トリップした私対腹黒王子

波間柏

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9.帰る日

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「ハルコ様。そちらの入室は限られた方のみになります」
「わかってる。外から見るだけだよ」

 後ろにいる護衛のダリアさんから心配そうな声かけをもらう。確に前回を振り返れば不安になるよね。

「曇り硝子だから無理かな」

 昼下がりの午後。私は、王族のみが入室可能な温室の前に立っている。

 帰る前日、気になってやっぱり来ちゃった。

「うぇ!」
「何だその声は。先程から揺れる黒い物が視界に入り気が散る」
「変な生き物みたいな言い方しないでよ!」

 中を覗けないかなと硝子に顔を近づけていたら、すぐ真横の扉が突然開き、不機嫌という字を顔に貼り付けた王子が現れた。王族の中でも今、遭遇したくない人物アルビオンだ。

「なんか手がびしょ濡れですね。あと格好も」

 手を洗ったまま来たのか雫がいくつも指先から落ちているし、隙のない軍服の服装ではなく白いシャツ姿である。

「作業中だったんだよ。まだ片付いていないが入るか?」
「えっ、王族限定なんでしょう?」 
「女神に選ばれた者は、王族より下手すれば上だ。まぁ浄化期間中のみだがな。役目が終えた後は王族までいかないがある程度の優遇はされるが位では下になるな。今までの者達は家族の元へ帰り静かに暮らしているようだが」

 うーん。なんか企んだりする人はいないのかな?勿論、あっさり帰る人もいるだろうけど権力って普通は魅力的だよね。私は全く興味ないけど。

「じゃぁ…お邪魔します」

 とりあえず、せっかくだし半開きの扉を足で広げたアルビオンの前を通過しようとしてダリアさんも温室に入室できるようにお願いしようとしたんだけど。

「殿下」
「お前は扉で待機だ」
「ですが」
「周囲に結界は張る。それにダリアも見たとおり俺には縛りがあるからコイツに手を挙げる事は不可能だ」
「しかしながら警護対象の方から離れるわけにはいきません」
「ダリアさん、ちらっと見るだけだから大丈夫だよ」

 かなり悩む様子をみせた彼女だったけど、最終的になんとか折れた。

「何かあったら必ず大声でお呼びください」
「お前、兄上の学友だけあっていい性格をしているよな」

 確かに。この状況は、アルビオンが危険人物なんだと言っているようなものだ。ちらりと真っ黒王子を観察すれば、驚いた事に暗い気配はなく、普通に嫌そうな目でダリアさんを見ている。

 腕を折ってやるといい笑顔で言い切る王子と同一人物なのだろうか?

