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9.私に会いたい?
しおりを挟む「え、私に会いたい?」
「ああ。それより、なんだそれ?」
兄のジェードが、私のお皿に置かれたおやつを指さした。
「蒸しパンとクッキーです」
「いや、それは見ればわかるが色が酷くないか?」
この世界でお菓子といえば、甘いが常識である。だがしかし、糖分過多は身体に悪い。特に胃腸が弱いペリドールには良いとは言えない。
「甘さを抑え芋や野菜をいれて作ってもらった試作品です」
私だってお菓子は食べたい。そこでまず甘さ控えめ、かつ少量からトライし始めた。
「どうぞ」
「俺はいら」
「美味しいですよ」
生姜クッキーは癖があるので蒸しパンを兄の口元にズイッと出せば、反射的なのか身体が少し反り返った。でも好き嫌いはないと事前に調査済の為、ニッコリ笑いかけ更に腕をめいいっぱい伸ばせば。
ハムッ
「どうですか?」
圧に負けた兄は、齧った。
「味は薄いが……悪くない」
ガサツな感じの兄だけど、口の中を空にしてから話す様子は、やはりぼっちゃんだった。
「もう一口くれ」
「え?」
齧らせたものの、この食べかけをどうしようかとじっと蒸しパンを見ていたら、腕を捕まれグンッと引かれた。
バクッ
「わっ」
「ん? ああ間違って食わないから安心しろ。しかし不思議とあとひくな」
さっきよりも豪快にかぶりついてきたので、ジェードの唇と私の指が触れ合う寸前で、思わず声を出せば、なにやら違う。
「食べ残されても困るので残りも責任持って召し上がって下さい!」
「ん? くれるのか?」
ぺろりと唇を舐めながら、今度はちゃんと手で蒸しパンを受け取ってくれた。
うー、こういう交流は慣れてないから苦手だなぁ。しかも至近距離にいる我が兄の顔はパーツの収まり具合といいイケメンだ。
「で、話の続きだが明日にでも来たいと言っているんだけどアンデシンに会ったのは、この前が初めだよな?」
「はい」
夕焼け色の攻略対象者。
「アンデシン・ロルバーン、クラスは騎士科だが俺と同じ学年で、なおかつ向こうのが格は上だ」
この世界にも貴族階級に似たモノがあるけれど、どうやら身分差はそこまで激しくない。
「ロルバーン家。武術に秀でた家なのですよね」
優秀な騎士を輩出する〇〇家など、王家に遣えるうえで各分野に秀でた者達を長く輩出している家は歴史も古く周囲からも一目置かれており、ようは力があり優良物件となる。
いや、私は嫁にも行きたくないし、婿もとりたくない。
「正直、病弱なペリドールと接点を持っても向こうに利点はないはずなんだが。いや、アンデシンはイイヤツだが」
私の悪口ですかね?
「悪口を言いに来ただけなら食べた蒸しパンを返して下さい」
「もう食ったもんは無理だろ」
ジトリと睨めば、焦る兄。ペリドールとしては兄なんだけど葉月としては、まだまだ若く幼い部分は可愛いと感じてしまう。
「あの、それでわざわざ学園の試験が近い時期に私に会いたいだなんて、何故でしょうか? あ、もう私のおやつなのに!」
ジェードが、ジンジャークッキーをヒョイと口に放り込んだので注意すれば。
「なんか……これは微妙」
「勝手に食べて文句を言わないで下さい!」
だから試食させなかったのに。
「ん?でも後味は甘ったるさがなくていいな。それで会いたい理由だが、大切そうな品を預かっているから直接返したいって。ペリィ、何か貸したのか?」
貸してないわよ。
「あ、まさか」
「おいっ、いきなり走ると転ぶぞ!」
まだ一口も食べていない蒸しパンを放置し、二階にある自室へと走る。
「あの日は何枚使ったかな」
最近は魔法を以前より上手く使えるようになったので、今後の課題や注意点など書いた紙を必ず保管せず燃やしていた。
念には念をと書いた、すなわち燃やした紙の枚数を日付の下に印をつけているんだけど。
「書いてない」
その日だけ白紙だった。確か、とてつもなく疲労感を感じてベッドで即寝した日だった。
「やっちゃったかも」
いやいや! 何を書いたかによるよね!
あの日の私は、どんな内容を考えていたのか?
「……駄目だ。全く思い出せないよ」
そこまでヤバいモノではないはず。でも、気にはなる。
あぁ。
「なんて抜けているペリドールと私なの!」
* * *
「今日は。ペリドール嬢」
「ごきげんよう。アンデシン・ロルバーン様」
気になりすぎた結果、再び夕焼け青年と会う事になった葉月は、ぎこちない挨拶で彼を家に招いたのだった。
さて、どうなる事やら。
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