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10.旅をすれば豆に会う

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「あ、今日は」

 中庭で寝転びながらお菓子を食べていれば、この家の家主グレードさんが、ゆったりと近づいてきた。

 いつぶりがな?本当に同じ家にいるのかというくらい会わないんだよね。

「お久しぶりです。ナツ様に伝えねばならない事がありましまして。転移の件ですが、やはり行き来は不可能のようです。ガルレインの城に保管されていた古書に召喚についての書物もくまなく調べたのですが」

なんだ、そんな事か。

「いいです。もう、必要ないので。むしろまだ調べてくれていたんですね。ありがとうございます」

 意外と律儀な人だなと私の回答に戸惑いを見せている彼をぼんやりと眺めた。

 私が、この世界に来て更に二年が経過していた。

「最近、特に感じているんですが、あんなに会いたいと思っていた親や友達への気持ちが薄くなっているんです」

 精神が壊れないようにする為の自己防衛なのか?はたまた異世界マジックか。

正直、寂しさはある。

「今、時間ありますか? グレードさんにとっては無駄話かもしれませんが、まだ覚えている間に誰かに話をしたくなりました」
「ええ」

 相変わらず彼の表情は分かりづらいけど、機嫌は悪くなさそうな彼に成り行きで話を持ちかければ、スンナリ乗ってくれたのに内心ビビる。

 激務な彼にとって私の無駄話などメリットは一つもないだろうに。

 これも彼と一緒に過ごしてきた年月の成果だろうか? いや、それ程会話をした記憶はないけれど。

 まぁ、せっかくだし、気が変わらないうちに進めよ。

「昔、私と空だけでなくて、桜と匠海たくみという子達、計4人がいたんですが、結構仲が良くて。四人で1セットなくらい。時間さえあれば会ってたんです」

 近所だったから朝はいつも一緒だった。

「だけど、夏休みも半ば過ぎた頃、匠海が夏期講習の帰りに車に轢かれて死にました」

 車道を自転車で走らせていた匠海は、余所見運転をした軽トラに撥ねられ、飛ばされたと後から聞いた。

「ヘルメット、していたら違ったのかも。最近はする人か増えたけど、あの頃は本格的に走る人や幼児以外はしてる子なんて殆ど見かけなかった。あ、ヘルメットは、頭に被る物です」

ダサいし、結構暑苦しんだよね。

「ダサさより命のが大事なんだけど、そんなの後から言っても仕方がない」

もう、手遅れだ。

「あの日、夜に4人で花火をする予定だった。だから、匠海も急いでいたんじゃないかなって思う」

いや、きっとそうだ。

『ギリ間に合うかも』

 グループのメッセージに送られてきた文字が彼の最後になった。

「ニュースとかで事故とか日常的に流れているけれど、まさか友達がだなんて思っていなかった」

信じられなくて。

「気づいたら、匠海の家族は逃げるように家をひきはらっていて。私も親の都合で県内だけど引っ越してしまって」

 落ち着いた頃には、もう皆、バラバラだった。

「進学しても働いても、たまに会って馬鹿やって騒いでって何の確約もないのに信じてた」

百パーセントな事なんてないのに。

 あの頃、人間関係って、なんて脆いんだろうと逆に感心さえした。

「あれから数年後、二人にバッタリ会ったんです」

 何故か道端で偶然会った時、匠海と付き合っていた桜は、空の腕に手を絡ませ彼の隣にいた。

──ムカついた。

私が、ずっと好きだったのに!

「でも、違うんだよね。私は、勇気がなくて言えなかった。しかも狡い私は、永遠の別れになるかもしれない彼にあえて棘を残した」

私の事を忘れるなって。

 空の事だ。三年が経過していても、きっと覚えているはず。

「桜に対して狡いって思っていたけど、私が一番意地汚い奴なんです」

 女子のドロドロとした関係なんて馬鹿馬鹿しいと思っていたのに。

「貴方は、確かに頭脳はそこまで良くはないでしょう」
「ちょ……酷くないですか? そんなにバッサリ言われたのは初めてなんですけど」

 彼の薄い口がゆっくり開いた瞬間、何を言われるかと思えば。

 この国一番のブレインと言われている人なら、もっと伝え方とか知ってるんじゃないの?

