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 蒸し暑い夜だというのにキッチリとした服に身を包み、栗色の髪をぴったりと撫でつけた兄は、相変わらず兄らしいというか、ようは隙がない。

「シェリー、来客の相手をするには時間が不適切じゃないか? それに来訪の連絡は聞いていなかったはずだが」
「お兄様、私が悪いのです。申し訳」
「謝るなら最初からするな」

 こうピシャリと遮られてしまうと何も言えなくなるわね。

 そういえば、いつから私は、お兄様に対して口を開く度に緊張しているのかしら?

家族なのに。

「ダグラス副団長、家族の話に入るのは礼儀に反すしますが、そのような言い方はないのでは?」

 お兄様の視線を遮るように立ち上がったラングレイ様の背は、広く頼もしい。

 いいえ、このままでは良くないわ。

「お兄様、ご存知の通り私には時間があまりないので話をさせて下さいませ。お咎めならば後程受けます」

 ギロリと睨まれたけど、ここで引き下がれば機会はないと意を決してラングレイ様より一歩前に出て兄の目をひたと見つめた。

「いつも影に隠れているお前が珍しい」

 また嫌味か。何か言わないと気が済まないのかしら。

あぁ、苛々する。

「私の存在がそんなに不愉快ですか?」
「シェリー?」
「無理をしてまで愛称で呼ばなくていいわ」

 正確には奥底に燻る気持がじんわりと漏れ出てきたような気分だ。

「魔力も大してない、容姿も特徴のなく強靭な体も持ち合わせていない私はこの家に相応しくないでしょう。自分が一番分かっています」

 昔の幼い記憶の中にいる兄はこんな貼り付けた表情ではなかった。

 意外とガサツで。でも、優しくて。

よく笑っていた。

「ただ、相手を傷つける言葉をあえて口にするお兄様よりはマシだと気づきました。ありがとうございます」

 あら?お兄様の口がヒクヒクとしているわ。それだけではなくて、何故か呆れた様子に見えるのだけど。

「言うようになったな。まぁ、魔力量なら、今なら同じくらいだろ」
「それは笑えない冗談ですわね」

 小さな頃から周囲から比べられてきた。それはもう影でコソコソと聞こえるように。

 三番目は出来損ない、地味、魔力も少ない、体の弱い落ちこぼれ。幼い子供が集まる茶会という名の大人達の探り合いの中で嫌というほど耳にしてきた。

「気づいてないのか?ついさっき、護りが壊れたようだが。ようやっと中身と外が安定したんだな。最初は違和感があるだろうが直ぐに馴染む。親父の商会の仕事、覚える気はあるか?」

理解が出来ないのですが。

「あの、そのお兄様の話し方が。それに私の護りとは、いったいどういう事でしょうか?」
「俺が好きで堅苦しい騎士をやってると思ってんのか?人脈作りの為にきまってんだろ。第一この騎士隊服からして、釦は多いし実用性に向かないわ首は苦しいわでウンザリだね」

 撫でつけた髪に指を差し入れグシャリと崩しながら襟のボタンを悪態をつきながは外していく姿に私だけではなくラングレイ様も固まっていた。

「俺の記憶が正しければ、魔力が安定すれば、この国の誰よりも風を自在に操れる。船で他国を回るウチにとってはとても良い。食に興味があるなら商団の船に乗れ。俺もそろそろ継ぐ準備をしていたから丁度よい」

商団の船に私が?

「時が来るまで魔力を抑える魔導具を母さんが付けたんだよ。赤子だから覚えてないだろうが。耳に無いだろ?」
「え?あっ、ないわ!」

 言われて初めて耳に銀の耳飾りが無い事に気づいた。

「その石のお陰で暴走しなかったようだな」

 顎で示されたのは、布に包んでおいたバラバラになってしまったブレスレット。

「俺もまだ引継ぎが途中だから今すぐではないが、悪い話じゃないはずだ。そいつが旦那になるとしたら家を空ける日も結構あるだろうし。一人で屋敷にいるより異国の食材や料理を見られるのは魅力的なんじゃないか?」

ちょ、何を言ってるの?

「私は、だから」
「だが、ラングレイ。近い将来、義弟になるかもしれないとはいえ、くれぐれも節度というモノを守って頂きたい。妹を怯えさせるのなら叩き出す」

 私の背後にいるラングレイ様を睨みつけ、言い放った兄の言葉に一瞬、これは現実なのかと疑ってしまった。

 格上のラングレイ様を相手に呼び捨てにするなんて。

「──なるべく、沿うようにはします」

 ラングレイ様は、別人のような兄の振る舞い、無礼な発言に対してニッコリ笑った。

いえ、目は笑ってないわ。

……なんだか急に寒気を感じるのは気の所為かしら。

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