フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第48話 反撃開始

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 囚われてからどれ程の時間が過ぎたのか、朦朧とした意識の小春には分からなかった。部屋には窓も時計も無く、外界からシャットアウトされた現状では知る術がないのだ。

「弱々しくなったな・・・最初の強気はどこへ行ったのだ?」

「・・・・・・」

 レジーナの挑発を無視し、小春は部屋に置かれた簡素なベッドの上でぐったりとしている。血をかなりの量抜かれてしまって、貧血を超えて致死量に達しそうなほどだった。

「感謝するぞ、赤時小春。貴様のフェイバーブラッドのおかげで、わたしの新たな計画も好調推進中だからな。これならわたしが吸血姫の女王として認められる日も近いだろう」

 フェイバーブラッドを取り込んだレジーナは、まさに絶頂期とも言える程に調子が良く、もはや千秋になど負ける気がしない。彼女はその先、千秋を打ち倒した後の世界を夢想して邪悪な笑みを浮かべている。

「じゃあ後少し血を貰うのでな」

 これ以上の吸血は小春を死に追いやる危険性があるのだが、あの美味な血をもっと味わいたいという欲求を抑えることができないのだ。
 レジーナはベッドの上に横たわる小春に覆いかぶさり、その首元に軽く噛みついた。

「痛っ・・・!」

「いい加減慣れたらどうだ? そもそも貴様は千祟千秋にだってこうして血を受け渡していたのだろう?」

 小春と千秋は相性が良いので吸血に痛みは無く、むしろ快楽を感じるほどの行為であり、レジーナの吸血などとは全くの別物といえる。

「・・・下手くそ」

「なんだと・・・?」

「千秋ちゃんは私を気持ちよくしてくれる・・・でも、アナタからは痛みしか感じない。吸血の仕方すら千秋ちゃんに負けてるって、そういうことだよ」

「貴様!」

 千秋と比べられて激昂するレジーナは小春の頬を再び叩いた。パチンと乾いた音が無音の部屋に響き渡る。

「気に入らなければ暴力を振るって・・・そうやって二葉ちゃんさえも従わせて・・・・・・千秋ちゃんはそんな事しなくても協力者がいるってのにね」

「ヤツと比べるなと言っている!」

「コンプレックスがあるんでしょ? 千秋ちゃんが純血のプリンセスと呼ばれてチヤホヤされていたのを見て、プライドの高いアナタはそれを嫉んで・・・!」

「言うな!」

 今度は小春の首を締め上げる。吸血姫の力に脆弱な人間が対抗できるはずもなく小春は今にも死にそうだ。

「わたしには才能があった。実際に吸血姫すら操れる催眠を実現できるほどにな。だが誰も、母さえもわたしを認めてくれなかった。だからわたしは証明する。わたしが誰よりも優れた吸血姫だとな」

「そんな方法じゃなくても他にも才能を証明する方法はあったはずでしょ・・・?」

「それができれば苦労していないんだよ。だが、もういい。力を・・・絶対的な力を手に入れたわたしの前に全ては服従するしかなくなるのだから」

 真実、レジーナは優秀な吸血姫だった。長い研究の末、吸血姫をも支配する催眠術を完成させたのは過去に例を見ない偉業なのだ。しかし歪んでしまったレジーナのプライドは増長し、自分こそが全ての吸血姫の頂点に立つ存在になるという目標を持ってしまった。
 これは不幸なことである。もしも千秋における小春のような、全てを受け入れて包み込んでくれる存在に出会えていたらマトモな道を進めたのかもしれない。だが、そのもしもは無かった。いや、他者を拒絶する彼女の性格が遠ざけてしまったのだから自業自得でもある。

「しかしわたしを侮辱した罪は重いぞ。もっと痛めつけて、二度と逆らう気など起こせないようにしてやる」

 わざと痛さを与えるため小春の胸元に強く噛みついた。肌に尖る犬歯が突き刺さり血が滲む。
 そうして小春が意識をブラックアウトさせるまで続き、満足したレジーナは小春を放り捨てて立ち去るのだった。



「レジーナ、後はどうする?」

「血は充分に集まっている。わたしとお前もそうだが、ブラッディ・コアもこれで完成させることができる」

「アレさえあれば後はレジーナの思う通りに・・・・・・」

「ああ。ここからが本当の戦争だ。千祟家とのな」

 千祟家さえ滅亡させれば他に怖いものはない。そのための準備は順調で、レジーナの望む未来は手に届くところまで近づいている。





 小春の失踪から二日後、世間の学生が夏休みを満喫する中、千秋は暗く沈んだ感情と共に小春の捜索を続けていた。今のところ手がかりはなく、早坂も真広を匿いながら警察の情報網を駆使して協力してくれているが進展はない。

