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18.森の中での二人生活は
しおりを挟む「さぁ、元気になんなさいな」
朝だというのに爽やかさの欠けている薄暗い森の中をゆっくり歩いて行く。
「まるで夏にやる水撒きだわ。いえ、水より砂ね」
柄杓ひしゃくを持っているかのように右手を振り次は左手とまんべんなく行き渡るような気持ちで大げさに腕を動かせば金の粉は空を舞い土の奥底へ消えていく。
「ふぅ。今朝はここまで。続きは午後ね」
この森はとても広く深いので本来なら広範囲を歩き浄化とやらの効果がある粉をまんべんなくかけたい。けれど厳しいので出来るだけというのが現状である。
「平坦な道ならもっと早いだろうけど、アップダウンは激しいし、根っこも凄いのよねぇ」
ただ、細い獣道のようになっていたのは、とても嬉しかった。私には切り開くなんて無理だもの。
「いくら女神様におねだりしても忍耐力とか体力は向上しなかったし。まぁ、暫く此処で暮せば嫌でも体力はつきそうだわ」
とは言っても、野宿はしたくないので女神様に攻撃魔法は返すからこの森の中だけで、しかも帰りだけでよいから寝食している家に転移出来るよう、それはもう、しつこくお願いした。
「たまには粘ってみるものよね」
最初は何の返事も書いてくれなかったので、ひたすら同じ文を書き続ければ、7日目に見事希望は叶えられた。
「ちょっと嫌がっているように感じるから数日間はお願いはやめよう」
初期の頃は、交換日記に書けば数秒で、印刷された文かというくらい綺麗な文字が綴られていた。早くて綺麗で安い……いや、売り物の宣伝ではない。
「知りたい事はつきないのよねぇ。あっ、リュネールさん、おはようございます」
「ユリ様、おはようございます」
いきなり転移し現れた私にも全く動じることなく彼は構えた状態のまま挨拶を返してきた。
大物よねぇ。
「今からご飯作るわね」
「急がなくて大丈夫です。私も手伝います」
「じゃあ、またスープをお願いしてもよいかしら?」
「勿論。どうされましたか?」
こんな会話も慣れてきたけど、朝日を浴びた姿は凄いわ。やはり姿勢と筋肉のつきかたが素晴らしい。
──そしてシャツ姿に剣もいい。
「いえ、また後で」
ああ、人は見た目ではないと以前に言い切ったけど、彼が仮面を外したら…私、無表情でいられるかしら? 勝手に一人盛り上がっている百合は、自然と早歩きになる。
リュネールは、そんな彼女の姿を目で追っている事に、自分がどんな視線でユリを見ているか未だ気づいていない。
***
「今日もお一人で森の中に入り大丈夫でしたか?」
私は、昨夜焼き上げたドライフルーツ入のパウンドケーキを口に入れ飲み込むと答えた。
「何もなかったわ。不思議なのは、まだ一度も魔獣に遭遇しないのよね。ケーキ、少し甘みが強かったわね。残して良いから」
私が手にしているフォークと彼の食器は同じ。なのに彼が持つと小さく見える。
「いえ、このグリの実は硬かったはず」
「お酒に漬けてから使ったから程よいアクセントになっている気がするわ」
甘いお菓子も嫌いではないと聞き、最近はデザート作りにも時間をかけている。
「ユリ様は、あまり森の状態が変わってないように感じているようですが、この数日間で空気の毒素がかなり薄くなっています。間もなく霧がなくなり日が入るようになれば植物にも変化は必ずあらわれるかと」
そして朝夕の食後に飲む珈琲の時間は、このように励まされている。
「結果は直ぐにはでない事もあるものね」
少しづつ進めばいいと前向きになった時に、また考えるのだ。この森を綺麗にした後はどうしようかなと。
「何か、悩まれているのですか?」
「え? ああ、大したことではないの」
これも、ここ数日繰り返している気がする。そして私のなんでもなという言葉に、何かあったら言って下さいと言われて終わりなんだけど。
「私のような者には話すことすら躊躇われますか?」
いつもと違った言葉の並びに思わず飲もうとカップを持ち上げたまま手が止まってしまった。
彼を見れば、いつもなら真っ直ぐの視線は逸らされており、何処を見ているのか分からない。
「なっ」
「はい、息を吸ってゆっくり深く吐いてみて」
私は、正面の席から無言で移動し座った状態の副団長さんを緩く抱きしめ、背中に手をあてる。
「っ、離れて下さい」
離さないわよ。まぁ後で触れた事は謝りますけどね。
「私のお願いをきいてくれないと離れませんよ。ほら、もう一回、ゆっくり呼吸して」
促しながら、彼に変化がでたのは何時だったのかしらと今朝を振りかえれば。
あったわ。伝達の鳥が来ていた。という事は。
「ヘイゼル殿下の手紙に何が書かれていたのかしら?」
訓練された騎士が、紙切れごときでこんなにも変化するなんて。
「あ、口にだしてしまったわ」
しまったと思うも、流石は副団長さん。何の反応もない。けれどヘイゼル君で間違いないわね。
殿下は、頭が良くても外仕様以外のコ ミュニケーションは、残念ながらまだ未熟にみえた。
ハッキリ言って人と人とが触れ合う距離が近い一般市民のが上だろう。まだ発達途中とはいえ内容によってはいくら王族だろうと許しませんよ。
「副団長さん、無理に話さなくて大丈夫ですから」
百合は王子様にお仕置きって、どういう方法があるのかしらと考えている事をおくびにも出さず優しく彼に話しかけた。
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