悪戻のロゼアラ

yumina

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トワとアスター

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「アスター、これ受け取って」
 俺は屋敷へ帰るなりアスターを探して自室へと連れてきた。
 今日、城下のお店で買ったアスターへの贈り物。喜んでくれたら嬉しいなとリボンで飾られたそれをアスターに手渡す。
「私にですか?」
「うん。開けてみてよ」
「巾着?」
 俺がアスターの事を考えながら選んだのは布製の小物入れ。縫製がしっかりしていて頑丈そうだし、アスターの瞳の色と同じ深緑って言うのも決定打になって俺はそれを即購入。気に入ってくれたらいいな。
「アスターの大切な宝物を入れてる袋ごと入ると思うよ。そのままそれに入れてみて。袋の劣化も防げると思うんだ。中身も大切だけどそれを入れてる袋だって大切にしなきゃな。いつも俺の為に頑張ってくれてるから感謝の印!」
 アスターが常に懐に忍ばせているその袋の傷みが以前から気になっていた。
 その袋は、形見となってしまったアスターの母親の持ち物だった首飾りを入れているものだ。手を加えてない原石のままの赤い輝石を組紐で括り付けただけの素朴な造りの首飾り。一度見せてもらったことがある。無くさないように、袋に入れて肌身離さずいつも持ち歩いていた。袋も年季もので毛羽だったり縫い目が綻んだりしている。穴が空いて首飾りを落としてしまいそうだったから、そうなる前になんとかしてあげたかったんだ。
「ありがとうございます。大切に使わせて貰いますね」
 アスターはにっこり笑った。

        ※ ※ ※ ※

 アスターとの出会いは三年前のちょうど今頃。
 父上の慈善活動先に付いて行った時、出会った。
 恵まれない人達を扶助する施設が多く集まる貧民街近くの孤児院。ここへ慰問へ来た帰り、院長とまだ話のある父上を残してひと足先に外へ出て、馬車に乗り込もうとした俺は、孤児院の敷地外の奥まった場所にそれをみつけた。
 遠目に野良犬のような塊に俺は条件反射でびくっとしたけど、目を凝らせばそれが見間違いだったことに気づく。
 それは痩せ細った子供の蹲った姿だった。もう何日もお風呂に入ってないのか髪もボサボサで服も本人自身も薄汚れていた。目は虚として表情もなく、ただ大切そうに何かを両手で握りしめている。
 孤児院の子にしては衛生状態が悪い。貧民街の子が施しでも受けに来たのかもと思ったが、何だか様子がおかしい。
 俺を見送りに付いてきた孤児院の職員に尋ねてみた。
「あれは三週間前にここへ辿り着いた流浪の民の生き残りですよ」
「生き残り?」
 不穏な言葉。俺は眉をひそめる。
「二十人くらいの集団でここへ助けを求めに来たのですが、彼らは疫病でしてね。幸い発見が早かったので私どもは無事でしたが、辿り着いた集団はあの子供を除いて皆んな死んでしまいました」
 新天地を求めてこの王都を目指す人間は多い。ルサ国は然程大国でも無いけれど平和で雇用も有り仕事を選ばなければ食い扶持に困る事は無いから、移住者は珍しくないんだ。
「何故この子を保護しない?」
 こんなに弱ってるのに。
「それがまぁ、その。その子も病に罹っているかも知れないでしょう? そんな子供を他の子供がいる施設に入れるわけには行きませんし、この子供はどうやらこの国の言葉がわからないようで意思の疎通もできず我々も困り果てているのです」
 公用語を話せる通訳の役目をしていた仲間も死んでしまったから残されたあの子の事を扱いかねているということだ。あの子だって頼れる大人も居なくて心細かったろう。施設側も完全に見捨てていた訳じゃなく、定期的に食料を差し入れたりして気にかけてくれていたのが救いだ。
「ああやって、形見の品を握ったまま墓の前から動こうとしないのです」
 地面に蹲った男の子の手には古ぼけた小さな袋。それを大事そうに抱えている。その後ろの敷地は身寄りのない人達のための集団墓地だった。この子の親や仲間が埋葬されていると説明された。
 自分たちも困っていると職員は肩を下げた。
「あの子の名前は?」
「アスターと呼ばれてましたよ」
 俺はその子に近寄ってしゃがみ込んだ。
「アスター?」
「……」
 俺の呼びかけにその子は反応した。小動物みたいにまんまるな目をこちらに向けて俺を真っ直ぐ見つめ返してくる。
「お前、うちに来る?」
「トワ様⁈」
 我が家の従者が声を裏返したけど、気にしない。
「お腹空いただろ? うちに来ればお腹いっぱいご飯食べさせてあげる。その代わりお前は俺の従者になって俺の為に働くんだよ」
「そのような勝手をしては旦那様に叱られてしまいます!」
 顔色を無くして俺を嗜める従者。
「父上には俺が直談判するから安心して」
「しかしですな」
 まだ何か言いたそうな彼を無視してアスターに笑いかける。
「俺の名前はトワ」
 自分を指差しながら自己紹介。
「トワ…」
 か細い声で、でもちゃんと俺の名前を呼んでくれた。
「そう。ちゃんと通じたな! 偉いぞ、アスター」
 俺はアスターの頭を褒めるようにわしわし撫でた。
 アスターは俺の行動にびっくりして目を見開いた。

