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8.僕の迷い
しおりを挟む「陛下」
「いいよ。今は誰もいないし。それに時間外だ」
「シーベルト兄上。お忙しいのにすみません」
「どうって事ないよ。用件はアル、いや女神が選んだ女性についてかな?」
即位したばかりで忙殺されていると知りつつ聞きたかった。無理を言い夜中に近い時間に少しの時間をもらった。
「何故、止めないのですか?」
わざわざ大陸の人間ではなく別の世界から選ばれたハルコは特別だ。上位神官と王族のみ閲覧可能な書物には、異世界人は戻れば死が待っていると記されていた。
「グライドは、気になるの?」
「僕には、自ら死を受け入れるという選択は考えられないです」
浄化し、我が家に戻れる民とは違う。それはいわば女神が特別に惹かれた者なはず。
「そうだね。神殿からは、時期も予定より早かったようだし気に入られているのは確かだろうね」
夜着の姿で椅子に座り寛ぐ兄上は、昼間より更に穏やかな空気だ。いや、昔からシーベルト兄上はそうだった。
「でも、考えや想いは人により違うからね。血が繋がっていたとしても真逆の場合もある」
深い緑の瞳は、亡きエリア妃と同じ。
「私は、昔よりは丈夫になったよ。それはアルビオンとグライドのお陰だ」
「そんなことないです」
違う。シーベルト兄上は、諦めず積み上げてきたんだ。
「二人が普通に私をただの兄として接してくれたから、狂わず死を選ばす生き長らえた。周囲は腐りきっていたが、母親が違う私達の関係がこんなにも平和なのは二人のお陰だよ」
カタリと椅子の動く音と間を置かず頭に乗せられた温かい手。
「アルビオンには、戦だけではなくそれ以前にも手を汚させた。グライドには、私の力が及ばずガーランド妃を助けられずにすまなかった」
僕達の母上は、それぞれくだらない戦と派閥争いに巻き込まれあっけなく命を落とした。
「やっと父上を退位させた」
僕達は絶対に内戦をしない。外との戦も極力避ける。
「暫くは軍事予算の変化はない。だがいずれは変えていく」
これからは、自国の農業や特産品、自給率を重視していく。奪うから変わる。
「そんな未来に、彼女も加わって欲しいとは思うよ。斬新な案をだしてくれそうだし。なによりアルビオンにとってが一番かな」
ならば。
「ならば何故、命令しないのですか?」
アルビオン兄上に力で止めろと。
「うーん。彼女は異世界の方だしね。意見は尊重したいかな。それが、たとえ内容に問題があろうとも。それに、帰還の義にはアルが参加するでしょ? 希はある気がするんだよね」
「兄上、呑気にもほどがありますよ!」
僕の強い文句にも笑っているシーベルト兄上に流石に苛立ちが芽生えてきた。
「おやおや、グライドも彼女が好きなんだね」
「なっ!ただ僕は心配で!」
「でも成人まであと少しあるからなぁ。アルに彼女との婚約提案したの今になって後悔しているかな?」
この兄は、何を言っているんだ?!
「だからっ! 違いますって!」
「でも、隣国の王女達に無関心のグライドなのに関係をもとうという前向きさは、そういうものじゃないのかなぁ」
ああっ!
「関係とか厭らしい方に解釈されかねない発言はやめて下さい!」
「わかったよ。はぁ、そんな大声ださなくて聞こえるよ」
グライドは、とても深刻な事なのに話をしているうちに、シーベルト兄のペースにまんまと乗せられ結局解決しないまま兄との会話は終わってしまった。
そして、そのまま良い案も出せずハルコは帰還の日を迎えた。
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