フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第50話 幸福に包まれて

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 朝、再び目を覚ました小春は気怠さに体を重くしながら上体を起こした。ただでさえレジーナ達に血を抜かれて弱っていたのに、ワガママを言って千秋に血を吸ってもらったことで貧血を通り越している。

「千秋ちゃん・・・?」

 千秋の姿が見えなくて小春は不安になってしまう。一人でいる事にトラウマを持ってしまい、この家は美広の結界に守られて安全だと分かっているのだが、それでも心が乱れていた。
 小春はフラフラになりながらも立ち上がって裸の上に薄いシャツを羽織り、ショートパンツを履いてリビングの戸を開く。

「あ! 小春ちゃん、おはよう」

 リビングには美広が居て、小春に駆け寄り抱きしめた。その包容力は母親そのもので千秋と触れ合うのとは別の安心感を感じ美広の胸に顔を埋める。

「良かった、無事で本当に良かった・・・・・・」

「ありがとうございます。でも美広さんにも迷惑をかけちゃって・・・・・・」

「迷惑なんてとんでもない。もう小春ちゃんだって娘と同義なのだから、わたしにできる事はなんだってするわ」

「私は幸せ者ですね・・・千秋ちゃんにも守られて、美広さんにもこうして優しくしてもらえて」

 親の愛情を受けずに育った小春は、誰かに大切にされるという感覚を知らずにいた。しかし千秋と美広からの愛情を受けるようになって、幼い頃から夢見ていた居場所を見つけることができたのだ。この空間を失いたくはないし、それを脅かすレジーナは許せる相手ではない。

「お腹空いたでしょう? 今何か作るからちょっと待ってて」

 美広はキッチンに向かい、小春は立っているのが辛かったので畳の上にペタンと腰を降ろす。
 そんな小春の横に寄って座るのは二葉だ。世薙の魔の手から逃れた彼女を一人にするわけにもいかず、ひとまず千祟家で匿うことにしたのだ。

「小春お姉様・・・・・・」

「二葉ちゃんも無事だったんだね。レジーナ達に暴力を振るわれてたから心配してたんだ」

「わたしは自業自得ですので・・・・・・」

 二葉自身は自分の身に降りかかった災難は仕方のないことと納得している。しかし小春に迷惑をかけてしまったことは悔やんでも悔やみきれずにいた。

「全ての元凶はレジーナだよ。他人を不幸にすることも厭わないあの吸血姫こそね」

「世薙お姉様・・・いえ、レジーナはきっとわたし達を仕留めようとしてくるはずです。平穏な日常を手に入れるためにはもう倒すしかありません」

「だね。そのために私もできることはするつもりだよ」

 レジーナの抱く野望は自らが吸血姫の女王になって全てを支配することだ。もしその夢が叶ってしまったら、世界はディストピアそのものになってしまう。当たり前の日常を破壊され、笑顔の枯れた暗黒だけが待っている。

「ただいま」

 リビングの入口に立つのは千秋と秋穂だ。どうやら外に出ていたらしい。

「あっ、千秋ちゃん。どこに行ってたの?」

「ゴミ捨てついでに周囲をパトロールしていたのよ。結界があるとはいえ、レジーナはこの家の場所を知っているからね」

 結界がある限り過激派吸血姫は容易に敷地内に侵入できない。しかも結界全体がセンサーのようになっていて、どこから接近しても感知することができる。なので安全圏ではあるが、近くに過激派吸血姫が潜伏して監視されている可能性があるため警戒しておいて損は無い。

「千秋ちゃんがいなかったから不安だったんだよ?」

「ごめんなさい。でもママたちがいるから大丈夫かなって」

「永遠にずっと一緒って言ってくれたのに~」

 ぷくーっとむくれる小春は可愛く、千秋は傍にしゃがんでよしよしと頭を撫でる。   
 その様子に尊さを見出すのは二葉だ。

「こういう光景を破壊しようとするのがレジーナ・・・やはり絶対に許せません」

「二葉さん、そんな目をキラキラさせて・・・?」

「なんていうか・・・想い合う女の子同士って良いと思いませんか秋穂さん?」

「あ、えっと・・・?」

 よく理解できないという顔で二葉の言葉に首を傾げる秋穂。同じ妹属性を持つ二人は都合よく利用されていたという境遇も似ているのだが、趣味趣向までは同じではないようだ。

「千秋先輩と小春お姉様は本当に運命的なお二人ですよね。これほどお似合いな組み合わせはなかなか見つかりませんよ」

「よく分かっているわね、二葉さん。やはりアナタは立派な弟子だわ」

「まだ弟子と呼んでくれるのですね・・・破門にされても仕方ないわたしを・・・・・・」

「弟子をキチンと教育するのも師匠の務めでしょう? それに、アナタが悪人ではないと最初から分かっていたことよ。ね、小春?」

 小春はコクンと頷き千秋に同意する。その寛容さが二葉の心を打ったためにレジーナから離反し、こうして小春達に付いてきて本当に良かったと思う。
 しかし二葉の中に根付いた罪悪感が無くなったわけではなく、これからの戦いで恩を返そうと決意していた。戦闘自体は得意とは言えず正直に言って活躍できる気はしないけれど、師匠である千秋の元で更に鍛えていけばいいのだ。