「ちーち、一度家に帰ろう。美広さんも家に帰ってきたんだろ?」

「ええ・・・ママの車で探したほうが捜索範囲も広がるものね」

 昼頃から十時間近く外にいたが成果を得られなかったので、深夜になって仕事から帰ってきた美広と合流することにした。美広も本当なら仕事などに行かず小春を探したいのだが、しかし仕事をしなければ生活にも困窮してしまう。なので千秋は自分に任せるように言い、美広は後ろ髪引かれる思いで普段通りに出勤している。

「必ず見つけような・・・って、アレは?」

 朱音が指さす先、千祟家の近くで人が倒れていた。それが小春かと思って千秋は駆け出すが、街灯に照らされたシルエットは二葉のものであった。

「界同二葉・・・! でも何故?」

 小春が行方不明になった後で連絡が途絶したため、彼女も何かしら関係していると千秋達は考えている。つまり世薙と共謀している疑いをかけていたのだが、その二葉がこうして倒れていれば保護しないわけにもいかない。

「ああ・・・千祟先輩・・・・・・」

「何があったの? こんな・・・・・・」

 酷い暴行を受けたようで体があちこち痛んで動けなくなってしまったようだ。吸血姫なら再生できる怪我ではあるが、そのための血が足りていないらしい。

「ごめんなさい、千祟先輩・・・わたしが悪いんです。世薙お姉様が小春お姉様を・・・・・・」

「ともかく私の家へ。運ぶから」

 千秋は二葉を背負い上げて自宅へと連れ帰り、リビングに横たえてあげる。小春のいない現状では血の補給もままならず、今は軽い処置を施すくらいしかできなかった。

「二葉さん、体が辛いのは分かるけど話してもらえないかしら?」

「はい、そのためにここに来ましたから。小春お姉様は、街の中心部にある世薙お姉様が拠点としている演劇用の劇場に囚われています。世薙お姉様がわたしが抜け出したことに気づく前に助けなければ、また別の場所に連れていく可能性があります。ですから急いでください」

「分かった。すぐに向かうわ」

 千秋のアイコンタクトに美広は頷き、車のキーを取りに自室に戻る。

「ちーち、二葉ちゃんは信用できるかな?」

「今はするしかない。唯一の手掛かりだもの、どんな結末になろうと行かないという選択肢はないわよ」

 この期に及んで二葉が騙しているという可能性はさすがに無いだろうと踏んだ。演技とは思えない重症だったし、恐らく二葉も世薙に無理矢理従わせられていたのだと想像はつく。

「千秋お姉様、きっと二葉さんは私と同じです。やりたくない仕事を強制されて、それで・・・・・・」

「そうね。秋穂の時と似ているのかもしれないわ。だから、私は二葉さんを信用する」

 秋穂は自分と二葉を重ね合わせているのだろう。好きで敵側に従っていたわけではなく事情があった。最終的に秋穂は自責の念に駆られ、勇気を出して脱走してきたわけで、二葉もまた似たような行動を起こしたのだ。

「千秋ちゃん、行きましょう」

「ええ。小春は必ず取り戻す」

 怪我で動けない二葉も連れ、千秋、秋穂、朱音が美広の車に乗り込む。一応は愛佳にも連絡は入れたが間に合うかは分からない。

「小春お姉様を助け出せたら、わたしはどんな罰でも受ける覚悟はあります。処遇は千祟先輩にお任せします」

「そう・・・・・・それよりも気になっていたことがあるのだけれど、小春お姉様というのは・・・?」

 前までは赤時先輩と呼んでいたはずだが、いつの間にお姉様などと呼ぶようになったのかが気になった。

「小春お姉様は私を責めることなく逆に励ましてくださったんです。世薙お姉様の手伝いをしたのに、それでも小春お姉様はわたしの心配をしてくれた・・・・・・なのでわたしはあのお方に尽くすことに決めたんです」

「そ、そう・・・まあ小春を崇拝しようが構わないけれど、小春は私のものだからね?」

「はい。勿論承知しています。お二人の邪魔をする気は毛頭ありません。小春お姉様は千祟先輩と共にいる時こそ幸せにしていて、そんなお二人を支援するのがわたしの天命だと気づいたのです」

「ならいいのだけどね」

 小春と千秋の組み合わせの尊さを二葉は理解していた。だからそんな二人の間に割り込む気など無く、小春の幸せを第一に考えている。
 急発進した美広の車は二葉の指定した劇場へとアクセルを全開にし、夜の街を疾駆していく。一筋の真っ赤なテールライトの残光は、千秋の燃え上がる闘志を示すように煌めくのであった。

  -続く-
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