フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第32話 対峙する姉妹

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 真広と美広・・・・・・かつては仲の良かった姉妹だが、今は敵として向かい合う。お互いの立場は真っ向から対立していて、決して相いれないものとなっていた。

「ワタシに勝てると思っているの? 戦闘力の差は、アナタも自覚しているでしょう?」

「勝って千秋ちゃんの重荷を少しでも降ろしてあげないといけないのよ!」

 美広は叫びながら刀を振り下ろす。衝撃波を伴う程の全力の一撃であったが真広は一歩も退かず自身の刀で軽く受け止めてみせる。これだけでも両者の力の差は判然とし、戦闘の行く末は誰の目にも分かり切っていた。

 それでも、立ち向かわねばならないのだ。

「やはり弱い。あの愚かしい千秋などに肩入れするアナタも、このワタシによって淘汰されるべき存在のようね」

「お姉ちゃん・・・本当に変わっちゃったんだね・・・・・・」

「昔からワタシはこうだったわよ?」

「違う! 優しかったお姉ちゃんはそんなコト言わない!」

 記憶の中の姉は強く、それでいて優しさを持っていた。しかし目の前の真広には温情など無く、虚無を映す瞳には寒々しさすら感じる。

「ワタシの何を知っているというの?」

「何でも知っていたよ・・・私はお姉ちゃんが大好きだったから、お姉ちゃんの家族も大好きで・・・・・・」

 想いを吐露し、刀を振りかざしながらも真広へと訴えかけていく。倒さなければならない相手と分かっているつもりでも心の中でまだ真広を想う気持ちが残っていたからだ。
 しかし真広には伝わっていなかった。

「ワタシの家族を・・・? そうか、それでアナタは千秋をたぶらかしたのね」

「なに・・・?」

「ワタシの家族への好意がいつしか独占欲を掻き立て、それで千秋や秋穂が欲しくなったのでしょう?」

「言いがかりにもほどがある! そもそも先に千秋ちゃんを捨てたのはお姉ちゃんでしょ!?」

「いいや違うわね。ワタシが千秋を誘った時、既にアナタの息がかかっていたのよ。それでワタシの誘いを断ったんだわ。でなければ、あのコがワタシを拒むわけがないもの」

「バカな事を言うのはヤメて! 千秋ちゃんの苦しみも知らないで、よくも戯言を!」

 真広への怒りが湧き上がる。過激派へと渡った真広の背中を悲しそうに見つめていた千秋の事を知らないうえに、あまつさえはあらぬ疑いをかけられて我慢できなかった。

「私はただお姉ちゃんの家族を見守っていたかった。そして何か役に立てればって・・・その気持ちを踏みにじらないで・・・!」

「知ったことではないわ。ともかくアナタが全ての元凶だと分かれば、尚更排除せざるを得ないわね」

 聞く耳を持たない真広は美広を振り払う。そして刀を構え敵意を剥き出しにしながら距離を詰めてきた。



 その二人の対峙を秋穂と小春が小部屋から見守る。まだ朱音は目覚めず、援護をしようにも動きあぐねていた。

「どうにかして美広さんを助けないと・・・・・・」

 秋穂は戦闘が得意ではなく、今飛び出しても美広の足を引っ張るだけだろうと躊躇っているのだ。
 とはいえ黙って見ていることもできず、美広が劣勢に追い込まれ始めたのを見て思わず叫ぶ。

「お母様、もうヤメてください! 家族同士で戦うなんて!」

「秋穂・・・アナタは悪い娘ね。ワタシを裏切るなんて」

「これもお母様のためなのです!こんなお母様を放っておくことはできません!」

「黙っていなさい。この戦いにケリを付けたら、アナタを連れ帰って修正してあげる」

 その圧に秋穂は竦み、もう手段を選んでいられない美広は最後の策に打って出ることにした。

「私も千祟家の吸血姫だもの・・・やれるだけのことはやってやるわ」

「どうすると言うの?」

「こうするのよ・・・!」

 エネルギーを転換し全身に巡らせる。それによって美広の黒髪は真っ赤に染まり瞳に強い光が宿った。
 千祟家に伝わる秘術、凶禍術を行使したのである。

「絶対に倒すから!」

「無茶を・・・・・・」

 対する真広は凶禍術を発動していない。それすら必要ないと判断し、素の状態でも充分勝てる相手と踏んだのだろう。





 美広達が激闘を繰り広げる中、二階における戦いも苛烈を極めていた。

「ええい! 小賢しい雑魚どもが!」

 藻南は巧みなステップ回避で斬撃を避けつつ舌打ちする。妙に良いコンビネーションで襲いくる千秋と愛佳に苦戦しており、隙を狙おうにも攻勢に出ることができていない。
 しかし苦しいのは愛佳も同じであった。傀儡吸血姫との戦闘で消耗していたため体力が少なくなってきているのだ。

