トリップした私対腹黒王子

波間柏

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7.春子、華になる

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「これは詐欺?」

 鏡の中で口をぽかんと開けているのは、どうやら私のようだ。鏡の前でしばし固まってから身体を少しひねらせてみる。

「華美な服装はあまりお好きではないようでしたので今まで控えめにさせて頂いておりましたが、勝手ながら本日は今までの思いもこもっております」

 私のお世話をしてくれているクレールさん、他二人が満足そうに頷いているのが鏡の右端に見えた。

「凄い技ですね」

 回る動きを止めると、後からふんわりと淡い黄色のドレスの裾が足元に戻った。着せられた時には私に絶対に合わないと思っていただけに、かなりびっくりしている。

「素材が良いのです。そう思いませんこと?」
「ええ。素敵だわ」

 クレールさんが砕けた口調で護衛をしてくれているダリアさんに話しかけてる。彼女達は、同い年で小さい時からの付き合いらしい。

「あの殿下には勿体ない」

 そうだ。勿体ないかは別として私は、あの真っ黒王子の婚約者に認定されてしまっている。ダリアさんの言葉でげんなりした気持ちがぶり返す。

「昨日は、お忙しいのにダンスを見にいらしていたでしょう?」
「純粋に心配されているならよいけど。いえ、失礼致しました」

 興味津々のクレールさんと鋭いダリアさん。いや、あんな場面みれば、強制的な婚約と分かりきっているよね。向こうになんのメリットがあるのかいまだ不明。第一、あの顔である。まあ選びたい放題でしょうに。

「アルビオン殿下がいらっしゃいました」

 タイミング悪すぎじゃないの?というくらいな出迎えに私は、深いため息をついた。




* * *


「ぼやけた顔がハッキリするな。悪くない」
「…そりゃあどうも」

 王子さんよ。別に何も期待してないけどさ。でも、言い方ってもんがあるんじゃないのかな。

「やはり俺の見立ては正解だな。青ではなく明るい色彩のがいい」

……ん?

それって。

「いきなり止まるな」
「もしかして、腹黒王子が選んだ?」
「そうだ。あ?誰が何だと?」

 急停止されたので、手を預けている相手を見上げたら変わらない不機嫌な顔がいる。

「お前は不敬になる事を平気で発言するな」
「お前じゃないし」

 なんか嫌なんだよ。お前呼ばわりって凄く不愉快。私も隣の男と同じように眉間にシワがよる。

「やっぱ、不参加」

 しますと言おうと再び顔を上げると。

「ハル、今宵は俺の側から離れるな」

 腕にかけていた手を取られ、それはやたら形のいい唇に到着した。

「これでいいか?」
「……」

 覗き込んできた、その顔は真面目風だけど口元は変わらずのニヤリと感じ悪いのは変わらないのに。

 今夜の真っ黒王子は、中身だけでなく外も黒仕様の軍服に銀の刺繍がされた服だ。

 前髪を後ろに流してあるから綺麗な目が、左右対称にみえている顔がよけいに目立つ。

「数日前と随分差がありません?」

 特に人に聞かれたって私は痛くも痒くもないけど、私にしてはオブラートに包んだ言葉を発した。

「特にないが。変わらず顔を見ると波が立つ」

 私の顔が不愉快なわけね。ふん、お互い様じゃないの。

「そーですか」
「だが、むき出しの感情は悪くない」

よくわかんないな。

「ま、褒められてないのは分かった。なら余計に早く終わらせて撤収しましょ」

 もう、いい。さっさと顔出して部屋に帰る。

「おい、手をかせ」

 無言で先に歩き出した私に慌てたように伸ばしてくる手から逃げる春子だった。



* * *


 キツイ香水に誰かお酒よりマスク下さいと言いたくなるが無理なのでなるたけ息を浅くする。

 でも、息苦しいのはそれだけじゃない。

「おい」

 目立たない程度に目だけを動かせば、金張りの葉を模したレリーフの柱、湾曲した天井には落ちてきたら即死間違いなしの馬鹿でかいシャンデリア。端にあるいくつものテーブルには、ところ狭しと料理が並び銀色の食器が光っている。

「おい、なんだ食べる前から気分でも悪いのか?」
「ただ落ち着かないだけです」

 予備知識なくこんな場違いな場所に放り込まれ馴染める人がいたら拍手喝采ものだよ。

「ほら、次に踊るぞ」
「ちょっ」

 お兄さん、即位し目出度く陛下となった人に挨拶をしたのも束の間、腰に腕をまわされ強く引かれた。いや、ひきづられている。

 いきなり影ができ、私とは違う匂いをかぎとれば目の前に蒼がある。

「なぁ、アレでいこう」

あれって?
首を傾げた瞬間。

「陣取るぞ」
「つ!」

 聞き返す間もなく、ホールドされグンッと大きく足を踏み出された。

 私と腹黒王子は、飛ぶように一番に中央へ躍り出る形になってしまった。

目立ってる!
これ、すっごい不味いじゃない!

