいつ、何なんだ! お前のとこの従者、半端ねぇぞ⁈」
 初夏の清々しい空の下。今日は公爵邸の庭でアスターと一緒に剣術の稽古に励んでいる。
「だろう? 俺の自慢の従者だ」
 アスターを褒められ俺は自分の事のように鼻高々だ。
「習い始めて一ヶ月しか経ってないとは思えないな。筋が良い。大人になった時、名だたる使い手になってるんじゃねえか」
 木刀を構えてアスターの相手に名乗り出たフリュウが舌を巻く。
 アスターの繰り出す攻撃を受け流しながらの会話。基本の形を習い終わっただけにしては巧みな剣筋だ。フリュウにはまだ余裕があって難なく往なしているけど、実際に向き合って剣を交えている本人だからかアスターの才能を認めたみたいだ。
 もっと褒めてくれていいぞ。
 アスターは俺の秘蔵っ子だからね。

 俺は今後の、アスターの故郷を巡る旅の為、体力作りに取り組んでいる。
 長旅に耐えれるだけの体力がなければ計画倒れに終わってしまうから、そんな憂慮もあって徐々に準備を始めているのだ。
 アスターの将来の姿を俺は知っているから体力面で心配はない。いざという時に自分の身を守る術を身につけてもらっている最中。
 俺の計画はまだアスターにも秘密だから、従者の嗜みとして主人を守る護衛術を覚えるという名目で訓練を受けてもらっている。前回の人生でも同じように武術全般を習ってもらっていたから、不自然な理由付けではない。指南役が欲しいと父上に相談した時もなんの疑問も抱かれず了承してくれたんだから完璧だよね。今はその指南役の先生を迎えての稽古中だ。
 前回とは違っているのは俺もその訓練に参加してるところ。産まれ持った属性の為に人より体力が不足しているから、それを少しでも補う為に鍛錬を受けている。基礎体力をつけて頑丈になっておかなければ万一の時にアスターの足手纏いになってしまう。それは申し訳ないから努力はしておきたい。
「それに比べてお前は不甲斐ないな。何すでにへばってんだ」
 そんな俺の気勢を嘲笑うように俺の身体は早々に音を上げていた。地面に這うようにへたり込む俺にフリュウは呆れ顔だ。
「俺のことは放っておいてよ。体力不足の自覚はあるから…」
 俺は指導役の先生に付いて体力作りの基礎鍛錬をしていたのだが、ものの十数分で限界が来てしまったのである。
 ただ準備運動と軽い走り込みをしていただけなのに。まだ息が整わないし、吐き気も収まらない…。
 お話にならない俺を見かねた先生が休憩を入れてくれた。

