ついてない日に異世界へ

波間柏

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9.選択肢あげようか?

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「会ったことは」
「勿論ない。ないけど」

 リードが私の叫びに訝しげに聞いてくるが上の空の返事しか出来なかった。

 だって、高い位置にいる女は元は悪くないのに濃い化粧とブランドのピッチピチのTシャツを着た社長にそっくりなんだもの。

「異世界の服か? 随分薄い生地にみえる」

 そして、けなしていないようで下にみている言い方もそっくり。なによりも、この声。

残業した日の朝を思い出す。

『あの新しい子雰囲気いいわね』

 更衣室から出た時、開いたままの経理室から聞こえた言葉を拾ってしまった。新しい子というのは今、私が教えている谷口さんだろう。

『沢村さんも歳とったわねー』

 盗み聴くような行為だと下に降りようとした時、私の名前が飛び出した。

 社長の大きな声と社長の親戚である経理の人の笑い声。

「…二十四歳と三十代を比べんな」

 思わず出た台詞は虚しいだけだった。

「ナツ」

 ああ、あの日はそれだけじゃない。

「おいっ!」
「えっ」
「大丈夫か?」
「問題ないわよ! というか揺らすのやめて」

 リードのアップの顔と肩に置かれた手により揺さぶられていた私は、危うく舌を噛みそうになる。

「ちょっと逃避」
「余裕だな」

まさか。

余裕なんてあるわけない。

「リード・サン・バドワー。そちは今回なんらかの罪は免れんぞ」
「まず伺いたい事があるのですが」

 私は、二人の会話に割り込み国一番偉いであろう社長のそっくりさんに尋ねた。

「何が聞きたい」
「私は、本当に帰れないのでしょうか?」
「そんな事か。残念だが無理だ」

 そんな事ね。まあ、あなたにしてみれば些細なモノなんでしょう。

「では、神官様ですよね? あなたにも同じ質問です。私は、帰れますか?」

 銀髪のイケメンの制服は真っ白で金の縁取り。丈の長い服装は、誰よりも目立つ。リードに聞いていた通りの姿の人物は神官長だ。

「…申し訳ございません。帰る術はないのです」

 辛そうな顔は果たして演技なのか。

 だが、二人の答えは同じでも表情は雲泥の差だ。

「わかりました」

 明らかに神官長は力を抜いた。

でも残念ね。違うのよ。

「じゃあ、私がこの国の王になります」
「はぁ?! 何言って」

 最初に動揺したのは意外にも私の背後にいたリードだった。

「そんなに驚く事?」

周囲が一気に敵になるのを肌で感じながらリードに問う。

 真っ直ぐな私の眼はお気に召さないらしい。待つ時間が無駄なので視線を元に、この国のお偉い様方に戻す。

「強制的に連れてこられた私の身を考える事すらしない貴方達は、そこの青い服の人、無作法というならまず私に謝るべきでは?」

あーぁ、黙っちゃった。

「まさか、それは」
「この本ですか?」

 神官長さんが私の手にしている古い本を見て目を見開いた。

「不思議ですよね。こちらに来た日の夜、いきなり手元に現れたの」

 本というより大学ノートだ。厚みはなく装飾もない、ただの薄茶色のノート。

だけど。

「ねぇ、歴代の連れてこられた人達、氷姫でしたっけ? ほとんどの人が狂い死んでるのは何故? ああ、男性もいたみたいですね」

 一見薄いノートは、初代氷姫の日記から始まる。読み終えていいはずの量なのに、次から次へと文字は終わらない。最初は何も考えず流し読みをしていた。むしろ所々に登場する姫呼ばわりを馬鹿にしていたが。

「ようは生きた道具」

もれなく私もだろう。

「ここに私の家族はいない。知り合いも職場すらない。あ、そっくりな人はいるけどね」

 その、そっくりさんを目指して一歩、また一歩と玉座に近づく。

「ナツ」

 数日間、世話になった男に言葉だけ投げる。

「私は、悪いけどデイジーさんじゃないから」

息を飲むような彼に満足した。

「無礼な! 捕らえろ!」

 社長そっくりの女は、大声で控えている兵に命令する。

 この声、ホント苦手だったんだよね。

「な、癒しの力だけではないのか?!」

 命令を受け向かってきた兵士達は、何かで殴られたかのように吹っ飛ばされた。いや騎士さんなのかな。もはや私にとってどうでもいいわ。

「そう。どうでもいいの」

 絨毯ではなく、影が映りそうなくらい磨かれた白い階段をゆっくりと上がる。

「よりにもよってなんと常識のない者がきたのか!下がれ!」

 ああ、私は、どうして今まで会社で自分を出さなかったのか。何故あんなにも上の人間にビクついていたのか。

カッン

 階段を上がりきった先の、必死で威厳を保とうとしている姿が憐れになってくる。

「玉座を渡す?」

──それとも。

「この世界をなかった事にしますか?」

さぁ、答えて?






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