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30.百合は不意打ちをくらった

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「是の言葉以外は聞きたくない」

そんな事を言われても。

「副団長さん」
「ユリ様、私は幼少期に色々な物を諦め手放してきました。その後、騎士団に入り初めて自分に自信がつき、またこの職務を誇りにしています」

 確か、騎士団の中でも特に副団長さんのところは実力主義だと耳にしたわね。

「そう。でもこの状況と関係ないわよ」

 皆それぞれ苦労はあるだろう。恐らく容姿に対して辛い思いをしてきたのかもしれないけど、腕の中にいる理由にはならない。

「あります。私は、もう諦めたくない。特に貴方を」

 真っ直ぐに向けられる言葉には力があって。なんだか酔いそうになる。いえ、しっかりしなくては。

「とにかく、副団長さんも誤解されたら困るでしょう?」

 距離は保たれていても、私には未だに護衛がついている。という事は、絶対見られている。なのに一向に離れてくれないし、何やら声まで更に低く威圧されている。

「誤解? 私のせいで危うい立場になるのはユリ様ですよ。正妃が決まり落ち着けば貴方は側室に上がると囁かれています。たかが噂と侮れないと先程の様子を見て思いました」

側室? 誰が?

「え、私?!」
「他に誰がいますか? 殿下と貴方が一お会いになる度にお似合いだと周囲の者達が騒いでいますよ」

不味い。やり過ぎたか。

「確かに、お姫様を安全に迎える為としてカモフラージュの役をしていたけど。お似合いって、かなり嫌なんだけど」

本気でお断りよ。これは迷惑料として上乗せしてやる。

「殿下と貴方はお似合いです。だが、温室での際、魔法具は発動したが貴方からの拒絶は感じなかった」

 抱き込まれていた腕がやっと緩んだ。ホッとしたのも束の間で離れたはずの腕が腰に回され、右手を取られた。

「今なら、口直しとは言われないですよね?」
「ちょっ」

 手の甲にひんやりとした感触。それは手のひらから上がっていく。目を合わせながら行われるその動作にもう限界だと思った時、彼の動きがピタリと停止した。

「忘れていました。クラリス達がユリ様は美醜の価値観が違うと。この面は不快ではないが、容姿より表情が見たいと」

 腰は抱かれたまま、彼の右手が自身の顔へと伸びていく。大きく長くそれでいて骨ばった指が仮面を掴んで。

「とても不快な容姿ですが、何処かでずっと隠さない姿の私を見て欲しいという気持ちもありました」

 仮面を外したそこには、映画の中にいるようなスターがいた。

 引き締まった身体に似合う無駄な贅肉なんてない頬に高い鼻。二重のハッキリした目元はやはり睫毛まで銀色である。

なによりも全体を見れた事により、彼の表情がとても豊かだと分かる。

「ユリ様? やはりご気分が」
「違うわ。予想以上の見目麗しさになんと言えばいいのか」

 困ったような不安そうな顔は、その容姿では更に破壊力がすごい。

「ユリ様!」
「陽の光でキラキラ倍増だなんて…罪だわ」

 意外とナーバスな所があるユリは、明日の新天地に向けての準備を数日前からずっと睡眠を削りながら取り組んでいた。それに加えて不意打ちのイケメンのオーラに当てられアッサリと気を失った。





*~*~*




「あら?」
「ユリ様」

 この暗さだと、どうやら夕方のようだわ。見慣れた天井に聞き慣れた声。

「ルビーさん。貴方は騎士団に戻っていたはずよね?」
「陰ながら警護を担当しておりました。お近くにいる際には、この姿のほうが馴染みがあるかと思いまして」

 侍女姿のルビーさんも変わらず可愛いわ。いえ、以前より髪にもアレンジを加えているのか品も保ちつつ、なおかつ華やかになったわね。

「あの、グライダー副団長がずっと扉から離れず、お目覚めになられるのを待っているようです」

 困ったような彼女の言葉により思い出した。私ったら、薬草園で倒れたのよね。

「多分寝不足だっただけなのよ。彼に悪いことをしてしまったわ」
「先程帰られた医師も寝不足が原因だと言っておりました」

 ああ、お医者さんまで来たのね。やっぱり体調管理はしっかりしないと。

「あの、お目覚めになられたばかりですので、副団長には一度改めてお会いになられますか?」

 ルビーさんの顔には、しつこいんですと書かれていた。まぁ、中途半端な会話で終わらせてしまった私が悪い。

「いいえ。今、会うわ。不安ならルビーさんもいて構わないわよ?」
「え、しかし」

 口調が侍女さんから騎士団仕様になっているわ。正直、二人きりのが良いけれど、私はいわゆるパジャマ姿だし。副団長さんの印象をなるべく悪くしたくない。

「畏まりました。これを肩に」

 ルビーさんは、暫く迷いをみせたものの、半身を起こした私の肩にストールを掛け、扉へ向かっていった。

「ユリ様、大丈夫ですか?」

 いつもの仮面姿の彼なのに、心配してくれている様子がとても分かってしまった。

「副団長さん。いえ、リュネールさん。少しお話を聞いて頂ける?」

 この人なら私の我儘を理解してくれるかもしれない。駄目なら、それは仕方がない。

 どちらにしろ、このままの状況で明日を迎えたくないもの。




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