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5.ブスだってお洒落していいのよ!

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 ここ数日間は、お偉い様方に呼ばれる事もなくとても平和だ。書庫から借りた本を読みながら淹れてくれたお茶を口に含む。

「私に髪を結ばさせてもらえる?」

ふと仮面をした侍女のルビーさんの少し解けている髪を見てお願いしてみたのだけど。

「強制ではないの」

 戸惑う様子に困らせるつもりはないと付け足した。侍従関係がはっきりしているようだから嫌かもしれないし触れられるのが恐い、苦痛に感じる子もいるわよね。

「ユリ様が私などに触れて不快ではなければ」

 辛抱強く待てば小さな声ながらも返事をもらえた。

「ありがとう。嫌になったら直ぐに教えてね」

 一度全て解いた髪は、腰までの長さ。赤い髪ってとても綺麗だわ。柔らかい毛質なのか毛先は元気よくあちこちと好き勝手の方向に向いている。

「素敵な髪ね。……懐かしいわ」

 まずサイドをスッキリさせようと決め、左右の髪を少し取りそれぞれ三編みにしていく。柔らかいのにサラサラとした手触りが記憶にある毛質と似ていて自然と口から零れ出てしまった。

「あの」
「髪を結う側になるのが久しぶりで。娘がまだ子供の時に毎日色々な髪型にしたなぁって。でも、時間がない時なんて髪が短いと良いのにって思ったりもしたものよ」

 急いでいる時に限って時間がかかる髪型をリクエストされたのよね。

「できたわ」

 仕上がった出来は及第点くらいかしら。両サイドは仕事中だし邪魔にならないようきっちりと編み、後ろは一括に。ただし、まとめるだけでは面白くないから、わざと毛先を活かしふんわりと。

あと一番違うのは。

「気になっちゃうかしら。作り始めたばっかりで、ちょっと曲がってるけど」

 長い前髪を小さく三編みしサイドに水色の大小のビーズを通した飾りピンを留めてみた。仮面は変わらないけれど空色のビーズは多面カットされているので角度によってキラリと光るし、なにより少し見えるおでこと生え際が可愛い。

頬が緩んでしまい、つい口から過去が漏れてしまった。

「私、学生の時に虐められたの。キッカケはささいな事だった。前からコンプレックスだった顔をさらに隠すように前髪を伸ばしてね。電車、乗り物に乗る時とか俯いていたわ」

 別に眠くないんだけどいつも寝たふりをしていた。もじもじするルビーさんと少し目が合った。

「ある日、紙くずを授業中に投げられてね。目が合った先生は気づいたのに、なんとも言えない笑いを返されたわ」

もう、なんか終わったって思ったのよね。

「気持ちは真っ暗でね。でも、その日のお昼にクラスメイトの一人から話しかけられたの。挨拶くらいしか接点もなかったのに」

 興味を持ってくれたのか、ルビーさんはじっと聞いてくれている。

「なんて誘われたのか忘れたけど、その声をかけてくれた子ともう一人と私、三人で外の階段でお弁当を食べたわ。桜の時期でね、ひらひら花びらが落ちてきて綺麗だった」

ルビーさんの形のいい頭にそっと触れたら、ビクリと体が動いた。だけど嫌がってはないようなのでポンと頭を撫ぜた。

「特に親しい友達じゃなかったのに、二人の前で泣いたわ。もう豪快にね。悔しくて、惨めで悲しくて。全部出ちゃった感じだった」

昔の私は、人前で泣くなんてありえなかった。

「そんな涙と鼻水ダラダラの私を抱きしめてくれてね。女子校だったんだけど、その時に胸って弾力あるんだわ!と知ったわよ。しかも苦しかった」  

そこから少しづつ変わった。 

「それからクラスの部活、運動部の子達が私に挨拶とか、何気なく声をかけてくれたりして。体育も大嫌いだったんだけど、少し楽しくなってきて」

あの二人が話を彼女達にしたんだろうけど。

「でも、急には変われないものでね。髪を切りに行くのも勇気がいって。美容室なんて顔を丸出しだしになるし美容師さん達は皆お洒落だし。だから先延ばしにして前髪は自分で切っていたんだけど、ありがとう。長すぎね話が」

 前に出されたお茶を見て、話しすぎたわと我に返る。

「いいえ!もっとお話を伺いたいです」
「つまらないかも」
「そんな、聞きたいです!」
「なら、ビオラさんも座って皆でお茶しながら話をしましょう。一人ではつまらないし」