「こうなりゃイチかバチか・・・・・・千祟千秋!」

「何よ!?」

「後は頼んだわよ!」

 愛佳は捨て身で藻南に肉薄し、刀で高速の突きを放つ。
 
「甘いな!」

 しかし、その直線的な攻撃は当然見切られる。
 藻南は剣を横薙ぎにして愛佳を狙うが、

「よっしゃ! もらった!」

「なんとっ・・・!?」

 愛佳は刀を捨て剣を握った藻南の腕にしがみつく。そうして二人はもつれ合うようにして壁に激突した。

「今っ! あたしに構わず斬れっ!」

 残った力全てを使って藻南を押さえつける愛佳。その意図を察した千秋が駆けて刀を一気に振りあげる。
 
「バカなっ・・・!」

 ズシャッと刀身は藻南の右脚から腰までを裂いた。密着する愛佳に当てずに瞬時に攻撃できたのは千秋の実力の高さゆえだ。その実力を信用していたからこそ、愛佳は自分も被害を受けるかもしれない特攻をかける覚悟を持てた。

「ふふ・・・私を倒しても真広様さえ健在なら問題ない・・・・・・」

「その真広も私が倒すわ」

「できるものか・・・私は、先に逝かせてもらうぞ」

 敗北を認めた藻南は、せめて自分の運命は自分で決めると握った剣を首に突き刺した。血が弾け飛び、一瞬にして絶命する。
 藻南の真広に対する忠義には感服するが、それはそれとして強敵を倒せたことにホッとしつつも下の階で始まった戦闘に加勢するべく意識を切り替える。

「悪いけど、あたしはここまでみたい。体力がもう少ないから、これじゃあ傀儡吸血姫さえも倒せないわ」

「分かったわ。ここで休んでいて」

「ええ、そうするわ。絶対に勝ってきなさいよ」

「勿論」
 
 千秋はへたり込んだ愛佳を残して下の階へと向かう。このプレッシャーが真広のものだと直感しており、いよいよ本命を討つ時が来たと気合を入れるのだった。





 凶禍術を使っても尚、美広は真広を倒せずにいた。小春から貰った血、フェイバーブラッドの効果もあるはずなのだが、こうしてパワーアップしても互角に渡り合うのが精一杯だ。

「これが私の限界なの・・・?」

 美広は自分の吸血姫としての弱さを恨み、やはり天才的な真広との差は埋められないという事実がのしかかる。

「ん・・・? 藻南がやられたのか・・・?」

 藻南の気配が消えたことで彼女の死を悟った真広の動きが鈍った。

「そこだっ!」

 それを見逃さなかった美広が懐に入り込む。この距離まで詰めれば後はトドメを刺すだけだが、

「この程度・・・」

「うっ・・・・・・」

 真広はそれでも対応してみせた。攻撃を軽く身を捻って回避し、逆に刀を美広の腹部に突き刺す。

「美広さんっ!!」

 小春の悲鳴が響くエントランス。その声に美広が応えることはなく、力が抜けて魔具を落とした。

「お姉ちゃん・・・・・・」

「み、ひろ・・・?」

 ぼやける視界の中で真広は動揺しているようだった。これまで虚無を映していた真広の瞳に美広の姿が反射している。

「千秋ちゃん達を悲しませることだけはヤメて・・・お願いだから・・・・・・昔のお姉ちゃんに・・・・・・」

「くっ・・・なんなの、この感覚は・・・!?」

 目眩のような強く揺さぶられるような感覚に襲われ、真広は衰弱した美広を見つめながら頭を手で押さえる。



 千秋はエントランスの戦闘音が止んだことに嫌な予感を感じつつ階段を降りた。美広に強い覚悟があるのは知っているが、それでも勝てる見込みが薄いのは千秋も分かっている。
 そして、見たくなかった絶望的な光景が飛び込んでくる。

「ママ!!」

 真広によって刺し貫かれた美広がゆっくりと後ろに倒れた。

「貴様ああああああああ!!」

 憎悪に憑りつかれた千秋が吶喊し真広に斬りかかる。その一撃を飛び退いて躱す真広だったが、様子がおかしいままでふらつきながらブツブツと何かを呟いていた。    
 この真広の異常は催眠に何かしらの不具合が生じたためのようだ。レジーナの術は完璧で真広の思考さえもコントロールしていたのだが、美広を刺したことで押さえつけられていた感情が爆発し催眠に影響を与えたのだろう。

「ママ、しっかりして!」

 真広を視界の端に捉えつつ、千秋は倒れた美広の傍にしゃがむ。まだ意識はあるが呼吸はどんどん弱っていく。

「失敗しちゃった・・・お姉ちゃんを頼んでもいい・・・?」

「私がやるわ・・・だから、死なずに待っていて!」

「ごめんね・・・千秋ちゃん・・・・・・」

 千秋はゆっくりと立ち上がり真広に向き直る。もう、絶対に許すことはできない。

「千秋ちゃん、私の血を!」

 小春も涙を流しながら千秋に寄り添った。これまでの戦闘で損耗した分、血を吸収しなければ千秋でも勝ち目は無い。

「お母様は私が抑えます、お姉様はその間に!」

「死んじゃダメよ!」

「はい!」

 首元を抑えてよろめく真広に秋穂が対峙し、千秋は小春に噛みつく。
 
 千祟対千祟の戦いは、最終局面へと移ろうとしていた・・・・・・


    -続く-
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