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11.魔法使い、捕まる
しおりを挟むとにかく足元が安定する波際近くを走った。足は遅くはないはず。あぁ、魔法を使いたい。
いや、駄目だ。何処で誰が見ているか分からない。
予想以上に海は走るのが速かった。すぐに腕を掴まれる。しかも、引っ張られる力が強過ぎてバランスが一気に崩れて。
「…制服が」
明日も着るのに。
倒れ込んだせいで湿った砂が紺色のスカートに散らばった。それは海も同じだったようで。
「なかなか取れないなぁ」
いまだ尻もちをついたままの私とは違い、既に立ち上がりシャツとズボンをはたいている。眉間にシワをよせたまま、今度は私を見た。
「あ、怪我は…なさそうだな。よっと」
ぐんっと引き上げられ、立たされた。
「空も結構汚れたな」
その手が今度は私の制服の砂を落とす。
「こんなもんかな。皆は撤収していたけど部活は終わり?」
「まだ。一度部室に戻って洗浄」
「ふーん」
どうした私。お世話されて普通に会話してるよ。
「じゃあ、戻りながら話せるな」
私は、この視線が苦手だ。
* * *
「なんか話してよ」
「特にない」
「いーや。あるはずだね」
面倒だ。これをウザいというのではなかろうか。
「俺、何かした? たまに言葉足んないとか空気読めてないとかは言われてるけど」
……イライラする。
「関係ないよ! っ?!」
「なくない」
今、後ろにいたはずの海の腕の中にいる。
「あの場所は、一人でいたい時に使っていた。なのにアンタが、空が来てから賑やかになって。あ、違うって!嫌じゃないんだよ。何故か」
腕の力が強くなって、頬にシャツ越しに海の体温を感じる。もの凄く落ち着かない。
「離して」
「納得できる説明きいたら考えなくもない」
何様なんだろう。一つしか違わないくせに。
「はぁ。この前…アンクレット渡そうと海に行った時、楽しそうに女の子と話していたの見て、なんか行く気がなくなった」
説明するまで離さないという気配に根負けした。私にしては素直に言葉にしたら、ガバッと音がしそうなくらい肩を掴まれたまま私に合わせて屈んできた。
「な、なに?」
顔、近すぎるんだけど。
「それってヤキモチ?」
やきもち? 相手の子にって事? あの時の光景を遡る。
「そ…そうなの?」
今度は肩に頭を預けられた。首筋に海の髪の毛の感触がちょっとくすぐったい。
「はー、そういう奴だよなぁ」
そのバカにしたような呆れた口調は納得がいかない。
「まぁ、いいや。あの時、空が見たのは腐れ縁のさくら。ちなみに谷屋の彼女」
「えっ!」
あの強そうな美人が、部長の彼女?
ふざけた前髪をやめて、眼鏡を外した部長とさくらという名前の人を並べてみる。
うん、お似合いかもしれない。
「で、俺としては、かなりの勇気を持ってして伝えているんだけど」
何を? 本当にわからなくて首を傾げていたら両肩に海の腕が乗せられて重い。
「暑苦しいし、ホントに重い」
「好きだって言ってるんですが」
「は?」
誰が誰を?
「これでもへこむから、いい返事欲しいんだけど」
マジマジと海の顔を見れば…冗談には見えない表情で。
「私は」
「魔法使いだからとか、普通じゃないからとかはなしな」
大人だけじゃなくて海も狡いよ。
「じゃあ掴んで。ちょっとでも気になるなら」
置かれていた腕は離れて私より前に歩き出した海は、振り返ると手をのばしてくる。
私に、そんな事が許されるのだろうか。
私は、魔法使いで。お母さんは、私の力の暴走のせいで命を失った。父は、お母さんに似ているという私の顔を避ける。
「早く」
急かされて、私より随分大きい手に恐る恐る触れた。
「今日は、これで我慢する。けど、いつか絶対に空に好きだって言わせてやるからな。ほら、学校に戻るぞ」
重なった手は強く握られ引かれた。
なんか、涙が出そうになる。
悲しいんじゃなくて。
私は、私でいいの?
なんか、変な感じで。ふわふわするな。
……ありがとう。
「ん? なんか言った?」
「なんにも」
満ち足りた何かで心が落ち着かない。
──でも、そんな幸せは長く続かなかった。
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