「来たいなら早く入れ」
「何かあったらダリアさんの名前を呼ぶね」

 相変わらず愛想のない顔のままだけど、いまだ開かれた扉から待っていてくれているようなので中に入った。

「なんか…綺麗になってるんですけど」

 私が力を暴走させた結果、花は粉々になったはず。なのにそこには焦げ臭い匂いは存在せず花の香りがふんわりと漂っていた。

「元通りとはいかないが、まぁマシだろ」
「王子が?」
「一部復元はしたがほぼ庭師が植え直した」

 そんな方法があるんだ。どちらにしろ庭師さんに迷惑かけたな。この……真っ黒王子にも。

「あと、その呼び方は不自然だからやめろ。仮にも婚約者にないだろ」

 でも、周囲には極秘とはいえ明日で帰るし。まあ婚約者という立場からすれば、おかしいか。

「アル」

ガシャン

「思いっきり割れた音したけど」

 真っ黒王子に近づき手元を覗き込むと、どうやらポットの蓋を落としたみたい。

「よかった。割れてないみたい」

 何もかもが高級そうだから気になっちゃうんだよね。

「お前は、いや、ハルはそこに座ってろ」
「心配したのに。なによ」

 シッシッと小さな水場から追いやられ、ちょっとムカつきながら小さめのソファーに座れば温室内がよく見渡せる。

「あの木、大丈夫だったんだ」

 金木犀に似た小さなオレンジ色の花を咲かせていた木は、葉や花はかなり失われてしまっているようだけど元気そうでちょっと嬉しくなった。

「あの甘ったるい匂いを放つ花か?」

 好みが分かれるけど、そんな悪臭みたいに言わないで欲しい。

「確かに強い香りだけど好きなんです。あ、ここまできてる」

 オレンジの花が足元に落ちていたのでそっと摘み手のひらに乗せる。

「私がここに来た日、展示日だったの。一人で図案を考えて最初から最後までこなす卒業前の集大成ってやつ」

 製菓の専門学校に通ってる私は、あの日、寝不足と間に合った達成感でとても気分が良かった。あとはお披露目するのを待つばかり。来場者や学校の内外の先生からの投票と評価で順位も上位だけ発表される。

「欲張って飴細工でこの温室に咲いていたような女王様みたいな華やかな薔薇とかはたまた砂糖で作ったこんな感じの小花とかを白をベースにしたケーキに飾ったんだ。ありがと」

 ティーカップが静かに目の前に出され、そのまま受け取った。腹黒王子自ら淹れた赤色のお茶に不安を感じつつもそっと口を近づければ茶葉の良い香りと共に湯気をあびる。

「渋い」
「悪かったな。あまり上手くないんでね」
「違うよ。私の作った激甘ケーキに合いそうだなって思っただけ」

 喧嘩腰の王子に思わず笑ってしまえば、更に不機嫌な様子。

「この場所、とても大事そうだったから最後まで気になっていたの。入れてくれてありがとう。あとお茶も美味しかった」

 お世辞ではなく普通に美味しかった。この人は、案外何でも出来るのかも。私とは違って。

「お邪魔しました」

 立ち上がるのが面倒になるくらい居心地がいいので振り切るように足に力をいれてソファーから離れた。そんな私より何故か先に前に出た彼は、再び戻ると手に持っていた物を差し出してきた。

「やるよ」

 枝の先にはオレンジの小花。もう明日にはいなくなるのに。

きっと持って帰れない。

「ありがと」

 この世界でこの花の名前はなんと呼ぶの?

 ねぇ、なんで今になって優しいの?

「ハルコ様?」
「なんでもない。待たせてごめん。行こっか」

 外では扉のすぐ近くで待機してくれていたダリアさんが気遣うように私の名前を呼んだ。

 私は、理由もないのに涙が出そうになり急いで顔をダリアさんに見られないように向きを変えた。



***


「では、楽にして下さい」
「はい」

 早朝、私は魔術塔という場所に力を調べるという名目で訪れていた。まあ実際は帰るため。

「何で真っ黒王子がいるの?」
「殿下の魔力量は陛下より少ないですが力のコントロールは抜群なんですよ。ですので何か起こった時に対処して頂く予定です」

 帰る為にお世話になる魔術師、ベルトさんが説明してくれたけど、それなら最初から彼が参加するとか言ってくれてもよくない? 真っ黒王子、アルビオンは、一言も言葉を発しない。その近寄りがたさに私は何も言えなかった。


「では、いきますよ」

 ベルトさんの言葉に急いで目を閉じ自分の本来の居場所をイメージする。学校、駅までの道、仕上げた作品、親や友達。

「そのまま維持してください」

 身体が浮いた気がして目を開こうしたのに間髪入れずに指示をもらい慌てて目を閉じた。

「危ない!」

 鋭い声に完全に目を開ければ、私の体は宙に投げ出された瞬間だった。

不自然な体勢。

 ああ、あの腹黒王子は嘘を言っていなかった。

怖い。
痛みはあるのかな?

スローモーションになっているのが変な感じ。

これから終わりだっていうのに。

「馬鹿な奴だな」

えっ?

 聞き覚えのある声と同時に右腕が痛いくらいに強く引かれ、意識が途切れた。

 最後に見たのは、やたら綺麗な蒼い目。




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