「トワくん、君が心優しい子だというのは知っているが、どこの誰かもわからない人間を我が家に入れるわけにはいかないんだ。元いた場所に返して来なさい」
 予想通りの父上のセリフ。
 馬車へと戻ってきた父上を見るなり説得を開始した。
「この子、ご両親二人とも死んじゃって頼れる身内がいないんだ」
「トワ君が気の毒に思うのは当然だ。しかし屋敷の主人として家の者を守る責任がある。いくら子供だといっても素性不明の者を招き入れるわけにはいかなくてな。ここの施設にこの子を預かるよう私から話を通してあげるからそれで手を打ってくれないかい?」
「この子、この国の言葉がわからないんだよ! それなのに言葉も通じない知らない人達がたくさん居るところで一人にさせるの? そんな人でなしな真似、俺、できないよ!」
「トワくん…」
 悲壮な顔で訴える俺。父上は少し心を動かされている。
 もうひと推ししておこう。
「それに俺がもしこの子の立場ならもう生きていけないと思う。大好きな父上と母上が死んじゃったら俺もう生きていく意味がないもん。後を追う」
「トワくん…⁉︎」
「この子は今、そんな寂しい時なんだ。誰かがそばにいて助けてあげないとそのうち寂しくて死んじゃうんだ。父上は俺が死んじゃってもいいの?」
 ウルウルと父上を見上げる。
「そんなのは駄目だ! 父様も母様もトワくんが大人になるまでは絶対に死なないから安心して!」
 感極まる父上。
 俺の涙の効果は抜群だ。
「絶対だよ、父上!」
「勿論だ! 約束しよう!」
 ひしっと抱き合う俺と父上。そばには施設の職員も従者も居たけど、俺たち親子が繰り広げる暑苦しい抱擁に無言を貫いていた。ありがたい。
「嬉しい。ずっとそばに居てね、父上」
 涙に濡れた目で微笑む俺。
「ああ、トワくん…!」
 俺を抱きしめる腕に更に力を入れる父上。
「だからこの子をウチで引き取っていい? 俺がちゃんと責任持って世話するから」
「わかった。トワくんのやりたい様にしなさい。トワくんの優しい気持ちは屋敷の皆もわかってくれるだろう」
「ありがとう! 父上、大好き!」

 俺は子宝になかなか恵まれなかった父上達二人の間に遅くに産まれた一粒種だ。だから父上も母上も俺に滅法甘い。俺は度々無理を言って二人を困らせたが結局最終的には俺の意見を聞き届けてくれるんだ。俺はそれがわかっているから、ここぞと言うときはそれを利用して我儘を通していた。我ながら小賢しい。
 でもさ、言葉も通じない異国の地で独りぼっちなんて、こんな年端のいかない小さな子供には死活問題じゃないか。それを見過すなんて出来るわけないよね。義憤に駆られてアスターを拾ったのは本当。半分は。あとの半分は単にきょうだいに憧れていたからなんだ。
 母上に連れられて他家のお茶会によく参加させられているけど、そこで仲良く一緒に遊ぶ兄弟姉妹を見て一人っ子の俺はいいなぁって羨ましかったんだ。ラゼルっていう大切な友達は居るけど、昼夜問わず会える家族ってやっぱり違うよね。
 身寄りもなく独りぼっちのアスターを見た時、俺の弟にしよう! って野望が一瞬にして脳内を駆け巡ったのも仕方ないよね?