「もっと早くお二人に出会えていれば・・・・・・」

「出会いのタイミングはどうすることもできないわ。私達に出来るのは良い運命を手繰り寄せることよ。何が最善かを考えて行動する・・・それだけ」

「さすが師匠です。これからの未来に向けてポジティブな考え方をできるというのは」

「前向きな思考にさせてくれたのは小春なのよ。小春と出会ったことで私も変わって・・・守るべきものができると強くなれるって本当だと実感したわ」

 昔の千秋はまさに孤高の一匹狼といった雰囲気であった。その頃の千秋に命を懸けてでも守りたい相手ができたと言っても分かってもらえないだろう。

「そういえばさ、私を助けてくれた時の千秋ちゃん凄かったよね。翼を生やしてさ」

「ああ、あれね・・・自分でもビックリしているのよ。まさかあの力を発揮できるなんてね・・・・・・」

「どういう力なの? 凶禍術とは違うの?」

「凶禍術を上回る力・・・逢魔凶禍術(おうまきょうかじゅつ)よ。大昔の千祟家のご先祖様が使ったという伝承を聞いたことがあるけれど、真広ママにも発動できなかった術なのよ」

 逢魔凶禍術を発動すると赤黒い翼が生じ、更にはオーラと共に強烈な殺気とプレッシャーをまき散らして戦場を支配することができる。並みの吸血姫や傀儡吸血姫であれば戦意を喪失し、圧倒的で一方的な殺戮と粛正によって始末される運命が待つのみだ。
 それに対抗しようとしたのだからレジーナも宝条も只者ではないと言える。

「きっと千秋お姉様は逢魔凶禍術の素養を元々秘めていて、真の覚醒を果たしたことで使えるようになったのでしょう」

「それまでにも凶禍術は何度か使っていたけれど、兆候は無かったと思うわ」

「凶禍術を発動する度に体が徐々に術に慣れていったのでしょう。しかも高エネルギーのフェイバーブラッドを常日頃から取り込んでいましたから、千秋お姉様が進化したのだと推察できます。さすがは純血のプリンセスですね」

 秋穂の考えはあくまで想像であるが、最もな説だと千秋は納得した。
 ともかく伝説的な逢魔凶禍術を使えるというのはレジーナとの決戦で有利に働くはずだし、強い力があれば小春を守ることもできる。

「凄くカッコよかったなぁ。まるで天使族みたいだった」

「天使族・・・おとぎ話に出てくるこの世界を創り出したとされる種族よね?」

「そうそう。昔、ユイっていう天使族の女の子が頑張る絵本を読んだことがあって、千秋ちゃんがその天使族のように思えたよ」

「天使にしては禍禍しいけどね。どちらかというと悪魔みたいに」

「ピンチに颯爽と駆け付けて、地獄から救い出してくれた千秋ちゃんは私の天使だよ」

 逢魔凶禍術を行使すると千秋の言う通り悪魔のような外見となる。しかし人の感性とは千差万別であり、それを天使と捉える者が極少数とはいえ存在してもおかしくはない。どちらにせよ、最悪な状況に華麗に舞い降りた千秋は小春にとって天使と言って差し支えなく、悪魔呼ばわりできる相手ではない。
 えへへと笑う小春を慈愛に満ちた千秋が抱き寄せた時、美広がキッチンから戻ってテーブルの上に薄い湯気を漂わせる器を置いた。

「お待たせ、小春ちゃん。食べやすさを考えてお粥(かゆ)にしたわ」

「凄く美味しそうです。いただきます」

 そのお粥はまるで砂漠の中のオアシスのようで、疲弊によって体が重く気怠い小春には最高のご馳走だ。
 手に力の入らない小春に代わって千秋がスプーンを持ち口へと運んであげる。

「どう、熱くない?」

「うん、大丈夫だよ。あぁ・・・凄く美味しい」

 美広の愛情入りであり、この世のあらゆる高級食材でも引き出せない美味しさを味わう小春。食べるという行為でこれ程心が温まったことはないし、決して忘れることのできないお粥となった。

「ふぅ・・・生き返った気分だよ」

「私も小春の血を飲んだ時は同じような感じになるのよ」

「なるほど。こりゃあヤミツキになりますな」

 そりゃあフェイバーブラッドが狙われる訳だと小春は納得して頷き、残りも全て食べ上げる。

「ごちそうさまでした」

「夕ご飯はもっと力の付くようなモノを作るわね」

 美広は優しく微笑んで食器をキッチンへと運んでいく。看病されるというのはこんな感じかと小春もまた小さな笑顔を浮かべ、千秋に促されるまま膝枕をしてもらい、幸福感と満腹感と共に再び眠りに落ちていくのだった。





 薄暗い広大な空間の中で二人の吸血姫が佇む。その二人の近くには約一メートルほどの大きさの赤い球体が置かれており、それを見るレジーナの目にはギラギラとした闘志が宿っている。

「レジーナ、ブラッディ・コアの準備はオーケーなのか?」

「フェイバーブラッドを取り込んだことで完成はもう少しだ。後は細かな調整を行えばいつでも始動できる」

「そうなればレジーナに全ての生命は服従するしかなくなるって寸法だな」

「ああ。明日には作業は終わる。そうしたら試運転を行い、問題なければ千祟家との決戦に移る」
 
 赤い球体はレジーナが切り札として用意していたブラッディ・コアと呼ばれる結晶体だ。起動させるだけのエネルギーが不足していたためにお蔵入り状態であったが、小春から得たフェイバーブラッドを吸収させることで完成が近づいた。それはレジーナの夢が近づいたということでもあり、脅威となる千祟家さえ排除してしまえばレジーナの天下も手に届く距離になる。

「レジーナの世界に、私にも相応のポジションは約束してくれるな?」

「前にも言った通り、お前にも美味しい思いをさせてやる」

「なら安心して戦える。この私が前に出るんだから、これでケリをつけて勝つ」

「もう小競り合いをするような状況ではない。明日からの戦いで全てを終わりにする」

 勝利への道筋は思い描けている。それが机上の空論とならないよう事を進めるだけだ。

「長かったな・・・だけれどももう少し、もう少しだ」

 レジーナは仮面を取り出して被り、ブラッディ・コアに手をかざした。


  -続く-
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