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14.真夜中に起きてしまえば
しおりを挟む「あぁ、病み上がりというかまだ復活してないのに。胃腸までやられそう」
あの後、急に頭痛がすると騒いで副団長さんとの会話を強制終了させてからの真夜中の現在。
流石に数日間寝たままで精神的には疲弊していても寝付きが悪くなっている。
「昼間に会った副団長さん、モリオンって確か魔除けとか言われているいわゆるパワーストーンだっけ?」
真っ黒な髪に僅かに茶色の鋭い眼差しに相応しいガッチリとした体型に暗いグレイの軍服。
「まさに副団長さんに相応しい名前。あ、でも」
カチューシャをしているのかと聞きたくなりそうなピンッと立った耳とユラリと動く尾のお陰でほんの少し可愛いな。
「いや、違う!」
私は、特に対象者とは恋愛モードに入りたくないし、今の私はまだ13歳である。
というかそれどころではない。
「まず、ペリドールがショックを受けた原因と健康な体に変えていく事が重要だわ」
私の上体は、何回か試した結果、やはり意識をぼんやりさせるとペリドールとしての話し方や態度を問題なくこなせる。正直、私がペリドールとしての地頭が不足しているのか不明だけど、子供の頃の記憶は、あるのだ。
「となるとやはり転生なのか。副団長さんが、お姉さんの書いた日記のような物を今度見せてくれると言っていたし、何か参考になるといいな」
あまり期待はしていない。
「だって、期待してからの落差がしんどい」
葉月としての自分が強すぎて体の奥底にもう一人の感情が湧き出てくる度に不快ではないけど、いまだに戸惑う。解決策があればなとは思っているけど。
「だからって混じりたいかと聞かれたら微妙なんだよね」
あぁ、凡人に難しい話が分かるわけないじゃない。
「水でも一杯飲んで日記でもつけるか。あ、あれ?」
ベッドサイドに置かれていた水差しからグラスに並々と注いで、なんとなく小さなバルコニーの方へとふらりと足を向けた。
「なんか動いてる?」
庭には誰かいるらしく、規則的な動きをしている。どうやら泥棒ではなく、剣の稽古をしているようだ。
「えっ、距離があるのに気づいたのかな」
魔法石の灯りが灯る庭にいた一人の動きがピタリと停止したのだ。
「消えた」
いたはずの場所が暗い。手で持つタイプと思われる明かりもない。絶対いたはずなのにと無視意識に身を乗り出していたら。
ガサッ
「ペリィ、寝れないのか?」
「ぎゃ、フゴッ」
目の前に兄のジェードのどアップが現れて思わず声を上げそうになれば、口を塞がれた。
「モゴッ」
「そんな声をだされたら、皆が起きちゃうだろ。あ、悪い」
口を塞ぐのは、百歩譲ったとして鼻も塞がないでよ。幸い目の訴えで気づいたらしい兄は、私の口から手を離した。
「はぁ、死ぬかと思った。というか、いきなりニ階上がってくるなんて信じられない」
外で話をするわけにもいかず、部屋に入ってもらったけど。
「剣の稽古をそんなに熱心する必要があるんですか?」
「あちぃ~。なんか寝れなくてさ。どうせなら時間を有効に使いたいじゃん」
シャツをパタパタと仰ぎながら兄とはいえ真夜中に侵入してきたにしては、真面目な回答だった。
「喉乾いたー、あ、飲まないならくれよ」
「ちょ、それ使ったコップ」
止めるまもなくジェードは使用済のコップに水を注ぐと一気に飲み干していく。
薄明かりの中で飲み込む音とそれにより動く喉。まだ高校生な兄の身体の線は、鍛えていても成長過程のせいか細い。でも、マジマジと至近距離にいる兄は。
「ペリィ、入れなおしてもらえよ。この水、ぬる過ぎる」
デマントイドとは違ってガサツなんだけど実は結構面倒見が良く親しみやすい。
「きれい」
「あ?」
ジェードが、此方を向き顔をしかめたので、私は口に出していたらしい。
「綺麗?何がだ?」
「いえ、その」
距離を詰められると、既に身長差がある為見下される感がすごい。
「……ジェードお兄様が綺麗だなと」
いい言葉が見つからず、そのままを伝えたら。
「あのな、それは褒め言葉にならないぞ。それを言うならペリィだろ。ホント変わったよな。見た目はちびのままなにのに」
チビ言うな。努力で変えられない事を言われてもイラッとするだけなんだぞ。
「ちょっ」
「表情が明らかに違う」
ジェードが、私の髪を雑に手で梳いていく。
「このまま、チビで生意気な妹でいろよ」
その意味深な言葉に、思わず固まった。
一房、兄の手に残った髪に薄い唇が触れた。一瞬の行為なのに長いと感じたのは何故だろう。
「寝れなくても横になれ。身体は休まる」
影ができたと思ったら、おでこに何かが触れた。それもすぐに離れ、髪もスルリと長い指から開放された。
「あ、ちょっ、ここニ階!」
「こんな時間に部屋から出たほうがヤバいだろ」
「お休み、ハズキ」
剣を握ったまま、柵を跨ぐかのように身軽に体を浮かすとバルコニーの外へ消えた。
『ハズキ』
「……名前、初めて呼ばれた」
ふと、横にある姿見を見れば、私の顔は薄暗い中でも分かるほどに真っ赤だった。
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