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17.最終話
しおりを挟む「私と生涯を共にして下さい」
討伐と整備の為に山中を飛び回り、ボロ雑巾のような姿で帰宅した私を待っていたのは、眼の前で跪き艷やかな銀髪と形の良い頭部を見せつけてきたインテリ男だった。
「はい。一箇所で大丈夫なんですか?書きました」
ボールペンには劣るが、乾かないインクのペンモドキは便利なので腰紐に付けて持ち歩いているそれを取り出して書いた。手のひらを土台代わりにしたので、夏という字が斜めになってしまったが。
まぁ、読めるし問題ない。
「……貴方は、夏ですか?まさか偽物」
「本物ですけど」
何いってんだ? 国内でトップクラスの魔術師と聞いていたんだけど。それなら気配でわかるでしょうが。
「ええ、貴方で間違いない」
「ちょっと」
ペタペタ触らないでくれる?
「しかも、何処を触って納得してるわけ?!」
肩から胸に下がり納得したと頷くのはどうなの?
スパーン!
「この叩き方、間違いないですね。討伐ご苦労様でした」
「いちいち気に障る言い方やめてくんないかな?あ、何それ?!」
「触らないならお見せしますよ」
イソイソとサインした用紙を丸めている、その紙がいやに厚みがり見せろと言えば、空中に浮かせられて手が届かない。
「小さい字だな。えっとアルフォン、陛下からの王命…本気ですか?」
この世界に来た時から話せ読めるけれど、古い言い回まわしは、なんだろう目から入ってから脳で変換されるまで時間がかかるんだけど。
「我が国から、このオルガ迄の距離は正直、隣国と呼ぶにはありすぎます。かといって目を離せば再び他国に奪われる。そこで私達が上に立ちます」
「属国となった国を管理する為にグレードさんと私が?この書かれ方だと」
グレード・レグノ並びにナツ・レグノ宛になっている。
「そうです。夏とでなければ嫌ですと進言しました」
いやいや、苗字が既におかしくない?婚姻届と書かれた紙にサインしたのは今さっきなんだけど。
「オルガに来て暫く経ちました。夏は、この国が少なくとも嫌いではない。貴方の瞳が表情が騎士団に属していた時より豊かになった。私も陛下の側で仕えている方が性に合いますが、今回二人ならばと」
二人というのがひっかかるが、このオルガという場所は気に入っている。ただ、好きだとか口にした事がないのに。
相変わらず鋭い。
「貴方の口から是と言って頂けた事が、未だに信じられません」
「小国で属国とはいえ、国民の命を守るなんて聞いたら迷いが出てるけど」
「迷う必要はありません」
「プッ」
ピシャリとでも、若干焦り気味に言われて笑ってしまった。
最初にグレードさんにプロポーズをされてから約二年が過ぎていた。この完璧な人の隣に立つと決めるのに随分かかった。
「何故、受けてくれたのですか?」
話ながらも城の与えられた離れの部屋へと歩みを進めていく。あれ、グードさんの執務室とは逆じゃなかったっけと思いながら考える。
「んー、今回の討伐って結構な人数で行ったじゃないですか。あと過疎地に住む人達の悩みとか聞いたり。私にとって指揮をとるって難易度が高くて苦手だったんですよ。初対面の人と話すのも愛想が良い方じゃないし」
ぶっちゃけ、魔獣を一人で狩るだけのが非常に楽である。
「確かに人手が必要だろし仕方がないから、事前に連れていくメンバーの特性やら過疎地の場所についても調べて段取りをしていって」
いざ、出発しましたが。
「まぁ、食料が乏しくなるほど仲間同士のいざこざやら、なんか知らんけど相談されたりとか。まぁ、予想外な事が多々あって、ついに笑うしかないみたいな状況になりました」
嘘でしょ?って叫びたくなるほど上手くいかない場面もあって。
「げんなりしながら、一つずつこなして消化していくにつれ、満足感というか自信がついたというか」
ほんの少しだけど。
「平然とした顔で捌いていくグレードさんを尊敬したというか、凄さに気づいたというか。自分も成長できたかなと思えてきて」
上手く言えない。
「グレードさんの近くで冗談言い合っての最後もいっかなと…」
好きだとか愛してるとか言えたら良いんだろうけど、私が口にすると安っぽくなりそう。
なにより恥ずかしすぎるわ。
「グレードさん、もっと普段から笑えばいいのに。意外と面倒見も良い所があるのに」
結構な頻度でみかける、わざと苛立たせる様な上からの口調と必ず論破していく所が損してるっていうか。
「私は、他者に好かれたいと思いませんし、全ての方に好かれるのは不可能です。ただ、自分が信頼を寄せる方に理解されていれば満足です。髪がずいぶん伸びましたね」
「汚いから触らないほうがいいですよ」
頭からつま先まで砂埃がくっついているようで自分でもかなり汚れていると思うから早く風呂に入りたいのに。
「私、オルガに来て初めて明日から休みを三日間とりました。勿論、夏もです」
「休みは分かりましたが、何故」
私の部屋に貴方も一緒に入ろうとしているのか?
