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19.馳せ参じましたが
しおりを挟む「来いよ」
腹黒の纏う空気が変化した。このなんとも言えない背中が粟立つ感覚。
元の世界では経験する事はないであろう狩られるような恐怖と不思議な高揚感。
あぁ、もっと私に自覚させて。
帰れないんだと。
諦めろと。
これが現実なんだと。
嗅ぎなれた甘いお菓子を作る場にいる時、この世界の服に袖を通した自分が鏡に映る度、いまだこれは夢ではないかと思う。
「ホントに巧妙よね。仕事をさせ顔を皆に周知させられて安易に逃げられなくなった。計画的でしょ?」
それだけではない。ぶっ倒れない程度の量の紙を渡されている事務仕事の書類には別の種類のものが毎回混じっている。
「この環境から出ては生きていけないような他国の情勢が記載されている時もあれば、お偉い様方の家名や属している派閥の名前、プライベート内容のおまけ付きときている」
暗記できるくらいそれはもう粘着テープ並みのしつこさだ。
「余裕だな。下噛むぞ」
「くっ!」
アルビオンの剣をまともに受けたのはこれが初めてだ。
大振りなのもあるかもしれないけれど、重い。しかも口元が笑っているし。
多少はやる気になったみたいだけど本気じゃないって事だろう。
「分かっただろ? 恥をかく前にもう止めておけ」
二回目の攻撃は、真上からきた。体格は勿論、鍛え方が違うし歴史を学ぶ時に知ったけれど、彼はかなりの場数を踏んでいる。
「それはどうかな」
剣だけなら勝ち目はない。暫くやり合うが埒が明かないというか厳しくなってきた。
「手伝ってくれるかな?」
頃合いかなと指にはめた石に触れ、話しかけてみる。正直、半信半疑だったんだけど。
「わぉ。カッコイイ~」
私の前に特大の生き物が現れた。
フッサフサの灰色の長毛種のようだ。何に似ているんだろう。ゆらりと揺らす長尻尾といい猫みたいだ。顔は…鹿?
バスくらいのサイズの子に試しに話しかけてみた。
「ベル、突風」
「にゃ」
「え?」
今、にゃって言った?
ドォーン
尋ねようとしたけど、爆音で言葉が出なかった。
「風って、地面抉れちゃうの?」
「にゃ」
「いや、君は悪くないよ。ちょっと予想以上で。ありがとうね」
ちょっとばかしアルビオンとの距離が取れれば、隙が作れたらと思ったんだけど。まさかアルビオンが吹っ飛び、地面に敷かれた石畳も割れている。
「にゃーん?」
間違えちゃった? みたいな視線をベルちゃんからもらったので身体を撫でてお礼を伝えればゴロゴロと大きな音。
まさしく猫だ。
可愛い。
「おい、ソレは」
石畳の割れた粉が舞い上がる中、膝をついたアルビオンから言葉が発せられた。
とりあえず生きてた! 人殺しにはならなかったと安堵するも。
「王家所有の獣を何故…王妃か?」
汚れてもなお格好良さは変わらない彼はユラリと立ち上がり瓦礫をはたきながら。
「クックッ…面白い」
──怖いよ。
やっぱ変だよこの人!
「皆さんー! 今、領主様が膝をついたし私とこの子の勝ちですよねー!」
なんとなく生命の危機を感じ、皆を巻き込み終わらせようとするも。
「いや、これからだろう。なぁ我が妻よ」
なんか、変なスイッチ押した?
無意識に一歩下がれば背中に何かが当たった。
「公爵、ハルコはあなたの妻にはなりません」
肩を抱かれた。その手はダリアさんだ。
「私がもらいます」
……ふぁ?!
ダリアさんと目が合えばニッコリと笑いかけられた。カッコイイ。いや、違う。
なんだ、この展開は。
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