そんな私の荒ぶる心をよそに、足は跳ぶようなステップを踏む。

 速い曲調の音に足を身体をのせれば周囲に風がおこる。腕を思いっきり伸ばされ、私は身体を限界まで強制的に反らされた瞬間、まるで黄色の花が視界の隅に開いた。

それは私のドレスだ。

 悪くないリードだけど思い通りにいかないわよ?王子を睨みつけながら自分の劇的な変化に驚いた。

何でだろう?

 つい先程までの息苦しさが嘘のようだ。不思議と気分がいい。

「大人しく任せればいいものを」
「あら?力不足なんじゃないの?」

 鼻が触れ合う距離の瞬間、睨みつけるも何故か腹黒王子は笑って言い放つ。

「戻してやるから思い切り行け」

 飛ばされ回転し直ぐに引き寄せられたら落とされる。私の頭が床スレスレでみせつけるように一時停止からのスローで起き上がる。

 不思議と手を放されるという恐怖がない。こいつなら落とさないと思っている自分に戸惑う。

 あの、庭で抱えられた時とこんなにも気持ちが違うなんて、変だよ。
 
「考え事なんて余裕だな」
「主導権、握れてないのが悪いんじゃないかな?」

 小声でやり合う口元は、自然に口角が上がっている。

 きっと、私は今だけは黄色の華やかな花になっているから。




* * *




「ほら」
「ありがとうございます」

 真っ黒王子から細いグラスを渡され一口含めば果実水だ。喉が乾いていたので一気に飲む。

「私が言うのもなんだけど陛下の弟がバルコニーでのんびりして大丈夫なんですか?」
「今夜の警備に抜かりはない。それよりその話し方は何なんだ? 気持ちが悪い」

 だってね、片方の肘を手すりにつきながら赤い液体を流し込む姿はザ・王子なのよ。確かに気にくわないからって雑に話していたかもと、ほんの米粒くらいは反省した。

「ダンス、やはり経験者だな。それもかなりの」

 彼はこっちを見ないでバルコニーから見える庭園を眺めているから、なんか話しやすいのもあり気が緩む。

「社交ダンス、空手、剣道、生け花。他にも色々習ったけど、どれも中途半端だった。さっきの動き、昨日ダンスの練習の時のステップ完璧に覚えていたなんて驚きなんだけど」

 おじいちゃん先生から得た情報後、慌てて礼儀作法とダンスの先生に付け焼き刃でもいいからと教えてもらった。そのダンスの時に入り口にちらりと金髪が見えたのは気づいていたけど、ムカついていた私は無視をしたのだ。

「初めて組んだなんて信じられないくらいだった」

 途中、あまりの強引さのリードに苛ついたけど、すぐにコントロールしてきた。

「楽しかった。ありがと」

あれ?

「もしもーし?」

 隣を見れば、蒼に今は金色が混じる瞳を見開き固まっていた。手を顔の前で振ってみる。

「ハル、悪そうな奴から食い物などは貰ってないよな?」
「ないわよ! 失礼ね!」

 あー、ちょっと頑張ってお礼言ったのに。返せ私の思いを!優しさを!

「あと、何人か挨拶してからなら帰っていい?」

 もう帰る。陛下に会ったし、祝福の言葉は述べた。充分だよね。

「俺も、楽しめた」
「え?」

 横を向けば、微かに笑った腹黒じゃない王子がいた。

「なあ、準備があるから今聞く」
「何を?」

 その笑みも瞬時に消えていつもよりも無表情になっている。

「結末は変えられない。それでも帰るか?」

 からかうわけでもない、嘲るのでもない。私を真っ直ぐに見てくる目。

「……帰るよ」

──たとえ終わりがくるとしても。

ここは、私の場所じゃない。





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