恋をする

波間柏

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16.逃げたい

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久々に逃げたくなった。

 母が、お母さんが助からないと知った時。

 お母さんの痩せ細っていく姿を見た時。

 皆いなくなって、本当に1人なんだと自覚した夜。

今度は何に逃げたいの? 逃げてどうする? 知ってる、分かってる。

逃げてもどうしょうもない。

「ホノカ」

もう聞きなれた声。

あぁ。今は…今だけは一人じゃない。

「すみません。具合の悪い時に話すべきじゃなかった。部屋で休んだ方がいい」

彼を見れば水色の瞳が不安そうに揺れている。背中に暖かさがくる。ランスが触れている大きな手の暖かさが背中から流れる。彼だって、本当に帰れるか不安だろう。

 そういえば、ランスは、弱音を言った事なんて一度もなかった。

「その紙の束ランス1人だと読むのにどれくらいかかる?」
「一時間もあれば」
「じゃあ、先読んでもらって一時間、いえ二時間後、私にも教えて」
「でも、顔色もかなり悪い。また明日…」
「今日も明日も同じだよ」

ちゃんと彼の目を見て話す。

 きっと私の顔は、彼と出会った時以上に酷い顔をしている。

「正直、嫌な予感しかない。でも、逃げることもできない。その玉の石、あの陣の中央部分の窪みと同じサイズでしょう?」
「…はい」
「なら、尚更早いほうがいい。ランスが読んでいる間、少し寝てシャワー浴びてくる」

ゆっくりソファーから立ち上がった。彼の手も離れていく。

「ホノカ」

ふと前にお金はないし、この礼を何で返せばいいのかと聞かれた事を思い出した。

彼を見下ろす。

「ほのって呼んで。前に食費とか気にしていたでしょ?何も返せないって。帰るまでほのって呼んでくれたらチャラにする」

戸惑った様子のあと、彼は口を開いた。

「ホノ」
『ほのー、こっちよ』

 お母さんが私を呼ぶときの呼び方だった。

懐かしい。

「ありがとう」

自然に笑えた。 

「じゃあ二時間後」

私は二階に上がった。

 寝れないと思っていたけど、ベッドに入り目をつぶった後の記憶がない。携帯のアラームで目が覚めた。集中して読みたいであろうランスの邪魔はしたくないので部屋のシャワーを使った。

 着替えてだいぶサッパリし、階段を降りていたら、下から怒鳴り声がする。 

「※※※!!」
「※~※※※」

 彼が本気で怒っている声を初めて聞いた。

怖い。

 どうしよう。気配に鋭いから音をたてればすぐに気づかれる。

「ホノカ?」 

 何もしなくても気づかれてしまった。私は諦めリビングの彼の近くにいった。

 そこには前に見た美女、ヒュラルさんが光の中にいた。

なんで、私はこの人が苦手なんだろう。これが嫉妬なのかな。いままで恋愛に興味がなかった。

そんな時間もなかった。

彼女と目が合ったのでお辞儀をした。

「ホノカ※※※~」
「※※!」

 名前を彼女に呼ばれたのは分かったけど、後は聞き取れない。ランスが私の前に立ちふさがり、彼女に怒鳴った。

「チッ」

ランスが舌打ちをした? こんな彼の態度を見たのは初めてだ。

 彼が前にいたので見えなかったが、会話は終わったらしく、光が消えリビングは暗くなった。

 私は電気をつけに行くついでに冷蔵庫から頂き物で放置したままだった赤ワインのボトルとチーズを出し、ボトルの栓を開けながらランスに聞いた。

「ランスは、お酒のめる?」 

 訝しげな顔をしたけど「はい」と答が返ってきたので棚からワイングラスを二人分とりだし、ソファー前に置いた。

 グラスに注ごうとしたらランスにボトルを取り上げられ注いでもらった。

ランスのグラスに自分のグラスを当てると軽やかな音が小さく響いた。

「ホノカは飲めるんですね」 
「普通くらい」

 今日は、飲まないとやってけない気がしたのだ。

「教えて」

さて、何が出てくるやら。

「紙の束はメモ書きのようになっていました。それを書いたのは、ホノカのひいおじい様で、箱に術をかけたのは、おじい様です」

書いたのは曾祖父。
術は祖父。

何故、祖父は術を使えたのか?

「ひいおじい様の書いたものによると、ホノカのひいおばあ様は、この今あるホノカの家の建つ場所に倒れていて、避暑地に遊びに来ていた、ひいおじい様が見つけたそうです」
「…続けて」
「発見当初彼女が覚えていたのは、名前と不思議な言語。全て記憶が戻ったのは亡くなる二週間前」

 それは、なんとも言えないタイミングだ。

「彼女の名前は、エディルローダ。エディルローダ・ヴィ・メルト・ターナ」

 ランスの視線を感じ、同じソファーに少し離れている彼の方へ、右に顔を向けた。

凪いだ水色の瞳。

「名前が4つにわかれてますよね。我が国でそれは王家と、その血筋を受け継ぐ者だけです」
「それって」
「はい。ホノカのひいおばあ様、エディルローダ様は、ザーキッドの公爵家、しかも王家の血が流れる姫です」

嫌な予感は当たった。

しかも大当たりだった。


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