フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第42話 待ち受ける敵意

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 学期末テストも無事に終了し夏休みも目前に迫っている。重荷から解放された生徒達はそわそわとして落ち着きがなくなる頃で、小春もまた指折り数えて終業式の日を待っているのだった。

「ねえ千秋ちゃん、夏休みは何か予定あるの?」

「いえ特には無いわね。私はインドア派だし基本は家で過ごしているわ」

「この暑い中で出歩きたくないしねぇ」

 教室には新設されたエアコンがあり辛うじて猛暑から避難できているのだが、一歩外に出れば地獄である。夏と言えば海水浴やらピクニックやらのアウトドアレジャーに出かけるシーズンと一般的に言われているけれど、小春と千秋にしてみれば正気の沙汰とは思えない。こんな酷暑に出かけるなど自ら熱中症にかかりにいくのと同義だ。

「アンタ達はそれだから不健全なのよ」

「アナタのように太陽が好きなヒトは羨ましいわ」

「巫女ですからね! 日陰者の吸血姫とは違うのよ」

 一方、元気と気力に満ち溢れているのは愛佳だ。巫女である彼女は太陽光をエネルギーとして取り込めるためか暑さすら平気なようでピンピンしている。

「夏休みは昼間も自由に行動できるからね。吸血姫狩りにはもってこいなのよ」

「そんなイチゴ狩りみたいな要領で・・・・・・」

「同じようなものよ。陽の出ている時間も長いし、巫女にはボーナスタイムね」

「間違って私に襲い掛からないでちょうだい」

「保証しかねるわね」

 さすがの千秋でも太陽光の元で巫女に襲われればひとたまりもない。特に愛佳のような実力のある巫女が相手では瞬殺されてしまうだろう。

「相田朱音、アンタは夏休みは何かする予定あんの?」

「アタシはアクティブなほうだからね、そりゃありますよ。まずは海でナンパでしょ? 音楽フェスでナンパでしょ? ついでに・・・」

「アンタに訊いたあたしがバカだったわ」

「なになに? 神木さん、アタシとデートしたいって?」

「・・・頭と耳の病気が疑われるから、病院の予約を入れておいたほうがいいわよ」

 この吸血姫は本当にオカシイ奴だと愛佳はうな垂れる。

「皆でどこかへ遊びに行こうよ。遠出じゃなくてもさ」

「さっきアンタ暑い中で歩きたくないって言ってたじゃないの」

「こうして知り合ったのに、思えばあまり遊んだこともないじゃない? せっかくだし親睦を深めるのもいいかなって」

「親睦ねぇ・・・・・・」

「ただ単純に私が皆ともっと一緒に過ごしたいだけでもあるんだけど・・・ダメ?」

「うっ、断れないわよそんな純粋な目を見たら・・・・・・」

 子犬のような上目遣いで訴えてくる小春に対しノーを突きつけられる者はなかなかいないだろう。愛佳でさえ断ることができず、仕方ないわねぇと首を縦に振る。
 去年とは違う夏になりそうだと期待を込める小春はニコニコとして吸血姫と巫女を眺めるのであった。





 しかし怪異の世界に飛び込んだということは良い事ばかりではない。
 夜に二葉から連絡があり、過激派吸血姫の潜伏情報が伝えられたのだ。どうやら世薙から教えられたようで千秋達にそれを知らせたのである。

「繁華街の近くにある建設中のビル・・・そこに過激派吸血姫が巣食っているのね?」

「世薙お姉様はそう仰っていました。建築業者の作業員も犠牲になったようです」

「ふむ・・・しかし本当にアナタのお姉さんはどこからそんな情報を? 警察にいる早坂さんよりも早いなんて」

 吸血姫絡みの事件があれば早坂の耳に入るのだが、それよりも早く世薙は敵について把握しているのだ。彼女には独自の協力者がいるらしいとはいえ、それがどんな人物かが気になって仕方ない。

「まあいいわ。後で界同世薙は追及するとして、ともかく敵を退治しましょう。相田さんや神木さんにも支援を要請したから目的地近くのコンビニで待ち合わせよ」

 迎えに来た二葉と合流し、繁華街外角にあるコンビニへと足を向ける。愛佳や朱音と共に戦えば大抵の敵は対処できるし小春の血もあるのだから負ける気がしない。しかも真広と交戦する心配もないので今の千秋は強気なのだ。

「この街にはまだまだ過激派吸血姫がいるんだね。普段は見かけないけど、どこかに潜んでいるのかと思うとやっぱり怖いよね」

「見た目では判別できないし、ヤツらは普段は暗闇に隠れているから私達でもどれほどの敵がこの街にいるのかは把握していないの。だから探し回って一つ一つ潰していくしかないのよ」

