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第四章 料理と仕事

キラービーの討伐と間抜けなガーランド

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 カルシェ村に「転移」してきたと同時に、コリンさんから「念話」が入った。

『おはようございますタカシさん。コリンです』

『はい、おはようございます。どうかしましたか?』

『カルシェ村のお風呂屋が完成したので、お湯の出る魔法の付与をお願いしたいんです。カルシェ村の女性達が、お風呂屋に殺到していまして⋯』

 お風呂屋の完成が楽しみだったんだな。
 だがカルシェ村のお風呂屋用の俺の石像には、すでにお湯の魔法を付与してある。

『ニールさんに頼まれて、魔法の付与はしてあるので、魔力を込めたらお湯が出るはずですよ?』

『そうだったんですか? すみません、知らなかったもので⋯』

『いえいえ。使い方は東区のお風呂屋と同じですから、早速お湯を出してあげてください』

 ニールさんが言うのを忘れていたみたいだ。
 みんな早く入りたいだろうから、一応お風呂屋へ向かうか。

 お風呂屋に着くと、カルシェ村の人達がたくさん居た。
 カルシェ村の住人は、だいたい40人くらいだが、男女比は同じくらいで、ハーフエルフも何人か居る。

「あっ、タカシさん。お風呂屋をありがとうございます♪」

 アミさんが嬉しそうに話し掛けてきた。
 お風呂屋を楽しみにしてくれていて、俺も嬉しくなる。

「様子を見に来たんだ。お湯はもう出るから、ゆっくり浸かって」

 確か洗髪液や髪油も置いてあるはずだ。

「そうなんですか? ありがとうございます♪」

「洗髪液や髪油もあるはずだから、遠慮なく使ってね」

 そのまま男湯の脱衣場に入ると、エアコンが効いていた。
 風呂場を覗くと、ライオンの石像からお湯が出ていて、丁度お湯を張っているところだった。
 シャワーヘッドも設置してあって、綺麗なお風呂屋が完成している。

 女湯の方も気になるが、覗く訳にはいかないので、アミさん達の牛舎に向かう。

 牛舎に入って奥の納屋に向かっていると、牛がモーモーと鳴きだして俺を見てきた。
 なんだ? お腹でも減ってるのかな?
 だが餌の干し草は牛の目の前にたくさんある。
 酪農の知識が無い俺ではよくわからないので、とりあえず牛の頭を撫でてみると、嬉しそうにモーモーと鳴いて、俺の手に頭を擦り寄せてきた。
 よくわからないが、俺に懐いてくれているみたいだ。

「あっ、タカシさん。牛と仲がいいんですね。馴れていないと、あまり懐く事は無いんですが⋯」

 奥に居たマリーさんが、俺と牛を見てそんな事を言ってきた。
 牛に好かれる能力でもあるのか俺は。

「そうなの? 俺もよくわからないけど、懐かれて嫌な気はしないね。たくさんお乳を出してくれよ」

 そう言いながら撫でると、隣の牛もモーモーと鳴きながら俺に撫でて欲しそうに見てきたので、今度は隣の牛を撫でる。
 何故かわからないが、俺が撫でると牛が喜ぶみたいだ。
 この牛舎には牛が5頭居るので、全ての牛を撫でて回っていると、マリーさんが微笑ましい表情で俺と牛を見ていた。

「マリーさんは、お風呂屋へ行かないの?」

「あっ、アミが帰って来たら交代して行きます。あの⋯納屋を改装してもらって、ありがとうございます」

「納屋に匿うのは心苦しいし、セドム村の家屋と差がありすぎるからね。それにまた拐われてしまった人が居たら、今度はここにも匿って欲しいから、遠慮は要らないよ」

 牛の世話をしているマリーさんといろいろ話していると、今ここに居る牛は牛乳を搾乳するのが主な牛で、丁寧に世話をすると1日15リットルくらいの乳が出るので、5頭で75リットルも採れるらしい。
 それを毎日カルシェ村のみんなで分けても、60リットルくらいは余るので、街に売りに行ったり、バターやチーズにしたりしているという。
 乳牛って、1日15リットルくらい乳を出すのが普通なのかな?
 もっと多かった気がするんだが⋯。