「またこの茶か」
「文句をいわず飲め。客でも無いのに茶を振る舞ってやってるんだ。感謝しろ」
 フリュウは鍛錬の最中、なんの前触れもなく我が家を訪ねて来た。
 前回、家まで送ってもらった時にお礼の茶を振る舞おうと誘ったけど、時間も遅いからとしおらしく訪問を辞退したんだよね。だからその時の分と思って鍛錬用の五分丈ズボンと簡素なシャツ姿で顔を見せたら、興味を持たれて一緒にやる羽目に。
 学院でも武術の講義はある。選択制だから俺は取ってない。頭脳派だし。肉体派のフリュウはもちろん選択してて、結構強いらしい。子供の頃から剣術を習っていたとは本人の談。
「まぁ味はアレだけど、疲れは飛ぶな」
 やはり不味そうに眉間に皺を寄せる。相変わらず顔に出る奴だな。
「俺たちには効果抜群だからね」
「俺たち?」
「第二性持ち。これいわゆるフェロモン抑制のブレンドハーブティなの。フェロモンを抑えてくれるだけじゃなく昂った気持ちも落ち着かせてくれるから使い勝手がいいんだ」
 だから調合薬に変えた今でもこうやってたまに飲んでいるのだ。嗜好品ってなかなか手放せないものだよね。
「これがあの時の話に出たお前が薬代わりにしてたっていう」
 茶器を持っている手を身体から遠ざけ空にかざしながらうろんげな顔で観察してる。
「…そういえばさ。混ぜっ返すようで申し訳ないけど、あの後本当に二人どうしたの? えーと。つまり」
 俺の言わんとする事をフリュウは察してくれて、打って変わった満面の笑みを見せた。
「さすが王都は都会だな。繁華街は俺好みの女が選り取り見取りだったぞ?」
 鼻の下を伸ばしちゃって。
「お世話をかけました。…ラゼルも?」
「あ? あいつのことは知らねぇ。お前を救護室に連れて行ったし、俺も人の事構ってる余裕無かったし。でもお前のフェロモンの影響をモロに受けたからな。俺みたいに行きずりの女でも引っ掛けて抜いたんじゃねぇ?」
 生々しい言い方しないでよ。
 それにしても好奇心は身を滅ぼすとはよく言ったものだ。世の中には知らないままの方が良いことも沢山あるな。聞くんじゃなかったな…。
「フリュウ様、お茶のおかわりは如何なさいますか?」
 どんより顔を曇らせる俺を面白そうに眺めるフリュウへアスターが如才なく給仕を務める。見ればフリュウのカップの中は飲み干されて空っぽだ。
 アスターは休憩中だというのに師範の先生や俺たちの世話を甲斐甲斐しくしてくれる。俺の従者はなんていじらしいんだろうか。
「ん? ああ、もういいや。ありがとう」
 若干苦笑い気味におかわりを断った。
 

「しっかりしてんなぁ、お前の従者。十歳だったか? 目端効くし剣の腕もいい。溢れる才能。勿体無いな。こんな有望株が従者止まりで世に埋もれるなんて」
「国の損失だよね。貴族だなんだと特権意識で排他的になって。これだからどの国も成長しないんだ。市政の中にも優秀な人材はたくさんいる。彼らにチャンスを与えれば国の利益になり得るのに、既得権益にしがみつく貴族がそれを握り潰しているんだから馬鹿だよね。国が潤えば国力も上がり国内が豊かになるだろうにね」
 一刀両断できる単純なものでも無いのはわかるけど。
「お前がそんなまともな話題できる奴とは思わなかった。さすが首席」
 失礼だな。
「でもまぁ、お前の言い分は共感できる。多くの者が平等にチャンスを与えられる環境なら結果的に人材が集まり強固な国が作れるだろうからな」
「競争社会になっちゃうけどね。でも勝ちたいって願ってる人達に競わせるのは多分間違ってない。成功しても失敗しても競う権利すら奪われてる時よりは何かを残すことが出来るだろうし。そうなっちゃうと階級制度が崩壊しちゃうだろうけど」
 なんて事をここで語り合っても机上の空論。一個人の熱意だけじゃ国なんて変えれるわけはない。
 でもフリュウはそれに取り掛かった。
 庶民として産まれた出自のせいかもしれない。
 正式に立太子されてから、革新的な意見を国の中枢部である貴族院にぶつけ、国の中の不平等を是正する為に奮闘した。
 反発は必至の提言。それでもフリュウは最終的に王立学院を庶民に開放して、誰でも要職に就ける足掛かりを作り上げた。
 俺がフリュウに憎しみを抱けないのはそこだ。ロゼアラをそばに置く前のフリュウは賢君と呼び名は高く、より良い国を作る為に精力的に動いていた。俺を何かと口説いてくるのは困りものだし、ロゼアラの件は言葉では言い表せない以上のわだかまりがあるけれど、何かを成し遂げようと実際に行動して結果を残したのだ。これを評価しないわけにはいかない。
 もちろん葛藤はあるけれど。
 俺と一緒で前回のフリュウが今回のフリュウとは同一人物であってそうでない存在ということは頭で理解してる。けど感情はそうはいかなくて。ロゼアラとの関係を考えると両手もろてを上げて受け入れることはできない。でも俺になまじ前回の記憶があるばかりに理性は正当な評価をしてしまうのだ。悩ましい。
「やっぱ、お前、いいな。俺と番前提で付き合ってくれ」
「ぶっ! なんだ、その番前提って!」
 冗談にしてもドギツイ。
 茶を吹き出すところだったじゃないか。
「はっきり言わないとお前はのらりくらり躱すじゃねぇか」
「まぁ、それは…」
「返事は今すぐじゃ無くていい。なるべく気長に待つつもりだ。笑いの絶えない暖かい家庭を作ろう」
 いつの間に将来前提になってるんだ。
「返事なら今すぐだ。お断りします。俺にその気はありません」
「少しくらい悩め!」
「悩んだところで無理だと思うよ?」
 なにせ俺は生涯独身宣言してるから。
「理由は?」
「まぁ、いろいろこっちにも都合があるし」
 煮え切らない俺の返事にフリュウは片眉を上げる。
「今の返事は保留にしといてやる。せめて半年くらいは考えろ。半年以内にイエス以外の返事をしてきたら親を通して正式に求婚するからな」
 フリュウの親って陛下じゃないか。
「それって立派な脅しだよな」
 奥の手を使ってきやがって。
「お前は俺がどんな立場か知っているから、迂闊な事はできないな。半年は俺のことで頭を悩ますといい。色良い返事ならいつでも歓迎だ」
 勝手に決めないでって。横暴だな。

