おばあちゃんの秘密

波間柏

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1.真珠の髪飾り

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「ゆいちゃん、ちょっと休憩しようか」
「う~ん、もうちょっと」
「サカキのもなかがあるよ」
「えっ!休憩する!」
「ふふっ。お茶をいれたから一緒に食べよう」
「うん!」

 私の返事を聞いて縁側のある窓から小さな白い顔を出していたおばあちゃんは顔をひょいと、ひっこめた。

 しゃがんで地面とにらめっこしていた私は、ゆっくり立ち上がり膝についた葉っぱと泥を軽く払い、腕をおもいっきりのばし伸びをした。

 見上げた空は雲ひとつない青空。3月に入ったけどまだ肌寒い。でも吹く風からは、微かに花の香りがし春だよと教えてくれる。

 今日は家から二駅先にある昔ながらの一軒家に一人暮らしをしているおばあちゃんの家に遊びにきており、何か手伝う事ある?と聞くと、切れた電球の取り替えと庭の草むしりを頼まれたのだ。

 私の住む家は戸建てだけど駐車場を優先した為に庭がないので、おばあちゃんの家での草むしりは、実は結構好き。根っこから雑草をただひたすら引っこ抜くだけなのに何故か引っこ抜くと爽快感を感じる。

 半分砂利で飛び石が埋め込まれ、大きめな不揃いの石を境目に奥半分には、梅や松、金木犀や夏みかんの木、もう花の見頃は終わり、葉をまとめて結ばれているラッパ水仙。あとは、ハーブもちらほら植えられている。

 鳥が私に気づかずもう時期は終わりのミカンが半分梅の木に刺さっている枝にとまり、私に気づくとひと鳴きし、慌てて飛び去っていった。

 雑多なこの庭が私は大好きだった。

 この庭、この家に住むおばあちゃんはもっと大好き。



──それは突然、終わりをつげた。



✻~✻~✻



「ゆい、お花を入れてあげて」

 お母さんに促され、銀色のトレーに乗せられたお花から真っ白な百合を選び、もう二度と目を開けることのないおばあちゃんの胸元にそっと置いた。

 小さく白い顔は血の気がないけれど、今にも目を覚まし、私の名前を呼びそうなのに。

『ゆいちゃん、おいで』

 そう優しく呼んでくれるおばあちゃんは、逝ってしまった。ぼんやり立っている間にも蓋がされ、くぎが皆の手で打たれていく。

 私は喪服を着たまま1人、おばあちゃんの家ののいつもの縁側に面した畳の部屋、おばあちゃんとよくお茶を飲んだ部屋にいた。お母さん達は先に遺骨を持ち家に帰り、今頃親戚と出前のお寿司を食べているだろう。

 私は、無意識にいつもの座布団の上に座っていた。

 おばあちゃんがいないこの家は、眠ってしまったかのように静かだ。外からは、鳥の鳴き声がする。

 もう、ミカンあげる人いないんだよ。

「つい最近、会ったばっかりだよ?なんで、いなくなっちゃったの?」

 ずっと続くと、いつでも会えると思っていた。そんな事あるわけないのに。

いつか別れはくる。

──でも。

「寂しいよっ!…っうぇ」

 悲しむ顔をきっとおばあちゃんは見たくないと思って、泣くのをずっと我慢してたけど限界だった。

 毎日1回、お母さんが一人暮らしをしているおばあちゃんを心配し夕方にお母さんか私が電話をしておばあちゃんと話をしていた。でも、その日、お母さんがいくら鳴らしてもおばあちゃんは出なかった。

 二人でおばあちゃんの家に急いで行き、玄関を開けたら、廊下におばあちゃんが倒れていた。救急車を急いで呼んだけど、既に止まってしまった心臓は二度と動くことはなかった。

ブルブル

 携帯が震えメールが届いた事を知らせた。いつの間にか大分時間がたっていたらしい。お母さんから、早く戻ってこいというメールだった。

「ヤバい、きっと顔すごいことになってる」

手で涙をぬぐった。

 目元がすでに腫れているのが自分でも分かる。

 立ち上がろうとして重い腰を上げた時、ふと隅の小さな箪笥にめがいき、よろよろと近づき、一番上の小さな引き出しを開けた。

そこには、木の厚みの薄い箱。

 そっと蓋をあけ、中に入っているそれを手に取る。それは、大小を組み合わせた真珠の髪飾りだ。髪を結って差し込むようにさす形で真珠は丸くなく、それぞれ形が違う。

 この髪飾りは、この前草むしりをした日におばあちゃんが私にくれると言った物だった。

『ゆいちゃんの高校の卒業と大学の合格祝いにあげる』
『えっ、いいよ!大事な物でしょ?』

 私は、昔からこの髪飾りを大事にしていることを知っていたので、すぐに断った。でも、いつもならアッサリしているおばあちゃんが珍しくこの日は、貰って欲しいとずっと言っていた。

『じゃあ、おばあちゃんがいなくなったら絶対受け取って』
『そんな悲しいこと言わないでよ!』
『お願い。ゆいちゃんに持っていて欲しいの』
『もう、わかったよ』

根負けして頷いた。

 まさかこんなに早くおばあちゃんとお別れするなんて思ってなかったからその場のことだけだしと深く考えていなかった。

 そっと髪飾りを取り出して髪にさしてみる。箪笥の隣にある姿見で見てみると黒い髪に少し黄色の色の真珠はとても綺麗だ。

…えっ?

鏡に映る髪飾からキラキラと光がでてきた。

それは徐々に光を増す。

「眩しいっ」

思わず目を閉じた。
花の匂いがする。
それにザワザワと葉の音。
目を恐る恐る開くと。

 私は広大な花畑の真ん中に立っていた。

「君は誰だね?」

 すぐ近くには、まるで昔の映画の中の人のようなスーツを着た老紳士が立っていた。

「君は、ユリ?いやまさか」

──百合はおばあちゃんの名前だ。

「その髪飾りは…」

 老紳士は、私の髪にさした真珠の髪飾りを指差した。

その手は微かに震えていた。

「おばあちゃんのですが」

おばあちゃんを知ってるの?

「ユリ、いや君のおばあ様は、もしかして…」
「っ亡くなりました」
「…そうか」

 老紳士は、顔を辛そうに歪め、被っていた黒いフェルトの生地のような帽子をとり目をつぶり何か呟いた。

「あの」

 呟きが終わり目を開けた瞳がこちらを向く。

その瞳は紫。

私は違和感に今、気づいた。

 私は、おばあちゃんの家にいたはずなのに。


「ここは…」
「此処は、グランス」

 私の呟きに正面に立つ老紳士が答えた。

グランス?

 そんな名前聞いたことがない。困惑が顔に出ていたのか、その老紳士は、私に近づき、話始めた。

「お嬢さんのいる世界とは違う」
「何を言って」
「ここは、あなたからすれば、異世界だ」
「異世界?」

頭が追いつかない。混乱するいっぽうだ。

「ようこそユリの血をひくお嬢さん」

穏やかに微笑む老紳士。

 おばあちゃん、わけがわからないよ。私はふらつき、そのまま意識を手放した。



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