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32.フランネルの後悔
しおりを挟む「並びにスノウ・ラン・ヴァンフォーレ様」
公の場に出たのは初めてであろう聖女の登場は、暇をもて余している金持ちにとってよい退屈凌ぎなのだろう。
「随分小柄ね」
「黒の髪なんて見たのは初めてだわ」
「少し気味悪いわね」
「若いな。可愛らしいじゃないか」
蔑むような声も聞こえたが伏せ気味だった顔を上げた瞬間、声は消えた。
何もかもを削ぎ落としたような表情は、幼さが残る容姿とはかけ離れていた。所作にも隙がない。
彼女の視線は、完全な拒絶。
小さく頼りないはずの存在が不思議と近寄りがたい。周囲の者達の大半がそのように感じたようだった。
だが、私は、彼女の顔を見て他の者達とは違う別の感情を抱いていた。それは、ヴィトを弾く姿を音を聴きこの気持ちを理解した。
それは、後悔だった。
最後の記憶よりは、身体つきはいくぶん良くはなったようだが。それはあくまでも表面的な面だけだ。
彼女は、何故こんなにも表情がないのか? 暗く深い闇の色を纏う姿に私は、手放した事をいまになって悔やんだ。
気になった瞬間、私は動いていた。
「先の褒美を下さるとの件ですが、スノウ・ラン・ヴァンフォーレ様との婚姻の許可を頂きたく」
祝いの場で失礼な行為だと理解した上で陛下に願い出た。陛下は一瞬、面白がるような表情をされた後、願いは受け入れられた。
次は本人だ。突発的に決めたようなものだ。嫌がられるのは想定していたが。
「ヒイラギ、話がしたい」
彼女に驚きと嫌悪を混ぜたような顔をされた。当然な反応だったが、思っていた以上に嫌われていたという事に寂しさを感じた。
また、私達にある種の雰囲気は全くないのを察した周囲は囁き始める。それだけではない。
「バース、離れろ」
ヒイラギの義兄となった彼とは若い頃、共に学んだ仲だった。対極まではいかないまでも違いすぎる性格は、逆に悪くない関係を築きあげてきたつもりだ。
だからこそ託したのだ。だが、何故ヒイラギの心は以前よりも更に悪くなっている。
笑いながら挑発する奴の本心は、私に対して本気で苛立っているようだ。それを知りつつも理解ができない。なにより身体を見せつけるように寄せる姿が気に入らない。
だが、彼女の呟いた声で膠着状態は終わりを告げた。
「本当に一瞬で転移ができるんだな」
バースは、腕の中から消えた彼女に驚いていた。ヒイラギは、ヴァンフォーレ家で転移はしていなかったのだろうか? いや、もしかしたら役目を終えた今、出来なかったのかもしれない。
私は、転移直前の彼女の顔を歪めた表情と言葉に嫌な予感がした。早く追わなければ。
あぁ。彼女は、まだ所持しているのだろうか。
胸元にある物を服の上から触り目を閉じれば、景色を感じとる。
すぐに場所を捉える事ができた。バースも楽観視だったが何かを感じたのか、考えを変えたようだ。
「何処だ?」
「城の上にいる」
意外そうな顔だ。それには私にも同感だが。とにかく今は、掴まえなければ。そんな私を彼は引き留めた。
「フランネル、婚姻は本気か?」
「私が、そんな冗談を言うと思うか?」
「思わないね」
力を抜いたバースは、いつもの顔に戻った。
「先に行けよ。直ぐ何名か連れて上に行く」
私は、陛下を仰ぎみれば退場を許すと言って頂けたので礼をとり直ちにヒイラギを追いかけた。
* * *
「なら戻してよ! 命を喜んで返します!」
久しぶりに会う相手。
私の寿命を渡した後、彼女から会いたいと一度だけ連絡が来た。だが、隣国との国境付近で小さいながらも見過ごすのは難しい出来事がありしばらく自分の屋敷には戻れなかった。
本人は、魔力を与えられて生き延びたと思っていたようだ。その考えのまま終わればいいと否定しなかった。
今夜、久しぶりに会う成長したであろうヒイラギには、穏やかに挨拶だけでも交わせればと思っていたのだ。
それが、どうだ。なんて状況なのか。
命を繋いだものは魔力ではないと知った彼女は興奮していた。
「ヒイラギ!」
掴まえた彼女は、予想以上に力があり手を放してしまった。彼女は、手を広げ柵のない外へ躊躇いなくそのまま落ちていく。
私は、追った。
ヒイラギは、それを見て瞳を目一杯広げていた。私はこの時、こんな場面でもその表情を見て嬉しくなった。
それは、やっとヒイラギとまともに目が合う事が出来たからだと後で気づいた。
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