 この牛舎に居るのは白と黒の模様のよく見る牛で、年老いて乳の出が悪くなる頃には寿命で死んでしまうので、そうなったら肉として食べるらしい。
 食肉用の牛は茶色の毛並みの牛で、以前は違う牛舎で何頭も「繁殖」と「肥育」をしていたが、魔物に食べられてしまって、今は2頭しか居なくなってしまったらしい。
 でも俺やミーシャ達が魔物を討伐したので、残りの2頭から繁殖させて数を増やしていくという。

「セドム村でバッファローの畜産をするつもりなんですが、カルシェ村でもやってみませんか?」

「バッファローの畜産というのは聞いた事ないですが、タカシさんのお勧めなら、やってみたいと言うカルシェ村の住人は多いと思います」

 マリーさんとアミさんは、この牛舎の乳牛の世話や、バターなどの製造で手一杯なので無理らしい。
 乳搾りも手で搾るから、それだけでも重労働だろう。
 牛の畜産というのは、餌の用意や糞の掃除やら、搾乳した牛乳を売ったり加工したりと忙しい。
 女性2人で5頭の乳牛の世話をするのは、かなり大変だろう。
 搾乳する道具や、チーズやバターを作るのに必要な道具が作れないか考えておこう。

 そのまま牛舎の奥へ向かい、納屋の改装の様子を見に行く。

「お疲れ様です、みなさん」

 中には改装工事をしている社員のベンさんとコリンさん、あと4人の作業員が居た。

「「「お疲れ様です、タカシさん」」」

「改装工事の方は、昼過ぎくらいに終わると思うので、また魔法の付与をお願いします」

「相変わらず仕事が速いですね! 俺にとって、みなさんに出会えた事は運が良かったと思います」

 こんなに仕事が速くて、俺の拙い説明で希望通りの仕事をしてくれる職人を使っている事に、改めて感謝の気持ちが湧いてくる。
 俺がエッチしている間も、コリンさん達は朝早くから仕事をしてくれていたんだな。

「タカシさん⋯。タカシさんに出会えて、俺達の方が幸運ですよ!」

「俺、タカシさんに出会ってから、仕事をするのが楽しくて仕方ないです!」

 コリンさんとベンさんが、少し感激した感じで言ってくる。
 お互い持ちつ持たれつ⋯⋯な筈だが、みんなが働いている時に、俺だけエッチしていたから、後ろめたさを感じてしまう。
 だが納屋の改装が終わったら、サムさんの屋台や、ホロリ鳥の鳥小屋、リカさん達のお店なんかを建築してもらわないとな。

「ジョーイ社長は、図面の作成と打ち合わせでしばらく忙しいと思うので、臨時の作業員さん達の次の仕事に必要な物を作ってもらえますか?」

「はい。親方が1週間くらいは掛かるって言っていたので、仕事を頼んでもらえると助かります」

 周りの作業員が、今の話を聞いて凄くワクワクした感じになった。
 改装はほとんど終わっているようなので、エアコンや水道などの魔法を付与していく。
 オナニー部屋も少し豪華に作ってあるので、「防音」や「洗浄」などを付与した。
 アミさんとマリーさんに、オナニー部屋の説明をしないといけないが、やはり少し言い難いので、「念話」でエリダさんに相談すると、アミさんとマリーさんにも説明したので、部屋を見ればわかると言われた。
 しかしよく考えたら人間男性の俺が、女性がオナニーする為の専用の部屋を作ってあげるって、正直俺はどう思われているんだろう。
 単純にみんなが喜んでくれると思って、あまり深く考えなかったな。
 まぁミーシャ達が引いたりしてなかったから大丈夫だろう⋯⋯たぶん。

『タカシさん。アイリスです! 今大丈夫ですか?』

 コリンさん達と打ち合わせをしようと思っていると、アイリスから「念話」が入った。
 少し慌てているようだな。

『大丈夫だよ。何かあった?』

 話の途中だが、俺は改装中の納屋から外へ出て、アイリスと「念話」で話す。

『さっき王都のギルドから連絡が入ったのですが、北区にキラービーが現れて、大騒ぎになっているそうです。ギルドに依頼が来たのですが、討伐に向かった冒険者が刺されたりして、なかなか討伐が進まないようなので、タカシさんにお願いできないかと⋯⋯』