「俺、昨日あいつに会ったぞ。母親と一緒に城に上がってた」
 フリュウはふと話題を変えてきた。俺の冷たい視線に気がついたからだろう。
「…そう。元気にしてた?」
 実はラゼルは学院をずっと休んでいる。家の都合らしい。
 アハトが言い忘れてた事ってこの事。昼時間に手が空かなくて一緒に昼食を取れないんじゃ無くて、そもそも学院に来てないから物理的に無理になったんだ。もうかれこれ五日目。明日の休み明けは学院に来れるかな…。長い間顔を見ないとやっぱり落ち着かなくて困ってる。だからどんな様子だったかを聞いたというのに。
「どうかな。なんか神妙な顔をしてたとしか。いやぁ、あいつの母ちゃん初めて見たけど、うん、雰囲気美人だな。いや、綺麗だぞ? 地味ってだけで。なんだけど女の色香が匂い立つっていうか、お前、見た事あるか?」
 役に立たない。
「大公夫人には良くしてもらってたよ」
 仲の良かった頃、大公家へ遊びに行くと歓迎してくれた。一緒にお茶をしたり異国の面白い物語を聞かせてくれたりと親しくして貰っていたのだ。
 控えめで嫋やかな女性ひとだった。
『トワさんはラゼルの事を好いてくれているのね。あの子は難しい子だけど悪い子じゃ無いの。ずっと仲良くしてあげてくれると嬉しいわ』
 ラゼルの伴侶として嫁いだ時も。いつも俺の事を気にかけてくれていた。
『ごめんなさい、トワ。貴方を辛い目に遭わせているわ。でもあの子を見捨てないであげて欲しいの。あの子はちゃんと貴方を愛しているから』
 俺に対するラゼルの態度に眉を顰めたり、面と向かって意見してくれた人だ。
『ロゼアラちゃんの名前はトワが付けたのね。とても素敵な名前だわ。きっと将来立派な大人になるわ。私もロゼアラちゃんのお世話のお手伝いをさせてね』
 数少ない俺の味方だった。
「あいつは親父と母ちゃん二人に似てるな。お前はどっちだ?」
「母の方に似てる」
 そんなどうでもいい会話をしながら俺の頭の中は夫人のことで一杯だ。
 ラゼルに注意するように言っておかないと。俺がおかしな事口走るのはもう慣れっこだろう。
 前回の人生で夫人は事故に遭い亡くなってしまったのだ。フリュウが立太子される少し前。今から四年後だ。
 夫人の乗っていた馬車が道を外れて崖から転落した。俺にとっても義理の母である夫人。葬儀の日から暫くはショックで立ち直れなかった。
 人の生死が関わっているから俺がどう思われようと構わない。記憶があるからといって全ての人を救えるわけじゃ無いけど、せめて身近な人の不運を阻止したいじゃないか。
 俺がラゼルとの未来を回避したとしても、他の人達の未来がどの方向へ動くのかなんて見当がつかない。夫人自身の未来も変わっていくのかそうで無いのかもわからないのだ。でも事故に遭い命を落とす可能性の未来があるのなら、俺はそれを防ぎたい。

