トリップした私対腹黒王子

波間柏

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16.怒りからの驚き

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「良い匂い」
「はい」

 私とマーガレットさんの前には少し前に型から抜かれたフィナンシェがズラリと並べられている。

「頃合いですかね」
「そうね。急がないと間に合わないわ。ミー!そこは一度お終いにしましょう。こちらを手伝ってもらえる?」
「はい!」

 軽やかな足音で近づいて来たのは、二つおさげの長い髪を布で巻いたマーガレットさんのお孫さんのミレーちゃん。

「あ~!ヨダレが止まらない。さっきからお腹が鳴りっぱなしです!」

 鼻をクンクンさせながら、正確には私が提案した布マスク越しに匂いをかいで嬉しそうにしている彼女を見て、自分もちょっと満足している。

「形も食べやすいし何かしら弾力があとをひくわ」
「好みもあるから町の人達はどう思うかわからないです」
「いえ、美味しいのは試作を食べ続けた私が保証します!」

 マーガレットさんにも珍しく褒められたけれど受け入れられるかは正直不安である。その弱気な気持ちが増していくなか味見担当だったミレーちゃんは胸を自信いっぱいに叩いた。

 うんうん。胸焼けしそうな食べっぷりは尊敬しているよ。私は、正直皮膚にまで入りこんだ甘い匂いでここニ週間ほど流石に食欲が減退しているけど。

 そんな私だけど、二人にはとても感謝している。働かせてもらえて元の世界での焼き菓子を再現できたからだ。

「アーモンドパウダー、こちらではクルの実の配分とバターのバランスがなかなか納得いかなかったのがなんとか良い感じになりほっとしました」

 いや、香りや質も文句なし。ただお互いの主張が強すぎた。試行錯誤とは、正にその通りである。

「では、私とハルが詰めていくからミーは箱に入れていってもらえるかしら。必ず列の数はそろえるようにね」
「はい!マーガレット様!」

 仕事場でお祖母ちゃんと呼ばれると老けると言いミレーちゃんには名前で呼ばせているらしい。私が師匠と呼ぶ彼女は、実際とてもよく働く。

「よし、あと一息!」

 加工された薄紙の袋にテンポよく詰めていく師匠の姿に私も気合をいれる。

 今日は、年に一度の女神に感謝するお祭りらしい。

そして大忙しの日だ。



* * *



「ふぅ。間に合ってよかった」

 綺麗に包装され箱に収まった菓子に大満足である。ニヤついている私に師匠は不吉な言葉を発した。

「まぁ!こんな時間になってしまったわ。ハルが間に合わないわ!」
「ん? 何がですか?」

 お菓子の準備はばっちりである。屋台形式で売るので小銭も用意されている。首を傾けた私に、呆れた顔の師匠と何故か方向転換し走り再び戻ってきたミレーちゃん。何かを握りしめている。

「これっ!」

 それは、手をかざし壁に向けると文章が映し出される新聞、いやメールに近い機能を持つ石である。

「お知らせ石ね。私、読むの苦手だから普段見ないんだよね」

 最近は特に試作でお店に泊まっていたし。実際に本当に緊急を要する件なら、おじいちゃん先生が鳥を飛ばして来たり、いつもこっそりいる護衛の人が教えてくれるはずだ。

「えーっと何だって…遂に実った愛?…寒気が走るんだけど」

 そこには、私の名前といまやこの土地の領主の腹黒アルビオンの名前のその後に続く吐きそうな文字の羅列が。

「耐えてください! 重要なのは次ですから!」

 隅にあるゴミ箱にお知らせ石を投げようとしたが、ミレーちゃんの腕がガッシリと抑え込んでくる。その力と強い視線に仕方なく再び文字を追うと。

「祭の日に広場で二人の婚姻が行われる?」

 一際大きく念押しのように名前が記されていた。

「…聞いてないんだけど」

 約半年前、アルビオンには現在働かせてもらっている洋菓子店を紹介してもらい、寝る場所と食事代の代わりに領地の事務も少だけど手伝ってきた。婚約もぶっちゃけ同じ屋敷で暮らすし都合がよいではないかとなんだかんだで、婚約者のまま放置していた。

「ハルコ。扉付近に二人。更に離れた場所に三人いるようだわ」

 マーガレットさんの言葉に私は衛生面で髪が菓子に入らないようにと頭に巻いていた布、次に特注エプロンを外した。

「えっ、ハル様?!」

 右手に刀を出現させた私にミレーちゃんは動揺している。只者ではないマーガレットさんは、平常運転でお菓子の包装と数をチェックし箱の蓋を閉めている。

「ねぇ、出てきたら? 内容によっては穏便に済ますわよ」

 見えない方々に優しく声掛けをする心の広い私。

「そんな物騒なモノ出して説得力ないですってばぁ!」
「ミレーちゃん、何か言った?」
「ナンニモイッテマセン!!」

 マーガレットさんは消えていた。どうやら本格的にお菓子を避難させたらしい。

「あの腹黒に仕えているのやめて私にしない?」

 じゃないと、ボッコボコにしちゃうかも。

 私の苛立ちに影が動き、一人の姿が表れた。

「えっ?」

 あやうく刀を落としそうになり、しっかり掴み直すも、再び構える事はできない。

だって。

「ハルコ様、お久しぶりです」
「ダリアさん…?」

 影から現れたのは、かつてお城に滞在していた時に護衛をしてくれたダリアさん、いまやこの国の王妃となった人が微笑んでいた。


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