 キラービーって、たぶん俺がガーランドの屋敷に「転移」させたヤツだな。
 ヤベッ! ガーランドが刺されて欲しいって事しか考えてなかった。
 それに蜂だから、ちょっとした悪戯程度に思っていたが、魔物化したクマバチだから危ないな。
 ユナが、「大群に襲われたらどうしようも無い」って言っていたし、普通の冒険者に大群の討伐は無理か。
 でも王都なら、Sランクの冒険者や魔法使いも居るだろう。

『極秘情報ですが、ガーランドも刺されて寝込んでいるそうで、キラービーの毒に効く薬を探しているようです♪』

 アイリスが少し嬉しそうな声で言ってきた。
 ガーランドも刺されたのか! 狙い通りで俺もちょっと嬉しい。
 だが俺のせいでガーランド以外の人に被害が出るのは不味い。

『わかった。王都のギルドで依頼を受けてから、すぐ討伐に向かうよ』

『はい、お願いします。個人的にお願いしてしまってすみません。王都には知り合いも居ますし、キラービーは増えるのが早い魔物なので⋯⋯』

『いや、気にしなくていいよ』

 自分のせいだから、気にされると罪悪感しかない。
 早く行って討伐してしまおう。

 俺は改装中の納屋に戻って、ギルドの依頼が入った事をコリンさん達に言って、サムさん達の仕事に必要な物を作ってもらうのに、金貨300枚を渡した。
 屋台や鳥小屋、リカさん達の飲食店などは、実際に働く人に造りやデザインを任せた方がいいと思うので、後は相談して決めてもらう事にして、俺は王都近くの森に「転移」した。


 冒険者らしく鎧を装備した方がいいと思うので、森で軽装鎧を装備して、ギルド近くの人が居ない場所に「転移」した。

 そのままギルドに入って行くと、職員や冒険者が慌ただしい感じで集まっていた。
 予想より大騒ぎだな、これは。
 だが俺がカウンターに近付くと、ハーフエルフの女性職員が、全員俺を見つめてきた。
 この軽装鎧の効果かな? 少し欲情したような表情だ。
 でも王都のギルド職員だから印象が悪い。
 中にはアイリスのような理由で職員になったハーフエルフ女性も居るかも知れないが⋯。
 いや、アイリスのように冒険者を軍隊へ勧誘する成果を上げていないと、遠くの街のギルド勤めになってしまうだろうから、全員軍隊に忠実な部下と考えるべきだな。

 カウンターで詳しい話を聞こうと思ったが、ふと思い止まった。
 別にギルドで依頼を受けなくてもいいな。
 アイリスに頼まれたから勘違いしていた。
 討伐報酬を貰えるだろうが、元々俺が原因だから、報酬を受け取ると自作自演の詐欺になってしまうし、ギルド職員に俺が使える魔法の事を知られない方がいいだろう。

 俺がギルドから出ようとすると、何人かのギルド職員が俺を呼び止める声がしたが、そのまま外へ出た。
 よく考えたら、前に「俺の跡をつけて来たら、2度と指名依頼は受けない」と言ってあるので、依頼を受けてやる事はない。

 ギルドから少し離れて、「探索魔法」でキラービーを探すと、当たり前だがガーランドの屋敷近くにたくさん居た。
 キラービーの数は、流石にまだ増えていないようだが、南区の方に3匹向かっている。
 北区の住人は家の中に隠れているようで、外を歩いている人は居ないみたいだ。
 都合がいいので、南区に向かっている3匹の所へ「転移」して、すぐに「拘束」と火魔法で焼き殺した。

 次にガーランドの屋敷近くに「転移」して、周りの屋敷の庭に居たキラービー2匹を「遅延」と仕込み刀で斬り伏せて収納した。
 あまり魔法を使っているのを、北区の住人に見られない方がいい。
 家の中から見ているかも知れないしな。

