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第四話 【僕は文章が書けない/前編】 田辺雪彦 著
しおりを挟む「日本では乞食でも新聞を読める」
昔から有名な話だ。日本人の識字率は高い。読めることは当たり前。
だけど話すことになるとぐっと精度が落ちる。「シャイだ」なんて誤魔化すがそんなレベルではない。何かもとからそういう能力が欠けているのではないかと思う。日本人は話せない。私語はべらべら話すが、不特定多数に向けて話す言葉を持たない。
よく喋る転校生がやってきた。
隣の席の藤沢と意気投合したらしく、休み時間になれば休む暇もなくずっと喋っている。藤沢があんなによく話す奴だったのも意外だった。決して寡黙ではないが、話しかけられたら答えるとか用があれば声をかけるとか、そういうタイプの人間だと思っていた。
転校生(セナと呼ばれている)が話していると男子も女子も集まって来てあっと言う間に人だかりができる。大した人気者だ。
転校生は誰彼構わず「物語を書け」と勧めてくるらしい。都市伝説の化け物みたいだが本当の話だ。
読めるからって書ける訳じゃない。きちんと話す人間がどれだけいる。ましてや書く能力なんて持ってる人間はそうそういないんだ。
どれだけ読むことができても、どれほどの知識があっても、自分が書くことは別だ。
「その本面白かった?」
手元が陰になって頭上から声が降ってきた。転校生だ。
「……そんなに」
「ふうん」
転校生は首を傾げて真顔のまま重ねて質問をしてきた。
「どんな風に面白くなかったの?」
面白くなかった理由?面白いところがなかったんだよ、なかったものをなんて言えっていうんだ。何なんだおまえは面倒くさい奴だな。
「雪彦くんは…」
いきなり名前を呼ばれてぎょっとした。何か考える前に僕は半ば怒鳴っていた。
「僕は書かない…!」
盛り上がっていた教室が一気に水を打ったように静まり返った。僕は書かない、書けるわけないじゃないか。喋ることだってこの体たらくなんだ。うわずって掠れた自分の声が耳に焼き付いて離れない。声を出してないからそうなるんだ。死にたい、恥ずかしい、馬鹿みたいだ。勉強だって運動だってできない訳じゃないからあからさまに馬鹿にされることはないが、絶対あいつ等思ってるんだろうな。暗い。オタクっぽい。コミュ症。
友達になりたくない、って。
実際僕には友達がいなかった。よしんば友達だったとしてろくに会話もしたことがないのにどうやってそれを確認する?
漫画だったらこういう登場人物はこのまま席を立って帰るんだろうな。そんな甲斐性のない僕は腫れ物に触れるような気持ち悪い空気の中授業を最後まで受け終えて、その日は日課の図書館にも本屋にもよらずまっすぐに家に帰った。
まっすぐ家に帰った後の時間は地獄みたいに長かった。
読み終えた本をもう一度読み返す気にもなれず、長いだけの時間の中でただ息をして耐えた。
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