 父上を説得した後は、一緒に屋敷へ帰り、風呂や食事を与え、部屋を整えた。アスターは俺にされるがままだ。家族や仲間が眠るあの場所へ帰りたそうにしてたけど、いつでも連れて行ってあげると身振り手振りでどうにか伝え、安心してもらった。
 まずは言葉を教えた。先生は俺だ。
 何事も意思の疎通がなければ始まらないからね。
 初めはカタコトだったアスターは乾いた地面に水が染み込むように言葉を覚えていった。
 言葉を教え、文字を教え、公爵家の使用人として恥ずかしくない教養を身につけさせた。アスターは真剣に勉強に取り組んでくれた。優秀な生徒だ。
 七歳違いで今は俺の胸くらいの背丈。小回りが効いて機敏。忙しそうに力を抜くことなくひたむきに働く姿は、健気でいじらしいと周りのみんなからも可愛がられていた。
 そして俺は知っている。
 この先、この庇護欲をそそるちびっこいアスターが、ひとかたならぬ成長を遂げ一端の男になる事を。

 巻き戻し前の記憶では、十四歳辺りから背が急激に伸び始め、子供らしいあどけない顔つきも段々男らしく引き締まったものになっていった。
 最終的にアスターは俺の背を抜かし、ラゼルとほぼ変わらないくらいの身長になったんだ。
 身体つきも負けてない。
 ラゼルがスレンダーで着痩せするタイプならアスターは服の上からでもきちんと筋肉がわかるタイプ。俺の従者として護衛の役目も担っていたから、日々の鍛錬も欠かさなかった賜物だ。でもいかつくないし、物静かな性格のせいか、アスターの持つ穏やかな空気は包み込むような居心地の良さがあった。
 歳下だけど、強くて優しくて包容力のある大人になって、俺はいつの間にかアスターを守る側からアスターに守られる側へと立場を逆転されていた。
 手塩にかけて育てたアスターがこんなに立派になる未来、俺は楽しみで仕方ない。
 アルファのような派手さも華やかさもないけど、俺に常に服従する忠義心も外せない。
「あの時、トワ様に拾っていただけなければ私はあの場所で死んでいたでしょう。それを救ってくださったトワ様は私の恩人なのです。私の命はトワ様のものです。私はトワ様に永遠の忠誠を誓います」
 なんて、事あるごとに片膝立てて跪かれちゃってたんだ~。
 もぅ、何この主従関係。
 可愛いわ、恰好いいわ、照れくさいわ、当時の俺は情緒が大変な事になっていた。
 そんな風に気を許しているアスターだったから俺は婚家へ一緒に付いてきてもらったのだ。
 上手くいかないラゼルとの生活の中でアスターは俺の心の支えだった。常に俺を一番に考えてくれて、俺の癇癪や我儘に辛抱強く付き合ってくれたのだ。

 アスターはロゼアラの育ての親でもある。
 ロゼアラはアスターによく懐いていた。朴訥なところのあるアスターだが、子供の機微を汲み取るのがうまくて、俺はロゼアラをアスターに任せっぱなしにしていた。
 俺は大公家に不在がちで、俺よりアスターの方がロゼアラと過ごした時間は長かった。
 俺が死んだ後も、アスターはロゼアラの側にいてくれた。
 俺が最期にそう願ったから。
 ロゼアラがフリュウに取り入った後も、ロゼアラの護衛としてそばを離れなかった。俺の希望通り。売国奴と悪様に罵られようと、アスターはロゼアラの生命を守り続けてくれた。ロゼアラがどんな罪を犯そうが、俺に服従を示してくれていたように、苦渋の選択をし続けながらアスターはロゼアラの壁となってくれたのだ。

 アスターとの出会いは偶然が重なったものだった。けど、アスターは俺とロゼアラ、親子二代に渡って仕えてくれたかけがえのない大切な存在になっていったんだ。

        ※ ※ ※ ※

 昔の俺は常に自分の事で手一杯で、アスターへ気遣いをする心のゆとりもなかった。でも今は過去を思い出したことにより視野が広くなって色んなことがきちんと見えている。
 アスターの献身に感謝の気持ちを伝えたいと思ったのは自然の流れだ。
「アスター。お前は俺の事をとても大切に思ってくれているね。俺はそれにすごく救われているんだ。だから」
 俺が贈った小物入れを大事そうに抱えるアスターの手を両手で包んだ。
 アスターは不思議そうに俺を見ている。
「俺が間違った事を言ったりやろうとしたりする時は遠慮なく指摘してほしい」
 ただ盲目的に従うんじゃ無くて、自分の考えや思いを伝えて欲しい。違う価値観や自分の間違いを受け入れる度量を俺は持たないといけないから。
「俺はそうやって言ってもらわないとわからないから。お願いだアスター。何もかもを受け入れるんじゃなくて駄目なところは駄目だと教えて欲しい」
 アスターに自分らしく生きて欲しいから。もう俺に足を引っ張られて人生をふいにしてほしくない。
「徐々にでいいから。アスター、約束だからな」
 アスターのほんのり温かい、今はまだ小さな手を俺は祈るように握った。
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