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20.魔法使い、空白の六年
しおりを挟む「それは、人に聞く事なのか?」
縋すがった手は、ゆっくりと外されていく。
「俺が答えを出していいの?」
膝をおとした海は、手を振り払ったくせに私を見ていた。
「海は、変わったね」
スーツ姿の海は、あの海で笑っていた頃の彼じゃない。
「俺が? そりゃあ、それなりに年数たってるしな」
ネクタイの結び目に指を引っ掛けると左右にゆらし緩め、髪の毛を乱暴に崩しながら再び私の隣に座った。今度はかなり雑に。
「でも、変わんない事もあるよ」
私の顔をわざと覗きこんできた。ニヤリとしているから苛立たせようとしているが、わかる。
「ちょ、何すんの!」
手が伸びてきたと思えば鼻をつままれた。容赦ない手付きに睨みつければ。
「俺が、今、空と会話してんのが、どれだけ嬉しいか分かる?」
「嬉しい? 海が?」
というか、じゃれ合って鼻を摘まれている場合じゃないんだけど。
「そう。待ちくたびれたよ」
「なんっ」
鼻が解放された瞬間、今度は、口を塞がれた。柔らかいちょっと乾いた感触が唇から感じ、頭の中が真っ白になる。
「うん、とりあえずご褒美もらった」
「な、何の褒美よ?!」
角度を何回かかえられ解放された口を両手でガードし、ここが病室だという事すら忘れて叫んだ。海が、こんな行動をするなんて!
「何って、凄くない? 六年も浮気ゼロだなんてありえる?」
浮気って?
「……まさか記憶がないとか言わないよな?」
あまりにも低い声に身体が一瞬ビクリと動く。
「えっと、確か海で部活の時に」
必死で記憶を遡ると、海に好きと言われてから一緒に帰ったりとか、拾いものしたなぁ。
「だー!よかった。覚えてなかったら、俺が変態か痴漢じゃん」
私は、安堵のため息をついている海に言った。
「よかったのに」
「あ?」
「放っておいて、忘れてくれてよかったのに」
私は、海を束縛していたと今、理解した。
「私は、ずっと寝ていたけど、海は六年も経過していたんでしょ? その間にもっといい人がいたかも。私は、海の人生まで変えさせちゃったんだね」
私の存在なんて忘れてくれてよかったのに。
「今、俺は猛烈に怒りにかられている」
そうなの?
「俺がどんだけ我慢したと思ってんだ! ああっ!お触りくらいでやめんじゃなくてガッツリいっておけばよかった!」
「は?」
私は、聞き間違えたのだろうか?
「触るって何?」
私の口調に今度は海がビクリと肩を動かし、私をそろそろと見てきた。
「いや、ちょっと手を触っただけだから!」
「無抵抗な人の?」
「変な触り方なんてしてないし! ただ純粋に手を」
「変態」
漢字ニ文字で切り捨てた。
「あー、なんか話はずれちゃうし」
馬鹿らしくなってきた。
ああ、前にもこんな様な事があったなぁ。
「空」
「何?」
長く話しすぎて疲れてそのまま仰向けに転がった私の頭を撫でてくる。
なんか、この感じ好き。
「さっきの話だけど、俺がその手紙をもらったら、とりあえず、まずは生きてみるかな。誰とか関係なく自分の為にも。せっかく生きてるならもったいないし」
もったいないときたか。
さっきまでもの凄く苦しかったのに。今は、そこまで感じない。変態な海のせいかな。
「うん。まずは、筋力を取り戻ししっかり歩けるようにする」
「おう、そうだな。そしたら海に行こう」
誘い言葉に強く反応してしまった。だって。
「まだ、砂浜はあるの?」
いきなり起き上がり詰め寄った私に、海は、ちょっとビックリした後に笑った。
「勿論、最強の魔法使いと履歴書に書けない俺の特技で守った場所だし。むしろ人口が減って、有害物質削減に更に力をいれている今のほうが海は綺麗かも」
あの時よりも綺麗になってる?
「見たいな」
青い空に大きな夏雲が浮かび、日の光で濡れたシーグラスやつやつやの貝。
「本当に目が覚めたんだな」
思わず砂浜を想像し楽しくなった私の耳は、新たな声を拾った。
「……お父さん」
病室の入り口に立ち此方を見ていたのは、かつて私の顔を嫌悪し続けていた父親だった。
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