 ガーランドの屋敷に居るキラービーをどうするか⋯。
 もうガーランドが刺されたらしいから、討伐してしまうか。
 でないとまたキラービーが出てくるだろうし、放置していたら数が増える。
 ガーランドは助けたくないが、俺の安易な悪戯心のせいで、王都の善良な住人にまで被害が出るのは避けたい。

 一応「透明」の魔法を使ってガーランドの屋敷に歩いて行くと、門番も居なかった。
 キラービーがたくさん居るから、傭兵の奴等でも外に出られないんだな。
 キラービーは俺が思っているより厄介な魔物みたいだ。
 しかしみんなに怖れられているガーランドも刺されたって事は、やっぱり怪力ってだけで弱いんじゃないか?
 もし魔法が使えるなら、キラービーくらいに刺されたりしないだろう。
 寝込んでいるらしいから、ちょっと様子を見てやるか。

 無人の門からガーランドの屋敷の庭に入ると、短小包茎クソオヤジのイメージからは想像できない綺麗な庭が広がっていた。
 北区の屋敷だから庭師が居るんだろうな。
 よく手入れされている感じで、花壇にたくさん花が咲いているから、キラービーは花の蜜を吸っているようだ。
 魔物化しても蜜を集める習性があるなら、また蜂蜜が採れそうだな。
 とりあえずキラービーが他の屋敷に行くと面倒なので、「この屋敷の庭に居るキラービー」と対象指定をして、目の前の花壇にキラービーを「転移」させた。
 俺の軽装鎧には、「消臭」の魔法と、「防壁」の魔法が自動で発動するように付与してあるので、不意に刺されそうになっても大丈夫だ。
 また「拘束」と火魔法で討伐しようと思ったが、討伐した証拠がないと王都の住人が安心できないだろう。
 一応ギルドに死骸を持ち込んで、もうキラービーが王都に居ない事を伝えてもらおう。
 俺がキラービーに「拘束」の魔法をかけてから、剥ぎ取り用のナイフでキラービーの頭を刺して収納していると、「念話」が入った。

『タカシさん! ハイデルベルクです! 聞こえますか?』

 ハイデルベルク社長も慌てているみたいだから、たぶんキラービーの事だろう。
 俺のせいでいろんな人を不安にさせてしまっている事に、かなり罪悪感が湧いてくる。

『はい、聞こえますよ。キラービーの事ですか?』

『は、はい! 会社に来られる場合は気を付けてください!』

 俺を心配してわざわざ連絡してくれたのか。

『今キラービーを討伐しているんですが、社長達は大丈夫ですか?』

『そ、そうなんですか!? 私達は大丈夫ですが⋯⋯』

『なら良かったです。討伐し終わったら連絡しますから、一応外に出ないでください』

『はい!』

 みんな印刷の仕事をしているから、仕事が終わるまで外には出ないだろう。
 庭に居たキラービー13匹を全部討伐して収納したので、ガーランドの屋敷の中に「転移」した。
「消臭」の魔法を付与しているから、まず気付かれる事は無いだろう。
「探索魔法」でキラービーを探すと、屋敷の1ヶ所にたくさん居るのがわかった。
 この部屋に閉じ込めているようだな。
 数匹逃げ出したとしても、大群じゃなければ傭兵が討伐しているんだろうな。
 俺はキラービーがたくさん居る部屋の中に「転移」した。

 この部屋は衣装部屋のようだな。
 趣味の悪い貴族服がたくさんあるし、クローゼットらしき扉もある。
 部屋の隅の壁には、また軽自動車くらいの巣が出来ていて、キラービーが群がっている。
 だが窓の1つにヒビが入っていて、よく見ると丁度キラービー1匹分くらい欠けていた。
 ここから外に出て、花の蜜を集めに行っているんだな。
「探索魔法」で数を確認してみると、女王蜂を含めて33匹居るのがわかったが、すでに蜂の子も巣の中にたくさん居る。
 俺がガーランドの屋敷に「転移」させたのが51匹だから、さっき討伐したのと合わせると、これで全部だな。
 一応「探索魔法」で確認すると、王都にキラービーは居なかった。
 王都中に被害が広がらなくて安心した。
 
