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14.魔法使いは、困惑する

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「嵐の前の静けさっていうやつかな」

一見いつもと変わらない風景。だけど肌や本能は、これから起こる事を確実に察知している。

「……不思議だな」

 自分でも感心したくなるほど落ちついている。目を閉じれば自然が奏でる音の世界。波が戻る時に小さな貝や砂によって耳に届くシュワッと鳴る音が一番好きだ。

「日の光よ、自由に踊る風よ。その力をこの手に」

 組んだ手の中に力が集まってくる。今日は沢山必要だ。もう少し、もう少し。

 粘土をこねるように組んでいた手を緩め、分けてもらった力を凝縮させて今度は解き放つ。

「──広がれ」

 布を広げるように。ずっと遠くまで全てを包み込め。塊だった力の玉は急速に変化し太い帯となりうねりながら伸びていく。

「まず第一段階は上々な出来だ」

 淡く光る青い半透明の膜が目視できないくらい先まで続いているのを確認しほっとした。

「っと」

 視界がブレたので頭を軽く振り足に力を入れなおす。まだ、倒れるわけにはいかない。

「第一段階という事は次もあるわけ?」

 いないはずの、一番この場にいて欲しくない人の声を拾った。

「邪魔なんだけど」

なんでいるわけ?
早く逃げてよ!

 早く少しでも高い場所に。

 助けると皆を守る盾になると声高々に宣言したけど、絶対なんて保証はないんだよ。

「ねぇ、早く避難…」
「しない」
「えっ?」

 海は、腕まくりをしながら私の隣に立つとこの場に似合わない不敵な笑いをした。

「実は学歴に書けない特技があるんだよね」

 出会った時から予想がつかない人だと感じていたけど、今日の海は、また特に分からない。

「私、早くやらなきゃいけないから」

 時間がないし、心の動きは魔法に強く影響してしまう。今の私にとって海は、妨げにしかならない。

「全部聞いてから俺が使えるかどうかを判断すれば?」
「な、何よ」

 海は、私の右手を握り頬に唇が触れそうな距離で囁ささやいた。

「俺なら、空が防いだ後の波を他の場所に影響を及ばさずに出来る」
「どういう意味?」

 すぐに離れた顔は、もう私を見ていない。彼は正面を穏やかな海を見ているようで私の声は聞こえたのだろうか?

 彼の反応を諦め、やはり強制的に避難させるかと決めたその時。

「お無かったことに出来る」

無かったこと?

「説明して」

 いったいどういう事なのか。海は魔法使いなの? 答えはノーだ。だってそんな気配はないもの。

「これから分かる。ほら、来るぞ」

遥か先に黒い壁が見えた。



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