「ん? なんだ、これ?」
 とさっと軽い音がして何かが落ちた。足元を見ると深緑色の巾着。
「あ、それアスターのだよ」
 俺が贈ったものだ。
 鍛錬をするからと、今俺たちが座っているベンチの隅に上着と共に置いていた。フリュウ側の端にあって、手が触れたか何かで落下させてしまったのかな。
「中、何が入ってんだ?」
 フリュウは急いで拾い上げる。
「首飾りだよ。親御さんの思い出の品。中、大丈夫そう?」
「多分…」
 心配そうに巾着越しに中身の手触りを確かめるフリュウ。
「アスター、ちょっと来て」
 その声に、そばの木陰でやっと一息ついてお茶を飲んでいたアスターが近くに駆け寄った。
「すまん、俺が落としてしまった」
「いえ。ここへ置いたのは私です。気になさらないでください」
 差し出された巾着を受け取るアスター。フリュウへの心配りも忘れない。
「芝生の上だから大丈夫だと思うけど、一応中身確認してみて」
 俺が促すとアスターは巾着の口紐をスルスル解いて中身を取り出した。
「……大丈夫です。どこも変わったところはありません」
 手のひらに乗せた形見の首飾り。石は欠けてはないようだ。
「はぁ~、良かった…」
 フリュウの安堵の声。俺も胸を撫で下ろす。けど、おかしさに気付いた。
「ねぇ、アスター。その石ってそんなに黒かったっけ?」
 もっと赤かったような気がするのに。
「そうでしたが…?」
 石をくくりつけている組紐は同じものだ。編み方が特徴的だから覚えている。
 燻んだのかとも思ったけど、アスターは俺の質問に首を傾げている。持ち主が違和感を感じてないなら、俺の記憶違い…かな?
「へぇ、珍しい石だな。翡翠あたりかな? この組紐も独特でなかなか洒落てるじゃん」
 アクセ好きのフリュウが検分しだした。他人様のものを勝手に。なんて図々しいんだ…。
「ずっと袋の中で保管してるのか?」
「はい」
 生真面目に頷くアスター。
「まぁ、大切な品っていうから仕方ないけど、たまには身につけてやれよ。悪くない品だけど劣化が進んでる。翡翠は他の宝石と違って適度な油分が無いと乾燥して艶がなくなるんだ。日常使いが無理ってんなら定期的に手のひらで馴染ませるように磨いてやるといいよ」
「詳しいね」
 雑学の披露に素直に感心。
「まぁな。俺、彫金師目指してるし。前暮らしてたところにあった工房に弟子入りしようって本気で考えてたからな。自分で勉強したから貴金属や石には強いぜ?」
 ちょっと自慢げにフリュウは胸を張った。
「作るんだ。いいね、そういうの」
 俺にはこれといった趣味がないから羨ましいかも。
「惚れ直してくれたか」
 調子に乗るところまでが様式美だよな。
「ははは」
 俺は乾いた笑いで茶を濁した。

 その後はフリュウが師範の先生に勝負を挑み、見事な返り討ちに遭って悔しそうに笑っていた。
 基礎運動で汗を流す俺の側でアスターは形見の首飾りの石を教えられたように素手で撫で回している。
 天気もいい。時折り通り過ぎる風も鍛錬で火照った身体に心地よい。
 平和だなぁ。

 こんな穏やかな時間がずっと続けばいいのに。

 そんな俺のささやかな願いも、予想外の人物の登場により叶わなくなるんだけど、この時の俺には知る由もない話なのである。

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