 俺は巣の中のキラービーを女王蜂も含めて目の前に「転移」させ、「拘束」の魔法をかけて頭を剥ぎ取りナイフで刺して収納した。
 それからまた巣の中の蜂蜜とローヤルゼリーとハチノコを、空き瓶の中に「転移」させて収納する。
 前にユナが言っていたから、巣も収納しておくか。

 よし! これで大丈夫だな。
 ついでに少しガーランドの屋敷を探索してみるか。
 その前にハイデルベルク社長へ連絡しておこう。

『ハイデルベルク社長。王都に居たキラービーは、全て討伐したので安心してください』

『えぇ!? あっ、はい。ありがとうございます』

『詳しい話はまた今度。お仕事、頑張ってください』

 要件だけ伝えて「念話」を切り、衣装部屋の扉を開けて廊下に出た。
 ガーランドは⋯⋯屋敷の奥の寝室に居るな。
 ガーランドがどんなヤツか、1度確認しておくか。
 寝込んでいるなら大丈夫だろう。
 そのまま歩いて寝室へ向かい、扉を「転移」で越えて中に入ると、バーコード禿げの中年オヤジがベッドで寝ていた。
「鑑定」すると、「ガーランド 人間 男 48歳 魔法種無し 魔物毒」と出た。
 やはりコイツか。
 中年太りで脂ギッシュな、いかにも欲深い顔つきだ。
 ユナ達や、拐われていたみんなの事を考えると、めちゃくちゃ怒りが湧いてくる。
 キラービーの毒で苦しそうだが、まったく気の毒に思わない。
 長く苦しめばいい。
 エリダさん達に比べたら、まだ軽い方だろう。

 エマちゃんの泣き顔を思い浮かべると、軽く殺意が湧いてしまったが、少し冷静に考えよう。
 思い付きで行動すると、今回みたいになる事もある。
 周りに誰も居ないし、「透明」だからバレないと思うが、よく考えたらギルドにキラービーの死骸を持ち込むと、俺がガーランドの屋敷に忍び込んだとバレるな。
 また考えが足りなかった⋯。
 う~ん、どうするか。
 やはり依頼を受けるべきだったかな?

「ううっ! はぁ⋯はぁ⋯ふごっ!」

 とりあえずもうキラービーを討伐してしまったから、今更どうしようもない。

「ん~! ふぅ⋯はぁ⋯ブヒッ!」

 別にキラービーの死骸をギルドに持ち込まなくてもいいかな?

「ブヒッ! ンゴゴッ! う~っ、はぁ⋯」

《うるさいっ!》

──バキッ!

「あがっ! い、痛い! 頭が痛い!」

 どうしようか考えている時に、寝込んでいるガーランドが鬱陶しく寝言を言うので、イライラして殴ってしまった。

「ううっ⋯殴られたように頭が痛い。薬はまだ手に入らないのか!」

 どうやら俺が殴った事には気付いていないようだ。 
 アホだな。
 間抜けなガーランドを見ていると、枕元にある紐を引っ張り、金色のベルを鳴らしだした。

──チリンチリン♪ 

 意外にいい音だな。
 風鈴とか作ったら流行るかも。
 などと呑気な事を考えていると、ハーフエルフの傭兵らしき男が寝室に入ってきた。

「ガーランド様、お呼びでしょうか?」

「頭が痛い! はぁ⋯はぁ⋯薬は、まだ手に入らんのか!」

「キラービーの討伐と同時にギルドへ依頼しているのですが、未だに手に入らないようで⋯」

「クソッ! 氷を持って来い!」

「はい!」

 傭兵は返事をして、慌てて出て行った。
 こいつ、誰も側に居て看病してくれないんだな。
 みんな実はガーランドが嫌いなんじゃないか?
 怪力が怖いってだけで⋯。
 しかしガーランドは筋肉ムキムキって感じじゃなく、ただの中年太りの禿げオヤジだ。
 それに「鑑定」した時、「魔法種無し」と出たから、別に魔法が使える訳でも無いだろう。
 可能性としては、軍隊の大将だから誰も逆らえないか、やはり宰相や姫様の権力的な事があるのかも知れない。
 頭を殴ってもバレてないから、今ここでぶっ飛ばしてもいい気もするが、宰相や姫様の事を先に調べた方が良さそうだな。
 魔王様や幽閉されている騎士団長の事も気になる。
 後悔したばかりだし、軽率な行動は止めておこう。
 それにこのまま放っておけば、キラービーの毒で勝手に衰弱死する可能性もある。

