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46.揺れる心
しおりを挟むベンチの先客を見つけた私は回れ右をした。
「どちらへ?」
気配のプロが気づかないわけがないけれど、本能的に逃げたくなるんですよ。
「今晩は」
私は結局、強い視線に諦めルークさんに近づいた。
「今日の夜はシャル君ではないんですか?」
「急用で交代だ」
なんか、ついてなぃなぁ。
私は、逃げる手段が思い浮かばす、立っているのも疲れてくるのでベンチの端に座ることにした。
「なぜ避ける?」
なぜって。
「昨日の気まずさもあり、今日のルークさんが変だったのもあり。何となく」
腕を引っ張られた。
「ちょ、カップが」
何日か前のパターンだよ!
私のカップを彼に取り上げられた。文句を言おうとすれば、片方の腕が腰に巻き付きルークさんの足の間に座らされてカップが再び戻ってきた。
密着度半端ない。落ち着かないよ。
あれ?
彼に触れた手が冷たい。
「飲みます?」
まだ温かいし、少ししか飲んでいない。あっ人が口つけたのなんて嫌だよね。でも、かなり冷えてそうだし。
「こっちからなら口をつけてないので大丈夫ですよ」
向きを変えてカップを渡そうと腰をひねる。
「あっ」
カップを受け取ったルークさんは、向けた方を戻し、私が飲んでた方に口をつけ一気に飲み干した。
……自分から渡しておいて何だけど、かなり恥ずかしい!
ルークさんは、カップをベンチに置き、手が空いたせいか緩く抱きしめられる。頭を下げているのか私の耳の辺に髪の毛が当たる。
「カエデは触れられるのが苦手だと思っていたが、違うのだな」
何が言いたいんだろう。
回答に失敗したら嫌な予感しかないんだけど。
「え~と、急に触られるのは駄目なんですが、自分から触るのは平気です」
「何故と聞いても?」
微かに見える町の明かりを眺めなが長いですよ。と念をおし、つらつら話す。
「自分でもわからないんですけど、家にはお父さんがいません。私がお腹にいるとき離婚したらしいです。なので母は働いていて祖父母に育てられました」
懐かしくなってきたぞ。
「高校は、女子校で今も短大は女の子だけ。あっ、両方学ぶ場所です。男女共学もありますが、私が学んでいる学校は、女の子だけなので男性に免疫があまりないんです」
「それだけか?」
時々鋭いから嫌なんだよー。
「…学校や仕事の通学、通勤で、まあ大抵の人が乗り物に乗って学校や仕事先へ行きます。バスや電車というのがあって、沢山人が乗れます」
「その乗り物面白いな」
「仕組みを聞かれても説明難しいし、長くなるから省略します。で、高校生、17歳くらいかな、チカンもどきにあったんです」
意味がわからないか。
「知らない男の人に触られたんです」
後ろの気配が怖くなってきた。
「あ~、でもがっつりじゃなくて触れるか触れないかくらい。隣に何日間か一緒になって。席を立つ時にされて、その人の顔見ようとしたんだけど、口元しか見えなくて」
今でも忘れられない。
「見た時笑っていたんです。ニヤリって感じで。朝、座席に座ると今日もその人来るかなとビクビクしてました。2回くらいかな。あとは」
「まだあるのか?」
「何もされないけど、何週間か同じ車両、えっと私と同じ近くに来るんです。場所変えたりしたんですけど。何か嫌で時間を変えました」
前を向きながら、思い出す。
「被害というほどあってないし、いるんですよ?取り締まる人とか。でも言うほどじゃないし。私じゃなくて可愛い子なんて沢山いるのに何でって思ったり。駄目ですよね私」
誰にも言えなかった。
だけど。
「……気持ち悪かった。大げさなんだろうけど。この時のが原因かは正直わかりません。でも、まったくないとは言えないかなぁ」
「今は?」
この状況の事だよね?
「…嫌じゃないです。ただ距離が馴れないです」
「ヒューイには大丈夫なのか?」
「あれは、耳につられつい。飼っている猫、動物を思い出したんです。小さい頃から動物と一緒だったので、今モフリが足りてない!」
いけない、興奮しちゃったよ!
「えっと、そんな感じです」
反応がないし肩が重い。首をぐるんと回すとすぐ横にうつ向いているルークさんの頭があった。髪で表情が見えない。
「悪かった」
謝られちゃったよ。
「何がですか?」
「色々強引過ぎた」
小さい声が。
「嫉妬した」
「……一度確認しようと思っていたんですけど、目、大丈夫ですか? 自分で言うのも悲しくなりますが見た目も中身も、いいとは言えないですよ私」
相手の長所、羨ましい所は沢山あって、自分のは短所ばかりしか思い浮かばない。
「目も頭も正常だ」
肩が軽くなる。上を見上げると綺麗な青の瞳。
「カエデがいい」
…うぅ。
今、私死にそうです。
でも話さないと。
「頭撫でられ、触られ、嫌じゃなかったですよ。あっファーストキスはちょっと意義ありですけど」
ルークさんの腕をほどいて立って振り返える。
紺色の髪、私の好きな青い瞳、無駄のない綺麗な身体に制服をキッチリ着て剣を携えている。
もの凄くカッコいい。
それだけじゃなくて、強くて優しい。
多分この人の事を私は好きだ。
でも、でも。
「この世界にいる限りお母さんやルーク、友達に会えない」
ルークさんは、不思議と微笑んでいた。
「そうだな。だが、俺は諦めない」
ルークさんが座ったまま、私の手を引くから、よろめきながら近くに戻ってしまった。
私は、仕方なくそのままルークさんを至近距離で見下ろした。ルークさんは私の手を離し、自分の両手を見つめてポツリと言った。
「俺は汚れている。戦とはいえ人を切りすぎた」
目が合う。
「頭ではわかっている。俺はカエデに相応しくない。頭ではわかっているんだが」
絡まる視線が更に優しくなった。
「これからは、できる限り話そう。この間の襲撃も除け者にするつもりで言わなかったわけじゃない。カエデの育った平和な環境とは違うだろうから、無駄に怖がらせたくなかった」
──なんか途中サラリとすごい言葉が。
でも、これだけは言いたい。
「汚くないですよ。好きで傷つける人はあまりいないです」
ルークさんの手に触れる。
硬い手。
「一生懸命生きている手ですよね。私の中身の方がドロドロです。好きですよ、この手」
大きくて安心する。チカンもどきと大違いだ。
「…そうか」
くしゃっと笑ったルークさんは、とても子供っぽかった。
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