「そっかぁ。でも千秋ちゃんが傍に居てくれるから心強くて不安は無いよ」

「ふふ、あなたは私が必ず守るから何も心配はいらないわよ」

 世薙が言うように最近の千秋はパワーアップしているが、それは単純にフェイバーブラッドの効能だけではない。小春を守りたいという意思が力に直結しているのだ。  
 けれど世薙にはきっと理解できないだろう。世薙には誰かを大切にしようという気持ちなどなく自身の平穏を守ることが至上命題であり、他者を疎んで自らの世界に籠っているからだ。

「おっ、ちーち! こっちこっち」

「早かったのね。待たせてしまったかしら」

 集合場所のコンビニで既に朱音と愛佳が待っていて、二人共アイスを頬張っていた。この二人は共に行動することが意外と多く、実は結構相性が良いのではと小春は思っている。

「いや、アタシ達も今来たところでさ。神木さんがアイス買えって催促してくるもんで・・・・・・」

「そりゃこんな真夏の夜にはアイスでもないとね。長時間店の中で待つというのは憚られたから。さ、集まったなら行きましょうよ」

 包装ビニールをゴミ箱へ捨て、愛佳を先頭に目的のビルへと向かう。この固定メンバーはもはや安定であり、新たに加わった二葉も慣れ始めているようだ。

「二葉ちゃん、今日も頑張ってね! 後ろで応援してるからね」

「は、はい。ありがとうございます、赤時先輩」

「緊張してるんだね? リラックスってのも変だけど、体が強張らないように心を落ち着かせよう」

 小春が二葉の肩に手を置き優しく声をかける。その感触に二葉は安心感を覚え、どこか複雑そうに眉を下げながらも小さな笑みを浮かべた。

「そうそう。戦いでは体を柔らかく使わないと。その点で言えば神木さんはしなやかだよな」

「そりゃあトレーニングだけじゃなくて、ストレッチも欠かさずやってますからね」

「一人エッチ?」

「相田朱音、やっぱりアンタは病気よ」

 コイツはすぐ卑猥な方向に話を持っていくなと睨みつけるが、何故か朱音は憎める相手でなくこれ以上責める気もなくなる。ともかく今は朱音に構っているより目の前に迫ったビルを見上げた。この中に過激派吸血姫が潜伏しているのは確かなようで、邪気にも似た感覚を愛佳は感じている。

「間違いなく敵がいるわ。しかもこちらに気がついている」

「奇襲というわけにはいかないわね」

「なら正面突破。そういうやり方、千祟千秋なら得意でしょ?」

「力任せに敵を倒すのはわかり易くていいもの。下手に戦術を考えるよりは簡単よ」

「アンタも相田朱音並みの脳筋よね」

 魔具である刀を携え、千秋は慎重にビルを観察する。するとそこかしこに動く何者かが見えた。こんな夜中にライトも無しに作業が行われているわけがなく、それが傀儡吸血姫なのは確認するまでもない。

「二葉さん、アナタは後方で小春を守りつつ付いてきて」

「はい」
 
 二葉が前衛を務めるにはまだ早い。小春を任せ、千秋達は敵の待ち受けるビルへと侵入していく。



 そんな千秋達を屋上から眺めていたのは冥姫だ。しかし彼女に焦る様子は無く全て順調に物事が進んでいるような余裕さを醸している。

「来たか・・・レジーナさんの言った通りに」

「レジーナさんにワザとウチらの居場所を敵に流させ、そんでおびき寄せて叩くんすね?」

「攻め込むのも好きだけど相手は千祟千秋だしね。こういう誘い出しのほうが勝ち目も高いっしょ?」

「さすが冥姫さん! 考えてるぅ! 最強っすよ!」

「わっはっは!」

 頭の悪そうな会話を繰り広げながらも冥姫は使命を心に刻む。敬愛するレジーナのために千秋達はここで抹殺しておきたいのだ。だが冥姫は自らが駒の一つとして利用されているなど知らず憐れにすら思えるが、そうとは知らない彼女達はある意味で幸せなのかもしれない。

「よっし、迎撃戦といきますか!」

 平子と共に下の階へと向かい戦闘準備を整える。後はもう刃を交え、血肉躍る狂乱を演じるのみだ。



 ビルの骨組みは既に完成していているが床や壁は一部しか設置されていないので、まるで吹き抜けのように上階を見上げることができる。建設中の建築物を内部から観察する機会など無かったので珍しい景色ではあるのだが、小春はそういった感慨もなく怖気づくように縮こまっていた。

「ひぇ~・・・高いなぁ」

 一応は階段伝いに上階へと昇ることができるが、二十階建ての建築物を足だけで昇るのは人間の小春にはキツい。しかし背負って運んでくれと言うような自己中心的な小春ではなく、千秋達も頑張っているのだから自分だってと上を見上げる。

「気配が強くなった・・・結構な数の敵がいそうよ」

「そんなん蹴散らすだけっしょ。アタシのパンチで粉砕してくれるぜ!」

 グローブを纏い、朱音はバチンと両手を打ち付ける。その音が響き渡ってまさに戦闘開始前のゴングのようだ。

「さあどっからでも来いよ!」


  -続く-
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