 俺は寝室から外へ「転移」して、誰も居ない庭を歩いて門へ向かう。
 しかし庭の花壇の前に、番犬の犬が倒れているのが見えたので、駆け寄って様子を診る。
 キラービーに刺されたようで、瀕死の状態だ。
 可哀想だし、番犬に罪は無いので、「解毒」と念じて犬を治した。
 番犬は起き上がったが、俺の軽装鎧には「消臭」が付与してあるので、俺には気付いていないようだ。

 門から外へ出て、「透明」の魔法を解除して、どうするか考えながらギルドまで歩いて向かう。
 ギルドで依頼を⋯⋯いや、依頼を受けたらギルドカードを見せないといけないから、俺がSSランクのタカシだとバレるな。
 あまり王都のギルドには行っていないから、ローラという職員以外は、俺を見ただけでギルドランクや名前まで覚えてないだろう。
 エリスという職員にはバレているが、たぶん他の職員に言ったりしないと思う。
 まぁそれに、ガーランドが怪力だけのアホの可能性が高いから、バレたらバレたで別にいいか。

 俺は作戦を思い付いたので、収納からキラービーの死骸と皮の袋を出して、キラービーの死骸を15匹ほど袋に入れて、もう1度ガーランドの屋敷に向かった。

 今度は姿を消さず、門番が居ない門から堂々と入り、玄関のドアノッカーを鳴らした。
 すると扉が少しだけ開いて、扉の隙間から傭兵が声を掛けてきた。
 インターホンみたいな物が無いのは不便だな。

「ガーランド様の屋敷に何の用だ! というか、庭にキラービーが居なかったか?」

 口調は偉そうな感じだが、少し怯えているのが分かる。

「キラービーの討伐に来た冒険者です。庭に居たキラービーは全て討伐しました」

「何!? それは本当か?」

「はい。これが死骸です」

 皮の袋に入ったキラービーの死骸を見せながら言うと、かなり驚いた後に扉を開けてくれた。

「凄いじゃないか! あなた1人で討伐したのか?」

 傭兵は、かなり安心した表情になって、口調が手のひらを返したように優しくなった。

「はい。俺はあまり強くないんですが、キラービーの討伐が得意なんですよ」

「そうなのか! なら是非、屋敷に居るキラービーも討伐して欲しい!」

「わかりました。お任せください」

 全く疑われていないな。
 傭兵もアホなんじゃないか?

 そのまま屋敷の中に通されて、さっきの衣装部屋の近くまで案内された。

「この廊下の、奥から2番目の部屋にキラービーを閉じ込めてある。何匹も居るんだが、本当に討伐出来るのか?」

「はい。キラービーは討伐のやり方があるんです。魔物化しても元は虫なので、煙で大人しくさせて殺虫する薬で討伐するんです」

「そんな方法があるのか。まぁ兎に角頼む。これが衣装部屋の鍵だ」

「はい」

 俺が鍵を受け取って衣装部屋へ向かうと、傭兵は逃げるように去って行った。
 さっき鍵を開けたので、そのまま衣装部屋に入って、以前エリスに跡をつけられた時に手に入れた煙玉を衣装部屋の床に強く投げつけると、忍者アニメで見たような煙がモクモクと上がった。
 確認しなかったが、煙玉で間違いなかったようだ。
 今度からは、「鑑定」して確認してから使おう。
 かなり煙たいはずだが、「防壁」 が自動で発動して、俺に有害な煙も入って来ない。
 かなり優秀な魔法だな。
 女神チートがある俺が付与したからという可能性が高いが、これならユナ達の事も安心だ。
 帰ったら、指輪だけは常に身に着けているように言っておこう。

