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6.春子とおじいちゃん先生
しおりを挟むザーザー
「きれいになぁれ」
ポタンッー
カッコイイ呪文も杖などのアイテムすら必要ない。
「夏の青空。冬の夜の星空にキンッとした空気。どこからか花の香りがする春」
自分の綺麗をイメージしながら水を掬い指先から再び落とせば足元の水たまりはポゥと光をおびる。
「地下という場を忘れるほどの清浄な空気だのう」
「おじいちゃん先生」
いつからいたのか少し離れた場所におじいちゃんがいた。本当は、神殿の神官長さんだけど、なんとなく私は先生と呼んでおり、特に注意もされないからいいやと今に至る。
「随分浄化速度が早いの。そんなに根を詰めとると疲れるじゃろ? 前にも言ったがゆっくりでいいんじゃよ」
話し方や見た目は、ニコニコして正におじいちゃんなんだけど足の動きが只者じゃない。苔が至るところに生えている岩の上をスイスイ飛ぶように移動し、あっという間に私の隣にきている。
「どうしたんじゃ? 元気がないのぉ。城で苛められたか?」
イジメと聞いて首を傾げる。
「理想のお兄さん、癒やし顔の弟、黒い難ありな真ん中。そんな殿下達に会いました」
「フォッホッ」
何かツボなのか、おじいちゃん先生は背中を丸めながら爆笑しだした。
「いや、すまん。我が弟子は面白い。ほら、ハルコの好物じゃろ?」
いつ弟子になったんだっけ? そんな疑問をよそにおじいちゃん先生は、どこから取り出したのか小さな包を出現させた。
「ありがとうございます」
勿論、断る選択肢などない。いくつか受け取って、その内の一つの薄紙を開いた。
「可愛い」
オレンジ色の小花を模ったそれをそっと口に含めば、優しい甘さが広がり微かな香りを感じ、数日前の景色をふと思い出す。
「温室のお花、燃やしちゃった」
華やかな大輪の薔薇に小さなカスミ草、ビタミンカラーの金木犀。
「何で私は喚ばれたのかな?」
聞き方が違うかな。
「何故、私だったの?」
どうして、そのタイミングに?
「聞いたのだな」
「……」
「話したのは真ん中だな」
「あの人、感じ悪い」
整いすぎな顔に猫みたいな金の瞳。
綺麗なのにとてつもなく暗い。
「じゃが、あの殿下は綺麗だろう?」
「うん」
「あの若さで、数え切れない程の命をその手で消したはずじゃ。だが」
指から落ちた最後の雫はポゥと一際煌めいた。
「だけど、誰よりも美しい光を纏まとっている」
おじいちゃん先生の言葉の続きを引き継いだ。
「輝きは、嘘はつけない」
私は、この世界に来てから生き物の身体を薄く覆う色が見える。それは代々の神官長さんと浄化する者だけの秘密。
「我が弟子よ。明日は、その理想のお兄さんの戴冠式じゃが。お前さん、ダンスはできるのかぇ?」
タイカンシキ?
「弟子よ。おそらく祝の場で婚約者と踊らねばなないだろう。美しく着飾った弟子の姿、楽しみにしておるぞ」
──いや? いやいや!
「無理に決まってるでしょ! 何も聞いてないんですけど!」
皆、ホントに酷くないかな?!
「ちょ、また後で!」
「足元に気をつけてなぁ」
侍女さんに確認すべく、地上に出る道を小走りで駆け上がった。
だから、おじいちゃん先生が悲しそうな顔をしていたなんて知らなかった。
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