フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第39話 平穏な勉強会

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 凶禍術を行使した千秋は、一直線に傀儡吸血姫に吶喊する。刀身が光を反射して残光を描き、二葉には神々しくさえ見えた。

「凶禍術・・・千祟家の本気の・・・!」

 一瞬にして敵との距離を詰めて目にも留まらぬスピードで刀が振るわれた。傀儡吸血姫如きではこれに対応するなど不可能で、二体の傀儡吸血姫が切断されて消滅する。
 これで残りは二体だ。

「こんな強いのか!?」

「千祟の血をナメてもらっては困る」

 ここで千祟の血を自信を持って誇ることができるようになったのも真広を取り戻せたからだろう。もし真広が真の裏切り者であれば、より千秋は千祟の血を呪っていたに違いない。

「バカな!? こんなはずでは!!」

 全く対抗できないまま傀儡吸血姫の残り二体も切り伏せられて粒子と散る。

「さすがですね千祟先輩!」

「どうかしら? 戦いの参考になったかしら?」

「えっと・・・凄すぎて全く参考になりませんでした!」

「あぁ・・・・・・」

 そりゃそうだ。変妖術ならまだしも凶禍術など千祟家の吸血姫しか使えないのだ。そんなものを見せられたところで全く参考にはならない。

「あっでも! ありがとうございます、助けていただいて」

「いいのよ。一応は師匠なのだから役目を果たしたまでよ」

 凶禍術が解け千秋の姿が元に戻った。凶暴な光が宿っていた瞳も大人しくなり、鋭い目線でありながらも穏やかさを感じさせる。

「さあ小春のもとに戻りましょう。私がいなくて寂しがっているわね間違いなく」

「お二人はそんなに仲良いんですね?」

「まあね。小春こそが私の原動力だもの・・・・・・」

「千祟先輩の原動力・・・興味あります。わたしも赤時先輩とも仲良くなれるでしょうか?」

「あの娘は優しいもの、きっと二葉さんにも良くしてくれるわ」

 しかし二葉が本当に信用できる吸血姫と断定したわけではなく、安易に小春に近づけてもいいのかという思いは残る。少なくとも吸血はまださせない方がいいだろう。



「千秋ちゃん、二葉ちゃんもお疲れ様」

 隠れていた小春が二人を笑顔で出迎える。背後には愛佳と朱音が小春を守る守護者のように控えていて、小春こそが吸血姫と巫女を取りまとめる黒幕のようにも見える。

「あれ、神木先輩達も?」

「あっと、あたし達は今来たところなの。参戦する前にアンタ達が敵を始末してしまったから出番が無かったのよ」

 下手っぴな嘘ではあるが二葉を騙すには充分だったようだ。

「では今日は解散ね。帰ってテスト勉強をしないといけないし・・・・・・」

 夏休み前最後の期末試験が控えているのだ。千秋達は過激派狩りをしている吸血姫だが学生の一人でもある。戦いを理由にして落第するわけにはいかず、他の学生と同じように勉強に励まなければならない。

「勉強なんてしてたら青春が終わっちまうぜ、ちーち。学生なら遊ばなきゃさ」

「相田朱音、アンタは学生をなんだと思ってんの?」

「そりゃあ人生の遊び期間さね。神木さんもそう思わん?」

「いや思わんわ。巫女たるもの品行方正に真面目な・・・」

「んな堅苦しい生き方なんて歳取ってからにしようぜ。若い内しかできないことをすべきだよ」

 ヤレヤレと朱音は首を振る。彼女にしてみれば娯楽を楽しみ、快楽を味わうことが生きる意味なのだ。だから面倒な事はしたくないのだが、律儀に過激派吸血姫と戦っているあたりは彼女の良識と正義感が感じられる点と言える。

「二葉ちゃんは一年生だよね? 私達は二年生だし、勉強見てあげようか?」

「ならお願いしてもいいですか赤時先輩。一人では難儀する箇所もあると思うので・・・・・・」

「どーんとお任せなさい。なんてったって先輩だからね!」

 翌日、千秋の家で勉強会を開くことになり、そこに二葉も招くこととなった。





 千祟家のリビング、そこに五人の女子高生が集まる。だがこの中で正真正銘の人類は小春だけで、他のメンバーは吸血姫に巫女という異種交流会の様相を呈していた。

「あ~・・・こんな事習ったか?」

「アンタそれ先週習った範囲よ。授業ちゃんと聞いてんの?」

「聞いてたらこんな疑問は抱かないと思うんですけどぉ」

「マジレスすんな」

 朱音と愛佳の言い合いを耳にしつつ、小春はうーんと唸って数字の羅列を睨みつけていた。

「赤時先輩、ここはですね、この公式を使ってですね・・・こうするんです」

「あっなるほど! こりゃあ一本取られましたな」

 二葉の言うがままに公式に当てはめて答えをようやく導き出すことができた。これではどちらが先輩なのか分からないが何を隠そう小春は勉強が得意ではない。では昨日の自信は一体何だったのかと問いたくなるが、単にその場のノリで言っただけのようだ。

