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26.私は、最後の仕事に取り掛かる
しおりを挟む「おかしいな」
弾き終えたのに目の前のヴィトには何の変化もみられない。
いつもなら、すぐに鍵へと変わるのに。悩む私に蝶々さんが近づいてきて言葉が流れ込む。
『まだ 思い 足りない』
足りない。何がなんだろう。曲は絶対これのはずなのに。
「私が、音を外したからかもしれない」
隣に座っているフランネルさんが呟いたので即座に否定する。
「いいえ。違いますよ。確かに一ヶ所音をはずしましたけど、そのせいじゃないです」
「だが」
この曲は、一時期テレビでとても流行り、六花と音を拾って連弾にアレンジしたものだ。当時は私も六花もハマりずっと弾いていた。昨日だって久しぶりにヴィトで。
あっ。
「何か、分かったのか?」
フランネルさんに頷きで返し、お願いした。
「すみませんが、もう一度同じ曲を付き合って下さい」
「それは構わないが」
「フランネルさんのせいじゃないです」
やはり自分のせいかと目で問われたので首を振り否定した。
「違っていたのではなく、足りなかったのかもしれない。だから今度は上手くいくと思います」
私は、鍵盤に手を置くと隣のきっとミスをしないようにと慎重になっているであろう彼の視線に自分が入るように身を乗り出した。
「この曲、子供向けなんです。未来を感じるような、願うような弾む曲調でしょう? だから」
季節は夏のこの曲を、六花と弾いて踊ったシーンを思い出しているうちに自然に口が上を向く。
「フランネルさんも楽しんで下さい」
試験でも発表会でもない、ただ楽しむ。ちょっと音を間違えたからって関係ない。
緋色マントさんは、目を少し見開いた後、私の手の近くに寄り添うように手を鍵盤に置いた。
二回目は、合図もなく自然に始まった。さっきと同じ曲だけど違うのは。
私は、歌った。
隣で少し驚いたような気配を感じた私は、手も歌も続けたまま、自分より頭1つ、いや、もう少し上にあるフランネルさんを見れば、一瞬視線が絡んだので、笑いかけた。
六花と歌った時に感じた同じ思いを。
フランネルさん、何かを誰かと一緒にするのは、時には憂鬱な時もあるけど、とても楽しい時もありますねと伝えたくて。
視線は直ぐに外され、彼は弾くことに集中した。でも、聞こえた。
「そうだな」
そう彼は、囁くように言った。この気持ちが彼に伝わったんだ。
凄く嬉しい。
この楽しい時間が、ずっと続けばいいのに。そんな願いは叶うはずもなく、ほどなくして曲は終わった。
「あ、できた!」
ヴィトや二脚の椅子は、消え去り代わりに私の目の前には鍵が現れた。
「とても綺麗」
トロリとした黄金色の鍵の上部は、とても美しいラインでリーフを模し緑の光る石がはまっいる。それは今、首から下げているヴィトのある部屋の鍵と同じデザインだ。
それだけじゃない。
下に視線を向ければ、差し込む鍵の先はまるで蝶々さんの羽にそっくりな形。
私は、鍵を掴むと側にいてくれたフランネルさんにまたお願いをした。
「これは、私が一人で閉めます」
この数日間、一緒に作業をしたのに何故と水色の目は静かに伝えてきた。
「多分、一番重要な鍵です」
という事は、周囲にも何かしら影響が出る可能性が高い。
「なら、何故?」
一気に険しくなる顔。綺麗なイケメンだけに凄みがある。
「フランネルさんは、素の保持力が高いんですよね? 私の回りに防御できるような技を持っていますか? その力で外に街の人や建物に影響をだしたくないから、私を囲って欲しいんです」
手にしっくり馴染む鍵は今までで一番美しく、また強さを感じる。
周囲にも影響がでるかもしれないのは、転移した時に彼より理解していた。
今までは、平原や遺跡みたいな人気がない場所だった。だけど今回は街の中心部。避難だけじゃ駄目だ。
ならば、私ごと包んでもらう。
彼を見上げれば、やはりそういう方法を知っているようだ。
「蝶々さん! よろしく!」
蝶々さんに呼び掛けた瞬間、フランネルさんは、見えない何かに軽く弾き飛ばされた。
「ヒイラギ!」
彼の抗議の声に初めて会った時も、こんな大声をだされたなと思い出した。
『待ちなさい!』
確かフランネルさんにそう言われた。
あの時よりも、緋色マントさんの表情を容易に読み取れる自分に笑ってしまう。
今の彼の顔は、とても心配そうだ。でも、入れてあげない。
「最後くらい、カッコイイ終わりにしたいじゃん」
『ヒイラギ 開く』
「了解! せーのっ!」
これがホントの最後だ。
私は、蝶々さんの言葉で掛け声と共におもいっきり鍵を振り下ろした。
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