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3.やられる前に殺るはずが
しおりを挟む「この国の王子様って乱暴なんですね~」
温室らしき場所に入った王子は、そこに置かれていたソファーに私を放り投げた。
「相手に合わせた対応だが」
「ほこりなんて見えませんけど」
さもバイ菌がついたみたいに服をはたく仕草がムカつく。可愛い侍女さん達が毎朝仕上げてくれているんだぞ。
綺麗で良い香りしかついてないわ!
ひと睨みされ腕を組みこちらを見下ろしてくる、その姿をみて春子は今更ながら少しばかり疑問に思った。
こんなにもコイツに苛立つのは何故なのか?
ちなみに、まともに会ったのはつい先程である。
「おい、先に発言を許す。言いたい事があるなら言え」
この目だな。見た目は濃い金髪で整いすぎなくらいな容姿。ザ、王子なのである。
ただ、目つきが暗すぎる。
「綺麗な青色なのにもったいない」
「何がだ」
「こっちの話。では遠慮なく」
「なっ」
先手必勝である。私は、猫のように体勢を低くし一歩で近づく。狙うは足首のある一箇所、入った。そのまま傾きがら空きになった首に身体を反転させながら踵を振り下ろす。
勿論、迷いはない。
「避けた?!」
力は敵わなくとも速さと急所に叩き込むのは私の特技なのに。
「顔に傷をつけられたのは久しぶりだな。いや、先程つけられた爪跡もあるか」
「大したダメージないでしょ? 小さい器ですねぇ」
首にヒットはしなかったけど、少し掠ったらしい頬は、ヒールの線がつき、そこから一筋、血が流れた。
「なぁ、小娘。腕か足、どちらがいいか? ああ、腕なら利き手ではない方にしてやろう」
血が垂れた頬を腕で拭ったせいで王子のアイボリーの服の袖が汚れたが気にもせず私を見て口角を上げた。
真っ黒な笑いは、爽やかさの欠片もない。
「決めたか? 決められないなら俺が選ぼう」
「どっちも嫌に決まってんでしょ!」
選べるわけないでしょ!
「なに、綺麗に折ってやる」
……この人、本当に王子様なわけ?
「先程の動きだと、利き手は左か」
──来る!
「お止めください!」
いきなり紺色の壁ができた。
「ダリア、俺に言っているのか?」
「アルビオン殿下に申し上げております」
なんか、これって良くない方向じゃない?
「あの、ダリアさん、私は大丈夫ですよ。簡単にやられるつもりもないし」
袖を引っ張り選手交代だよとアピールするも、彼女は王子から目を離さない。
「ダリア、妹のミルレリア・ノゼットにあの薬は効いているか?」
「殿下っ」
「ミルレリア嬢は回復の兆しがでていると報告は受けている。だが、あの薬は手に入りづらい品だったな」
お城に連れてこられた時に、最初に仲良くなったのは、侍女さんと、護衛騎士のダリアさんだった。
「妹は関係ありません!」
背筋が伸び自信に満ち溢れた綺麗な人の背中は緊張しきっている。
「職務に忠実なのは認めよう。だが、相手を選ぶべきだったな」
日の光で反射した物は剣だ。
「やめ」
「アルビオン」
この場には不自然な柔らかい声に思わず振り向けば、どこか今、剣を振り上げている王子に似た顔の男が立っていた。
「呼んだのはお前か」
「ダリアに非はない。アル、気が急ぐのは理解できるが、やり過ぎだ」
凄い。剣を鞘に戻させた。声を荒げず命令すらしていないのに。
「ダリア、妹君には引き続き薬を送るから安心しなさい」
「ハッ。シーベルト殿下、ありがとうございます!」
「煩いのがいない時には学院の時みたいに接してくれて構わないよ」
「構います」
楽しそうな顔をしているシーベルト殿下という人は、侍女さんが頬を染めなが教えてくれた王位継承権第一位の人かな。という事は、この真っ黒な王子の兄?
二人の顔は似ているけど性格は全然違う。
「女神に選ばれた異世界のお嬢さん。弟が悪かったね。もう君には暴力を振るえないようにするから安心しなさい」
そう言うと彼は真っ黒王子、アルビオンの方に手をかざし何かを呟く。どこから発生したのか水色の光が王子の首に集まり消えた。
「シーベル!」
歯ぎしりが聞こえそうな怒りを顕にした真っ黒王子は、お兄さんの名前を強く呼んだ。なのに完全に無視したお兄さんは、私だけを見て話す。
「今度、弟が何か悪意をもって貴方に触れようとしたら首が一瞬で締まるから」
異世界の兄弟は、これが普通なの? 首が締まったら普通はエンドだよね。
「私に何をして欲しいんですか?」
こんな上手い話はないでしょ?
何か要望があるんじゃないんですか?
「賢いね。醜態を晒してすぐなのは申し訳ないんだが、弟とお茶でもしてくれないかな?」
「嫌です」
お茶って、何それ。即、お断りするわよ。
「でも、納得していないまま婚約者にされているのは困るんじゃないかな」
変な箇所で話を区切るなと思えば、急に距離を詰められ耳元で囁かれた。
『真実を知り、選択しなさい』
「どういう意味ですか?」
「弟は、本当は優しいんですよ」
嘘だ!
声に出さなかったけど、隣のダリアさんも同じ気持ちだと、眉間に寄ったシワで確信した。
「ダリア、お茶の用意を頼めるかな。あ、私はこの後に予定があるから参加できない。弟とハルコ様の分を頼む。じゃあ、また今度ゆっくり話そう」
「あ、ちょ」
背後には、腹黒王子が怒りを滲ませ仁王立ちだ。お兄さん、私は温室で一人お茶しますから、あなたの弟を連れて行って下さいよ。
春子は、どっと疲れを感じていたが、後にそんな事は消し飛ぶ話を聞くことになる。
***
「で、要件は」
「ないな」
「はぁ?」
ホントにこの人が嫌だ。
「あ、真実を知り選択しなさいって、さっきお兄さんに言われたんですけど」
どういう意味だろう。
「真実ね。その呑気な面だとお前は神殿で役目を果たせば帰れると言われたか」
「え、そうだけど…」
喚ばれた話?
でも、何を選択しろって言ったよね?
長い足を組み替えた王子は、カップに口をつけ離すと言った。
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「え、帰れないの?」
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…嫌だ。嫌だ嫌だ!
目の前が、一瞬にして真っ赤になった。
「おいっ! 力を抑えろ!」
最後に聞こえたのは、バカ王子の焦る声。
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