上 下
10 / 34

10.吐露

しおりを挟む
「副団長さん、とりあえず食べませんか?」

 お茶は熱いくらいが好きなのよ。せっかく淹れてくれたのだから冷める前に飲みたいわ。

「暗いわね。私が言うのも変だけどこちらに座って」

 明かりをと動く前に彼が端から灯していく。表情は全く分からない。けれど隅に置かれているテーブルまでワゴンを押してくれたのでなんとか話せるかしら。

「ありがとう。お話は少し飲んでからでもよいかしら?」

 返事はないけれど目でいいと言われたと解釈し、まだ充分温かいお茶を口に含めば香りに癒やされる。何口か飲み身体が心なしか力が抜けた感じがして眼の前の彼に話しかけた。

「私が、前もって伝えないから皆を驚かせてしまったみたいで。ごめんなさいね」

 同じくソーサに音を出すことなくカップを置いた彼と目が合う。彼の瞳は灰色が入った青だった。間近の距離はまた新しい発見を教えてくれた。

「クラリスが酷く動揺していました。私も何も聞かされていなかった。陛下や宰相は」

 声を荒げる事はしない。けれど苛立ちをみせながら問われた。そうよね。警護する側にしてみれば怒って当然だ。

「知っているわ。知っていたのは四人、いえ団長さんには数日前に話をしたわ」

 そう伝えると機嫌が更に悪そうになった。でも、嘘を言っても仕方がないし。

「部下から、明日貴方が城を去るだけしか聞いてません。具体的に城を出てからどうされるのですか?」

深すぎるため息だわね。

「少し見て回ろうかと」
「お一人で? 警護を付けずに?」

皆、同じ反応をするのよねぇ。

「ええ。ぞろぞろ大人数なんて余計目立つもの」

 今後はゆっくりお一人様がいいのよ。それに雇うお金なんてないし、あったとしても勿体ない。

「陛下の許可は既にもらってるわ」

 益々納得していないので最高権力者を出す。どうだ!もう何も言えまい!

「私は」
「あ、ごめんなさい!時間大丈夫かしら?ちょっと待って欲しいの」
「時間は問題ありませんが、身体が」

 副団長さんが再び口を開きかけたとき、私の身体が淡く光り眼の前に馴染みの交換日記が現れた。

「おっと」

 宙に浮いたそれをなんとか受け取り、私が急いで開けば勝手にパラパラと紙がめくられていき。

「ああ、椿」

 止まったページから光が溢れ等身大の椿が映し出された。



***


『椿っ久しぶりー! 着物可愛いじゃん!』
『ナオも可愛いよ! 元気だった?』
『あっ、椿ー! ナオー!』

 仲良し組が集まり写真とおしゃべりが始まった。

 周囲は、華やかな着物とスーツ姿の子達で賑わっており、沢山の声が聞こえてくる。

「ユリ様」

 ただひたすらじっと見ていた私は、副団長さんの私の名を困惑げに呼ぶ声で彼を忘れていた事に気づいた。

「あ、いきなり驚いたわよね。あの青い花柄の着物の子、私の娘なの」
「…娘」
「そう。今日は成人式でね。大人の仲間入りを祝うのよ。本当は年齢が引き下げられ18歳で成人だけど成人式のお祝いは昔と変わらず20歳なの」

 椿は、旦那に似ているので目もぱっちりしていて、すごい美人!というわけではないけど愛嬌がある子だ。椿はなにやら大声で笑っている。

「よかった」
「お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「よかったという意味を?」
「はい」

 私は映像に目を向けたまま、椿の陰りのない笑顔をじっと見つめる。

「私は、夫とつい最近、一ヶ月前くらいに離婚したの。もう一人の私って言えばいいのかしら。半分になった私のがしっくりくる?」
「離婚、離縁ですか?」
「そう。椿が19歳の頃に伝えたわ。争う夫婦仲ではなかったけれど、子供が成人したら別に生きると決めていたの」

 ちらっと副団長さんを見れば、驚いているようだわ。

「此方にきた時、若返ってしまったから違和感を感じるかもしれないけど、私は副団長さんより歳は上ですよ」

歳上と小さく呟く声が聞こえた。まあ信じられないわよね。

「夫とは、全く生活の感性というか相性が合わなくてね。段々会話もなくて。でも、月に1回は一人暮らしの椿と会って外食したり。お互い子供は大事だったし、私は、成人まで責任があると思っていたから」

 椿は、ある程度成長して気づいていたようだったけど、まぁ君達、驚くほど合わないよねとケラケラ笑っていたけど。

──本心は、勿論わからない。

「でも、子供のお陰で夫婦を続けられたし、全てが嫌ではなかったの。お母さんをさせてもらえて感謝しているわ」

これは本心だ。

「娘は、小さい時、正直育てづらかった。癇癪の度、叩かれる度に泣きたくなったし嫌にもなった」

だけど。

「でも、離れて二度と会うことが出来なくなって、やっと気づいたの」

遅すぎる思い。

「時にムカついたし、悲しかった。でも私を前向きにさせてくれたのも、笑わせてくれたのも椿なのよね。あ、あと犬のちこもとても大切な家族だわ」

 私は、子供が苦手だったし子育ては向いていなかった。駄目な親だったかもしれない。結構影で泣いたりした。

 そんな時、ちこは私を癒やしてくれた。ふわふわの温かい体を抱きしめれば穏やかな気持ちになれた。


触れられないのは頭でわかってる。でも、手を伸ばさずにはいられない。

「椿、おめでとう」

 きっと半分の私は、今夜は沢山ご馳走をを作っているだろうな。

「──無理しないでいいと思います」

背後から抱きしめられた。

 とてもぎこちなく、戸惑いながらなのがわかる。でも、ゆっくりと人の温もりが伝わってくる。

もう、抑えられなかった。

「うっ、うっ、直接言いたかったっ」
「はい」
「もっと、怒ってばかりじゃなくて、褒めてあげればよかった」
「きっと気持ちをわかっていると思います。とても…いい表情をしていますから」

涙でぼやけて椿が見えない。

でも、友達と楽しそうに話す声が次々と耳に入る。

「……副団長さんがいてくれてよかった」

一人でいいのに。眺めてるだけでいいのに。

人は、あなたは、あったかいな。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捕まり癒やされし異世界

波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。 飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。 異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。 「これ、売れる」と。 自分の中では砂糖多めなお話です。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

私は女神じゃありません!!〜この世界の美的感覚はおかしい〜

朝比奈
恋愛
年齢=彼氏いない歴な平凡かつ地味顔な私はある日突然美的感覚がおかしい異世界にトリップしてしまったようでして・・・。 (この世界で私はめっちゃ美人ってどゆこと??) これは主人公が美的感覚が違う世界で醜い男(私にとってイケメン)に恋に落ちる物語。 所々、意味が違うのに使っちゃってる言葉とかあれば教えて下さると幸いです。 暇つぶしにでも呼んでくれると嬉しいです。 ※休載中 (4月5日前後から投稿再開予定です)

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です

花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。 けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。 そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。 醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。 多分短い話になると思われます。 サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

波間柏
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

処理中です...