あ、ワザとか。

「ただ、羨ましいと思う時はあります」
「はぁ、そうですか」

 そんだけ言われてからの言葉だとイマイチ信用できないわ。しかも羨ましいの意味が分らない。

「それで婚姻したいのですが、貴方の意向をお聞きしようと思いまして」
「え、えっと誰が誰と?」

いきなりぶち込んできたぞ。

「何と言われましても。ナツ様と婚姻を望んでいます。あぁ、婚姻の意味は分かりますか?」
「勿論、知ってるわ!」

 眉を寄せて心配げに話しかけないでくれる?

「前置きが全くないプロポーズも驚きですが、グレードさん、そもそも私の事が嫌いじゃないですか。なのに何故、そんな流れになるんです?」

 最初に会った時の、あの目は今でも思い出せるくらい酷かったなぁ。

「初対面の時と比べたら随分マシにはなったけど。でも、キャハハウフフな事なんて一度もないですよね?」

 あまり直接的な言い方は良くないと学んできてはいるけれど。

「私は、奥さんの代わりにはなれないです。そもそも奥さんに失礼でしょう?」

 溺愛していたらしい奥さんを召喚で失った人、方や召喚により帰れなくなった人。

 いや、違うな。帰らない選択をしたのは私だ。

 「ご存知の通り五日後に此処を離れます。それまで図々しいですが、よろしくお願いします」

 この辺りの森は魔獣の数も減り平和になった。なにより長居し過ぎたんだなと改めて思った。

旅立つには良い機会だ。

「生意気に聞こえるかもしれませんが、グレードさんの事は前ほど嫌いじゃないです」

 仕事は柔軟性があるのに、この人はホント不器用過ぎ。

「ナツ様」
「さて、話を聞いてくれて、ありがとうございました。よっ、私も荷造りしないとだな」

 起き上がりくっついた葉をはたきおとし、まだフリーズしたままの彼から背を向けたけど。

「出発迄の夜、大丈夫でしたら夕食を一緒にどうですか?」

どうせなら、気持ちの良い別れにしたい。

「……ええ、食べましょう」

 なんていうのも自己満足なんだろうなと微かに微笑んだグレードさんを視界に入れなが、思った。





✻~✻~✻


バシッバシッ

「いやぁ、ホント助かったぜ!要領もよいな!出来ないのは愛想くらいじゃないのか?!ガハハッ」
「だから痛いって言ってんじゃないですか!」

 無事に出発してドキドキ一人旅もなかなか順調だった中、小さな町の道端でバッタリ再会したのが、目の前で言いたい放題言いまくっている豆、いやビーンズさんだった。

「お、もうこんな時間か!休憩してくれ!」
「はい、これを片付けたらご飯をいただきます」

 親が引退したから農業の跡を継ぐわと退団したビーンズさんの広い畑は現在繁忙期を迎えており、猫の手も借りたい状況だったらしく偶然会った私は、働かないかと半ば引きづられるように連れて行かれてバイト中の今に至る。

「大丈夫か?親父もこき使うなぁ」

 頭上からの声と同時に、腕に抱えていた中身が消えた。

 こんな近くにいつの間に人がいたの?いや、親父って豆の事?

「あ、わり、驚かした?」

 いた場所からできる限り距離をとり声の主を見上げると、頬をポリポリと掻いている騎士服を身に着けている男がいた。

「豆、いえ、ビーンズさんの息子さんですか?」
つい、まめ呼ばわりしてしまい手をくれかもしれないが、急いで言い直し聞いてみた。

「あぁ、ビーンズは俺の親父だ。あ、俺はダニエル。よろしくな」

 歯のCMに出演出来るくらいに真っ白な歯を見せ笑うイケメンな若者にビーンズさんと似ている箇所を探そうとガン見した私は、悪くないと思うの。


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