「婚姻のサインしましたよね?」
「したけど」
「先程、私達は夫婦になりました」
だから?
「三日間、一緒にいられるじゃないですか」
「え、私の部屋」
「私達ですよ?」
「ちょっと、腰に手を回さないで!」
「痩せましたね。明日、夏が好きな店に食べに行きましょう。婚姻の証に耳飾りも注文しないと」
「グレー」
「お慕いしています。いつか夏にも言葉にしてもらえたら嬉しいです。今は、貴方の分も言葉にします」
額、目、頬と軽く触れてきた唇が離れ、目が合う。小学生の頃に文房具屋で一目惚れして買った宝石カットされたきらきらした紫の玩具がついた鉛筆を思い出した。
いや、あれよりもキラキラしている。
「愛しています」
紫が細くなって、笑ったんだと分かった。
──あぁ、本気で想われるって、凄いな。
「うん、ありがとう」
なんか、じんわりする。
「でも、お風呂は入ってから話をしたり食事をしたいから、後で」
「ならば、一緒に入りましょう」
「え、ムリムリ!うわっ」
膝裏に手を差し込まれ、あっという間に横抱きにされた。
「観念したほうが身のためですよ?」
満面の笑みで見下された私に、勝算はあるのだろうか?
✻··✻~END~✻··✻✻
おまけ グレード~side~
『嬉しそうですね』
幼い王女は、隣国から届いた花を先程からずっと眺め微笑んでいた。このように人前で頬を上げている姿は珍しい光景だった。
『グレードにも、わかるわ。理解して、いえ、違うわね。互いに理解しあおうと心から思える方に会えた時の気持ちは、何物にも変えられないわ』
何時も冷静な方からの弾むような口調に、私は逆に心配なる。
『今、私が浮かれていると思ったのでしょうけれど違うわ。満たされている喜びでいっぱいなの。一瞬でも、この感情を手にできている私は、とても幸せだわ』
空よりも澄んだ瞳を細め、屈託なく笑う姿は、私には眩し過ぎた。
「あの幼き日から随分と経ちましたが、やっと理解できたような気がします」
容赦なく切り込む姿、予測のつかない行動。飾らない言葉。
「嫌われたくないと思う相手が、この私に存在した事が驚きです」
ですが、時に苛立ち酷く不安にさせられるのです。
『グレード、でもね、とても心配になったりハラハラしてしまうのよ』
マリエル様の表情が一瞬曇った。
『そのような時は、手紙を書くの。直接伝えるのが可能なら言葉にして伝えるのが一番良いわ。理解してもらえると思っていたら駄目よ。悲しい時や嬉しい事も必ず話をするの。一つ一つ重ねていくとね、悲しいより、苛立ちよりも、満ち足りた気持ちが増えていくの。素晴らしいでしょう?』
ええ、マリエル様。その通りですね。
「父や母に疎まれ、兄からはこの出来の良さを勝手に嫉妬され殺されかけてきましたが、彼らは私より先に逝ってしまった。復習するはずだった相手があっけなく眼の前から消えた私は、単なる頭の良い子供らしくない生意気な子供でしたね。よく王女は私に話しかけてくれたと今でも不思議ですよ」
『あら、あなたも一人なの?私わたくしもよ。友達になりましょう?上辺だけではなくて本当の友達よ!』
貴方のお陰で、夏に会えました。
「私は、マリエル様に何で返したらよいのでしょうか?」
もう、この世にいない貴方に。
「グレード!庭の掃除が終わったなら手伝ってもらえる?」
夏が、バルコニーから手を振っている。片手には大量の布を抱えているようだ。いったい今度は何をするのか見当もつかない。
『あら、ただ生きて笑っているだけで良いのよ!』
そんな声が聞こえた気がした。
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