 しばらく経って煙が落ち着いたので、一応口にタオルを巻いて衣装部屋から出た。
 ボロが出る前に、さっさと屋敷から去った方がいい。
 玄関の方へ向かっていると、さっきの傭兵と数人の軍服を着たハーフエルフの男が俺に近付いてきた。

「キラービーは討伐出来たのか?」

「君は刺されなかったのか?」

 なんだ? 何かちょっと心配してくれている感じだな。

「はい。衣装部屋に居たキラービーは全て討伐しましたから、もう安心ですよ。巣も撤去しておきました」

「「「おおぉぉ!!」」」

「まさかキラービーの大群を討伐する方法があるとは! 」

「魔物が近くに居るか分かる魔道具で確認したので、もうこの屋敷にキラービーは居ません。ただ煙を使ったので、衣装部屋が少し煙いかも知れない。窓を開けて換気してください。俺はギルドへ早く報告したいので、これで失礼します」

「ああ。ありがとう。助かったよ」

 ガーランドが怖いから従っているだけで、意外に悪い奴等じゃないのかな?
 だが命令だからと言って、犯罪に手を染めてる奴等だ。
 あまり気を許さないようにしよう。

 傭兵達が衣装部屋を確認しに行ったので、俺は玄関から外に出てギルドへ向かった。


 ギルドに入ると、さっき来た時とは違って冒険者があまり居なかった。
 だがギルド職員は忙しそうだ。
 ローラというハーフエルフ職員は居ないようだが、辞めたんだろうか?

 買い取りカウンターに行こうとすると、鎧を着たジェニーがソファーに居たので、名前を呼ばれる前に声を掛ける。

「ジェニー」

「タカ⋯⋯むぐっ!」

 俺は慌ててジェニーの口を塞いだ。

「ギルドの中で俺の名前を呼ばないでくれ。理由は後で説明する」

 ジェニーが頷いたので、口から手を離す。

「お前もキラービーの討伐に参加しに来たのか?」

「いや、王都に居たキラービーは全て討伐した。後で詳しく説明するから待っててくれ」

「なっ⋯⋯! わ、わかった」

 ジェニーがかなり驚いた後、俺がプラチナドラゴンを倒した事を思い出したのか、素直に納得した。
 買い取りカウンターに行って職員に報告する。
 ギルドから、もう安全だと広めてもらうのが早いだろう。

「キラービーの死骸は、買い取りしてもらえるのか?」

「はい。普段は買い取りしないのですが、状況が状況なので、1匹銀貨50枚で買い取ってます」

 なるほど。多くの冒険者に討伐させる為、今だけ買い取っているという訳か。
 俺はキラービーの死骸が入った皮の袋を出した。

「王都に居たキラービーを全て討伐して持ってきた。魔道具で王都内に魔物が居ない事を確認したから、これで全部だ」

「は? え? え? ⋯⋯こ、こんなに!?」

 俺がそう言うと、職員は何を言っているんだ?という感じになったが、袋の中の死骸を見て驚いた。
 今の俺の言葉を聞いていた周りの職員からも、驚きの声が上がっている。

「女王蜂のキラービーの死骸もあるだろ? もう大丈夫だ。買い取りを頼む」

「はい!」

 他の職員も手伝って、キラービーの死骸の数を数えている。

「キラービーが47匹に、女王蜂のキラービーが1匹で、計金貨25枚と銀貨50枚になります」

 最初の3匹は燃やしてしまったから、女王蜂のキラービーが金貨5枚なら、これで合っているな。
 何か聞かれる前に言っておこう。

「キラービーを討伐した方法は言えない。では失礼する」

 ジェニーに目で合図してから外へ出ると、ジェニーがすぐに付いてきた。

「タカシ」

 ジェニーが小声で話し掛けてくる。

「ああ。さっきは悪かった。詳しく説明するから、何処かで話せないか?」

「そうだな。聞きたい事がたくさんある。ラルロンドの店に行くか?」

「わかった」

 誰に聞かれているか分からないから、喫茶店とかより安全だろう。
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