 気遣ってではなさそうなので、強制的に二人を椅子に座らせた。二人は姿勢がいいわね。私はすぐ猫背になるのよ。

「で、続きか。そうそう、猫って小さな生き物なんだけど、まだ子猫だった子を親が拾ってきて一緒に暮らしていたんだけど。よじ登るのが好きでね。あと飛び石代わりにされたり。まぁやんちゃでね。その子がよりによって前髪を切る瞬間、飛びついてきたのよ」

もうお分かりになるでしょう。 

「目隠しだった大事な髪の毛をザックリ切ってしまってね。学校を休もうか真剣に悩んだわよ」

 別に誰も見やしないだろうけど、学校にたどり着く迄すら苦痛だった。たかが前髪なんだけどね。

「どんよりしながら教室に入ってね、挨拶を交わすようになった子に言われたのよ。前髪切ったの?そのほうがいいじゃんって」

そこまで親しくない子から言われて、お世辞じゃないと顔を見て分かった時。

「嬉しかった。ブスでも顔だしていいんだって」

いまだにコンプレックスは変わらないけれど。

「髪型一つで自分の気分が上がるのよ。別に周りに迷惑かけてないし、いいじゃないって。ブスでも可愛いのは好きなんだもの。そこから少しくらい言われても折れなくなったかな」

 ビオラさんまで固まっていて笑ってしまった。

「勿論、今でも悪口言われたらへこむわよ。でも、あの抱きしめてくれた時を思い出すと浮上する」

あとは、何かあったかしら。

「思い出した。私、笑うとエクボが片方できるんだけど、まだ娘が小さい時、可愛いって言ってくれたのよ。こっちのほっぺた…えっ!」

静かだわと思ったら、二人は泣いていた。

「泣くほど暗い話だった?! ごめんなさいね。おばさんになると話が長いみたいで、いつも長電話して呆れられるのよね」

 ハンカチを急いで引き出しから取り出し強引に二人に渡すとビオラさんが上品に目元にあてている。その優雅な動きは、まさにお嬢様である。

「拭いたくて…外す事を許してくださいますか?」
「許可なんていりませんよ。それに目を瞑ってましょうか?」

 ルビーさんがか細い声で尋ねてきた。いつもお世話になっている子の顔は正直見たいわ。でも無理強いはしたくないし、そういうものではない。

「いえ」
「ルビー」

見ないようにすると伝えれば、断ったルビーさんだけど、細っそりした手は震えていて。その手が仮面に触れた時、ビオラさんが心配そうに彼女の名前を呼んだ。

 その手は止まるこなくゆっくらと仮面が外されて現れたのは小さな顔に大きな緑色の瞳。そこからハラハラと流れていく涙。

──私が男ならば、または恋愛対象が同性なら抱きしめしまうだろう。

これが庇護欲というやつか。

「バッサバサのまつ毛、羨ましいわ」

 ルビーさんが、瞬きしながら私を見つめてきたのでまたもや口から出てしまう。

 おばさんは、思ったらすぐに口にでるものなのよ。たとえ若返っても中身は変わらないのだから仕方がないわよね。

「…気持ち悪くないのですか?」
「えっ、全然。何度も言っているけど美の感覚がこの世界と違うのよ」

 小動物っぽい可愛らしい雰囲気だったけど、やはり素顔も素敵だ。

「ふっ、うっ」

更に涙が溢れ出てきた彼女に近寄り、背中をそっと撫ぜた。

「泣くのは良い事なのよ。私の娘は癇癪がすごくてね。でも、抱っこすると早く落ち着いてたの。生き物の暖かさって落ち着くみたい」

緩く抱きしめてゆっくりと背中をトントンする。あ、ビオラさんはと見やれば。

「嫌じゃなければ」

泣く二人の背中に触れながら、なんだか子供の頃の椿にむしょうに会いたくなってしまった。

『しっ』

その時、扉から戸惑うように顔を覗かせた副団長さんと目が合った。静かにしなさいよと人差し指を立てれば、通じたのか扉は音もせず閉まった。

「ふふっ」

あの厳つい人が慌てたように顔をひっこめたのがツボにはまり、吹き出してしまった。

「ユリ様?」
「ごめんなさいね。たまに副団長さんって可愛いわね」

えっ、あの方が?
可愛い?

腕の中の二人の表情がそう言っていようで、今度こそ笑ってしまった。

「あはは!あ、エクボ見えた?」

この後、涙が乾くまで、三人でお菓子を食べて楽しいひと時を過ごした。


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