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28.団長は、机を蹴り倒す
しおりを挟む強制的な休暇は、ユリ様が城に戻られた時点で意味をなさない。だから私は早々に通常勤務に戻ったはずだった。
「なぁ」
「はい」
団長の呼びかけに書類に目を通しながら返事をした。いつもの通りに。
「お前、邪魔だから帰れや」
「ガルス団長」
私と同期のガルスは一見、乱暴とも言える言葉を発するが実は情に厚い。そんな男が私を見る目は、いままでにないほど冷ややかだった。
「書類に不備がありましたか?」
ガッン!
「備品に傷をつけないで下さい」
ガルスは、自身の机を蹴り倒した。それにより大量の紙が舞う。
「なぁ、副団長さんよ。お前は何しに来てんだ? 俺は常々言ってるよな? 此処は、見目麗しい近衛様方のいる場じゃないんだぜ?容姿なんざどうでもいいんだよ!必要なのは頭脳と力だ!触んな!」
散らばった書類を拾おうと伸ばした手を仕方なく止めた。
「お前、いつから腑抜けになった?」
団長の言葉は、何故か彼女に言われた台詞を思い出させる。
『もう、いいわ』
諦めた声。振り向くことのない背中。
「なぁ、いつからだって聞いてんだよ」
「団長、そんな言い方は」
「あぁ? クラリス、お前もそう思わないか?」
間に入ったクラリスは、ガルスに睨まれ青ざめていた。
私などを庇おうとするからだ。
「なぁ、クラリス。今のグライダー副団長様はお前の命を懸けて付いていきたいと思える存在か?」
更に血の気をなくす部下が視界に入る。クラリスだけではない、いまや室内にいる者達は皆、動きを止めていた。
「わ、私は、今・のグライダー副団長には正直、不安です」
「だとよ。今のお前はいても士気が下がる」
──私は、この場にいる資格がないという事か。
「分かりました。退団届けを」
「ホンっとたわけだな!」
歴代の団長が愛用してきた机は二度の蹴りで大破した。去ろうとした私にまだ文句があるらしい。
「なぁ、お前は直ぐに諦める奴だったのか? 容姿、家柄、そんなもんに左右されて終わる残念な男かよ? 団長につけと言った俺が阿呆に思えてくるぜ」
そんなもんだと?
「貴方には分かりませんよ」
何もかも最初からある者に分かってたまるか。
「ああ。分かりたくもねーよ。ただ、嬢ちゃんは温室から出た後、泣いてたぜ」
嬢ちゃん、ユリ様が?
「何故?」
何故彼女が泣くのか?
「挽回するなら今日しかないぜ」
「どういう意味ですか?」
背を向けたはずの私は、ガルスに向き直っていた。
「そのまんまの意味だ。今を逃せば二度とお前と会う機会はない」
──二度と見ることも叶わない?
「ま、腑抜けのお前にはやはり関係」
「何処にいらっしゃるのか知っていますか?」
屈託なく笑う顔、かといえば、時に諦めた、けれど穏やかな表情。
『月が綺麗ですね』
『そんな顔をしないで。私は、幸せよ』
彼女の発した言葉が次々と浮かぶ。
「教える価値がお前にあるのか?」
価値?
「そんな事、知りませんよ。ただ、伝えていない事があります」
剣気までだしていたガルスが急に力を抜いた。
「この時間は端にある薬草園にいるはずだ」
ここからそう遠くない距離だ。
「ありがとうございます。退団の書類は後程」
「いーから行けよ」
「失礼致します」
礼もおざなりのまま、私はすぐに走り出した。その為、閉まった扉の中で団長が呟いていた言葉は聞こえていなかった。
「リュネール、お前がしくじれば数年後には、嬢ちゃんは囚われ殿下がその檻から出さないだろう」
「団長!不敬ですよ!」
「あ? 俺は事実しか言わねぇよ」
見た目だけを見て侮れば即、跡形もなく消される。あの王子様は、裏の意味でやり手だ。
まぁ、あの闇は新人にはわからんよな。
「辛気臭いのは嫌なんだよなぁ。よし、お前等!外行くぞ!」
こういう時は、身体を動かすにかぎる。
「一人でも俺から一本とれたら今夜は全員マーキスの店で奢ってやる」
「本当ですか?!」
「ウォー!流石は団長!」
にわかに活気づいた部下達を眺めガルスはしみじみ思った。
「あいつも、お前らのように素直だと楽なんだがな」と。
まぁ、あの性格だからこそ気に入っている部分もあるんだが。
しっかりやれよ!
団長は、心の中で親友にエールを送るのだった。
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