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65.殺意からのシャル君
しおりを挟む「離れて!」
私は、気づいた時にはシャル君に強く押されて床に倒れこんでいた。
くっそう!辛子オジサン、ダーキッド公爵から発せられる強い憎しみと倒れている騎士さんに意識がいってしまい、反応が遅れてしまった。
ギィーン!
ギリギリッ
失礼ながら辛子オジサンとは思えない素早さで襲いかかってきた。
シャル君が、剣を抜き辛子オジサンの剣を受け止める。
「チッ!」
お行儀の良い見本のようなシャル君の口から舌打ちが聞こえた。
「クックッ!誰かと思えばバーグ家の坊やか。少しは成長したんじゃないか!」
「貴方に誉められても全く嬉しくありません」
二人はのんびり会話をしているが、互いに剣をギリギリと力で押し合っている。
辛子オジサン意外に強い。
「うっ」
倒れている騎士さんから小さな呻き声があがった。
生きてる! 私、ぼやっとしている場合じゃないよ。
急いで騎士さんに治癒してと力を飛ばし、シャル君と私に強い防御をかける。
倒れていた騎士さんは、静に半身を起こし、私と目が合うと人差し指でシッという仕草をした後、小さい2センチくらいの棒、笛かなを吹いた。
その笛の音は不思議と聞こえてこない。
公爵は騎士さんに背を向けている為、気づいてないみたいだ。
「遊びはここまでだ」
力で剣ごとシャル君を押した公爵は、構えを変えシャル君に斬りにかかった。
加減するのが不安だけど、やるしかないよね。
いままで私はシャル君から公爵が離れるタイミングを待っていた。
「今だ」
辛子オジサンが斬りかかる瞬間、足に狙いを定めて人差し指から鞭を振り下ろすイメージで光を放った。
光の鞭は、うねるように足に華麗に決まった。
先に言っておくけど鞭なんてテレビのお笑いでしか見たことがない。
そういう趣味では決してないと主張しておきたい。
シャル君は、鞭攻撃で急に倒れこんできた公爵を素早く避けた結果、べしゃっと潰れる辛子オジサン。
コントの様だが玩具の剣ではない。
マジです。
「ここだ!」
半身を起こしていた騎士さんが叫んだ。
振り向くとドカドカと何人もの足音と共に騎士さん達が走ってきた。
「公爵!?なんていう事を!」
位が高そうな騎士さんが、公爵をみて驚いている。
ですよね。
まだ他国の刺客ならまだしも、自国の人で驚くのは当然である。
「私に触るな!」
腕を掴もうとした騎士さんに怒る公爵。
「お連れしろ!」
有無を言わさず指示をだした上位風の騎士さん。
「ハッ!」
その指示に躊躇していた騎士さん達が公爵の腕をガッチリ掴み連れていこうとした時、公爵と目が合った。
──憎しみ、殺意。
視線で人を殺すことが可能なら、今、間違いなく私は殺されている。
腕を拘束された公爵は、私が放った鞭もどきで両足、膝下あたりは服が破け真っ赤に火傷したようになっていた。
私は、手を公爵に向け鞭で傷つけた足に光を飛ばした。
手が震えていませんように。咄嗟に伸ばした右腕を左手で支えた。
「そんなの必要ない」
背後からシャル君の腕が伸び私の右手首を緩く掴んだ。
私は、無視して光を送った。そうだ、あの刺された騎士さん。
振り返り扉近くに立ち上がっていた騎士さんに急いで近寄った。
「大丈夫ですか?!」
「ちょっ」
嫌がる騎士さんの腕をどかして確認するれば、お腹のあたりの制服がザックリ切れている。
傷はっ?!
布が切れて肌が見えている辺りを触る。本当に極うっすら斜めに跡が見えた。
そこに触れ力を注ぐ。
光が肌に吸い込まれ直ぐに跡は消えた。
「痛くないですか?違和感などは?」
見た目は何もないけど中は分からない。
見上げて騎士さんに聞くと。
あれ?
