上 下
22 / 34

23.宿屋での夜

しおりを挟む

「忘れ物なし、火の元は魔法石だから関係ない。あとは窓の戸締まりっと、ありがとう」

 背伸びをして鍵をかけようとすれば、副団長さんの手が横を掠めていきカシャンと音を立てた。

「荷物はまとめ終わりましたか?」
「え、ええ。直ぐに出れるわ」
 
 背後の距離が近すぎて一瞬固まるも普通を装う。

「では行きましょう」

 あの、魔石を引きずって帰宅した日から副団長さんの空気が緩いように感じる。それに距離が以前より格段に近い気がする。

「ユリ様?」
「あ、ごめんなさい!」


 玄関の扉を開けて待っている副団長さんに謝りながら靴を履きお城に戻るために出発した。




* * *



 森からお城までは、馬と転移盤を使用し一日半。私が馬に乗り慣れていたらかかる時間は一日だったみたいだけど。近々馬に乗る練習は必要かしらね。


「休憩ばかりして悪かったわ」
「いえ、無理はなさらないで下さい」

 私が予想より馬に慣れず、ゆっくりコースとなった為、王都の手前の街に着いたのは暗くなっていた。とりあえず宿で一泊してから出発する事にしたのだけど。

「お祭り前でお部屋が二人部屋だけ?」
「すみません」
「謝ることじゃないわ。此方こそ私となんて寛げないわよね」

 死語であるとは分かっていてもピチピチじゃないおばさんで悪いわねと思うも言葉には辛うじて出さずに止めた。

「私は、安心できるからありがたいわよ。一人の夜は余計な事を考えたりする時もあるから」
「ユリ様」

 シンッとなる深夜は静か過ぎて、たまに目が覚めるとその後が寝れない日もある。かといって親しくない侍女さんなどにいてもらっても落ち着かない。此方に来たばかりの時は、結局は一人でというコースになっていた。

「そんな顔をしないで。私は、幸せよ」

 小さな部屋のこれまた小さな丸テーブルにセットで置かれた椅子の一つに腰掛けた私を見下ろした彼からは同情のような気配をもらうけど、悲しいとかはないのよ。

寂しさは、まだ少しはあるかな。

「明日にはお城に着くのよね?とりあえずもう遅いから順番に入浴しましょう。副団長さんが先にどうぞ」

 食堂となっている下の階で既に軽食を摂ったのもあり眠くて仕方がない。

「もう、負けたわ。但しベッドには寝てもらいますからね」

 いや貴方が先に、いえ副団長さんがとお風呂の譲りあいも、本来面倒な私は、早々に諦めた。

「私はこっちでいい? ほら、往生際が悪いわよ」

 無言でベッド付近にいる副団長さんの腕を強引にひっぱれば、やっと縁に腰掛けたので、とどめを刺す。

「私、これなら勝てる!っていう技はないけど小さなものは習得済みよ。横になれ」
「なっ、ユリ様!」

 私の言葉に従いボスンと枕に頭を沈めた彼からは抗議の声と眼差しをもらうが、そのまま隣といっても少し間を空けた枕に私も頭を乗せる。

「仮面、邪魔じゃないかしら? 私は反対を向いて寝るから外しても大丈夫ですよ。声を掛けられない限り多分起きないわ。それに寒いと動かないし」

 暑い日はともかく、夜はまだ冷えるのでおそらく丸まったまま朝まで爆睡してしまう。特に今日は慣れない移動で疲れていた。

「解いて下さい」
「うーん、床や椅子で寝たりしないなら解除してあげる」

 いつもは身長差があるけれど、お互い枕に頭を乗せているこの状況。例え相手が不機嫌であろうと、恥ずかしさを一瞬忘れ笑いかけた。

「副団長さんと同じ視線で話すのも新鮮ね」
「……そうですか」

 そっけない返事を貰った。だけど無視はされていないから嫌悪はされていないかな。

「あ、トイレ以外に動いたら強制的にベッドに戻るように魔法をかけたわ。暗くても平気かしら?」

 返事を聞く前にベッドサイドの灯りのスイッチに触れれば真暗闇だ。

「副団長さん、おやすみなさい」

 私は、顔があるであろう場所に声掛けをし、先程言ったように、彼から背を向け窓側に向き目を閉じた。



* * *



「名を呼んではくれないのですね」

何かしら。

 髪の毛に触れられた感覚の後、頭をゆるゆると撫でられている。そのゆっくりとした動きがとても気持ちがいい。

「気を許しすぎだ」

 止まってしまった頭の重みに動かしてとすり寄れば、ため息交じりの聞き慣れた声がする。

「私を動揺させて楽しいのですか?」

 ちょっと怒ったような声とは反対に身体が温かくなった。少し硬いけど、落ち着く。百合は寒くて丸くなっていた体をゆっくりと伸ばしていく。

「……今だけ、許してください」

何を許せばいいの?

声を拾いながらも百合の意識は更に深く沈んでいった。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捕まり癒やされし異世界

波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。 飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。 異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。 「これ、売れる」と。 自分の中では砂糖多めなお話です。

私は女神じゃありません!!〜この世界の美的感覚はおかしい〜

朝比奈
恋愛
年齢=彼氏いない歴な平凡かつ地味顔な私はある日突然美的感覚がおかしい異世界にトリップしてしまったようでして・・・。 (この世界で私はめっちゃ美人ってどゆこと??) これは主人公が美的感覚が違う世界で醜い男(私にとってイケメン)に恋に落ちる物語。 所々、意味が違うのに使っちゃってる言葉とかあれば教えて下さると幸いです。 暇つぶしにでも呼んでくれると嬉しいです。 ※休載中 (4月5日前後から投稿再開予定です)

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

波間柏
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です

花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。 けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。 そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。 醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。 多分短い話になると思われます。 サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

処理中です...