「頭いいんだね二葉ちゃん。私の家庭教師にならない?」

「赤時小春・・・アンタはプライドはないの?」

「背に腹は代えられませぬよ神木さん・・・このままじゃ追試に居残りコースになっちゃうんだよぉ」

「切羽詰まってんのね・・・・・・」

 前回の試験の結果も悪かったので、次こそは良い点数を取らないと夏休みも返上せざるを得ない事態になりかねない。

「私を頼ってくれればいいのに・・・・・・」

 ジェラシーの視線を送るのは千秋で、彼女はかなり成績が良く小春に教えるくらい造作もないのだ。それなのに二葉に頼っているのが不満らしい。

「二葉ちゃん、よく二年生の勉強内容を理解しているね?」

「実は勉強が趣味の一つでして。なので三年生までの履修内容を個人的に学習してるんです」

「趣味・・・?」

 稀にいる趣味が勉強の相手と出会い、小春は感心というより圧倒されるような気持ちであった。

「将来大物になるねきっと」

「いえそんな・・・それに趣味と言っても得意というわけではないんですよ。例えば現代文の長文読解が苦手なんです。こういうのは感性とか読解力とか個人の能力に頼る部分が大きいですし・・・・・・」

「国語関係は私得意だよ。えへへ、役に立てるかも」

「助かります。実は読解問題の途中で時間が足らなくなってしまうんですよ。それで全部解き切れなかったりして・・・・・・」

「ああなるほど。長文読解のコツはね、まずは問いを先に確認するんだよ。で、問いに対応している部分の文章を読めばいいの。大抵の場合、その文章の前後に答えがあるから。つまり文章全部を丁寧に読む必要はなくて、要点箇所だけを把握すれば短い時間で問いに答えられるんだよ」

 二葉は真面目に全ての文章を読んでから答えるタイプらしい。確かに文章の理解度は深まるだろうが、しかし読書感想文を書くわけではなく、あくまで試験の一環としての出題なのだ。なので把握するのは一部だけでよく、かいつまんで理解すればいい。

「ほぁ・・・参考になります」

 キラキラとした尊敬の眼差しを受けて小春はドヤ顔で胸を張る。先程までの後輩に勉強を教わるという情けない状態は忘れたようだ。

「さあほら神木さんも私にドンドン質問していいんだよ!」

「いや・・・別に訊きたいことはないけど」

「そんな事言わずに!」

「あたしよりもアイツを気にかけてやりなさいよ。ヘンなオーラ出して今にも闇落ちする寸前よ」

 愛佳が指さす先、千秋から暗黒のオーラが漏れ出していた。自宅という本来なら独断場において、小春が他の吸血姫や巫女と仲良くしている場面を見ればこうもなろう。

「・・・これは夜もお勉強会ね。みっちり私が手取り足取り腰取り教えてあげる・・・・・・」

「夜まではちょっと・・・・・・」

 アワアワと小春は首と手を振る。落第危機があるとはいえ、そんな長時間勉強していたら逆に頭がオカシくなってしまうだろう。



 それから数刻の間勉強会は続きすっかり陽は落ちて月が街を照らしていた。小春はうーんと背伸びをして目をこすり、そろそろ夕飯時だなと皆に声をかける。

「さて・・・今日はここまでにしようよ。私、御夕飯を作るけど食べていく?」

「そうしたいトコロだけど、アタシこの後デートの約束があるんだ」

 朱音はわははと笑いながら立ち上がる。遊び人である彼女には夜の予定が詰まっているのだ。

「どうせ健全なデートじゃないんでしょ?」

「あれれ、神木さん気になるぅ?」

「全く全然微塵も気にならないわ」

「ホントは気になるクセにぃ。先週ナンパしたお姉様と肉欲にまみれた一晩を・・・」

「ああもう聞きたくないっての! ったく、アンタは不健全の塊ね」

 呆れた愛佳はため息をついて勉強道具を片付けた。

「神木さんも帰っちゃうの?」

「あたしもこの後用事があるのよ。アンタの手料理はまた今度にね」

「デート?」

「違うわよ!」

 朱音と同じにすんなと抗議の声を上げ、愛佳と朱音は千祟家を後にした。見送った小春は残った二葉へと振り返り、よければ一緒にご飯を食べようと誘う。

「あっ、いいんですか?」

「もちのろんだよ。予定とか無ければ」

「特には無いので・・・ではお言葉に甘えようかと」

「そう! 良かったぁ」

 にへらと笑う小春は優しさに溢れて包容力すらも感じさせて二葉は親しみを感じていた。

「あの、お手伝いさせていただきますので!」

「お客さんなんだから、手伝いなんていいんだよ?」

「いえ、ただご馳走されるだけなのは申し訳ないので」

「そう? じゃあお願いしようかな」

 二葉に張り合うように千秋も手伝おうかと提案するが、小春に座って待っててねと言われてしまう。なんと言っても千秋は料理が下手であり、一応は小春のレクチャーを受けているもまだレベルアップしていない。
 ずーんとショックを受けながら、リビングで石化したようにピクリとも動かず正座して待つ千秋であった。


  -続く-
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