騎士さんの真っ白な顔が真っ赤だ。水色の目は見開いている。
「えっ、やっぱり中が痛いですか?」
「いえ、大丈夫です!」
ブンブン頭をふる騎士さん。綺麗なカールしている柔らかそうな緑の髪がそれに合わせてふわふわ揺れている。
「カエデが離れれば治りますよ」
首ねっこを突然捕まれべりっと緑髪の騎士さんから離された。
声の主はシャル君だ。
「そうなの?」
よく分からないけど、分かったと言ったら首は解放された。
なんでシャル君が不機嫌なんだろう? シャル君を見上げると、何故かため息をついている。
「不用意に異性に触れたらだめですよ」
「いや、でも怪我が」
「わかりました?」
なんか、圧が凄いんだけど。
「う…はい…」
はいという選択しかなかった。
その回答にやっと彼の苛立ちオーラが弱くなったようだ。
「こんな時なんだけど、また国境のとこ行ってくるね」
部屋にも戻る気がしない私はそのまま転移する事にした。
とにかく外の空気吸いたい。
「後で必ず報告しに行くと伝えて下さい」
緑髪の騎士さんにシャル君が言う。
「防御を張るからいいよ」
多分報告しなくちゃいけないであろうシャル君に言うと、キッと音がしそうなほど睨まれた。
「カエデを1人にする方が問題です。」
「……すみません」
なんか普段大人しい人ほど怖いな。
***
「んー!」
大きく伸びをし上を見上げれば、真っ青な空が広がる。
ここは、隣国ラウジルの近くである。
遠くに町並みが見えた。ラウジルの建物は煉瓦で薄い肌色をしており、色や形が統一されているのが整列しているのが上からだとよくわかる。
今いるのは山の岩肌がゴツゴツしている場所だ。
ちょと広いリビングくらいの平坦な場所を見つけ移動し、小さく歌いながら両手を前に出す。
光はいつものようにすぐ現れ飛んでいった。一見普段と変わらないように見えるけど、力が弱い気がする。
さっきの事のせいかな。
倒れていた騎士さん、そこから床に広がっていた大量の血。
公爵の私を見つめる目。
「あーやっぱり、私がいると迷惑だな」
つい呟いた。
「何故?」
気づいた時には後ろから腕が腰にまわされていた。
「先程は、突き飛ばしてすみませんでした」
「さっき不用意に異性に触れるなって怒られたけど」
「僕は良いんです」
はぁ?
シャル君、君も俺様タイプか。
まぁ、何か大きな猫になつかれているようで嫌ではないけどさ。
「怖かったですか?当たり前ですよね。」
シャル君が聞いてくる。
怖い?
違う。
「ビックリした」
そう、私は驚いたのだ。
「あんなにも憎しみを、殺意を向けられてビックリした」
普段、ムカつくとかそんな時はある。でも、あんな視線で殺すオーラを放たれたのは生まれて初めての経験だ。
思っていたより衝撃を受けた。
「震えはおさまったようですね」
気づかれていたか。
「カエデ」
「はい?」
「この世界が嫌い?」
「好きだよ」
「こんな目にあっても?」
「うん。ただ自分が迷惑かけてるのが嫌かな。皆に怪我してほしくない」
やっぱり私は帰るべきなんだろう。
私の気分とは裏腹に空は青くて日の光は優しい。風は気持ちよく流れていく。
「僕はずっとカエデが好きなんです」
「え?」
今、何か重要な事を言われた?
顔を上に向けると真剣なグリーンの目が私を見ている。
「好きなんです」
私は、綺麗にさよならしたいのに。
「違う好きでは?」
首に軽い痛みが。
「ちょ」
「こういう好きです」
「……ごめんなさい」
ガインの王子に触られた時みたいな気持ち悪さはまったくない。
だけど。
シャルくんは好きだけど、こういう好きじゃない。
「苦しいよ」
断ったのに強く抱き締めるんですか?
「今だけ。触れるのは最後にするから」
泣きそうな声出さないでよ。私が苛めてるみたいじゃないか。
なんか、また頭の中がぐしゃぐしゃだなぁ。
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