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第18話 灼熱に咲く百合の花
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朝、目覚まし時計の音で小春は目を覚ました。昨晩は夜遅くまで過激派吸血姫との戦場にいたために眠気が強く残っていて、小春は重いまぶたをこすりながら腕を伸ばして目覚まし時計のアラームを止める。
「・・・ん?」
立ち上がろうとして体を捻ると柔らかな感触が肌に触れた。その正体は千秋で、これ自体は何度かあったことだし一緒に布団に入った記憶があるので別にいいのだが・・・・・・
「な、なんで裸・・・?」
一糸纏わぬ姿で千秋は横になっていた。アラームの音で目覚めず、まだ静かな寝息を立てている。
「えっ・・・わ、私も・・・・・・」
違和感を感じて視線を落とすと自分もまた素っ裸であることに気がつく。同級生達よりも大きく実った乳房が窓から差す陽の光に照らされ、とても淫猥な雰囲気を醸し出している。
「な、なぜ・・・?」
小春は頭を抱えながら必死に寝る直前のことを思い返すが、千秋に術をかけられて吸血姫の繁殖の仕方をレクチャーされたことしか思い出せない。その時点までは確かに服を着ていたはずだ。となると、その後で二人とも脱いだことになる。
「おはよう、小春。もう起床時間を過ぎていたのね」
「お、おはよう千秋ちゃん。あのさ、昨日の夜なんだけど・・・」
千秋がむくりと起き上がり、枕元に脱ぎ散らかされたパジャマを羽織る。
「うふふふふ・・・スゴイ夜だったわね」
「ど、どんな?」
「改めて口にするのは恥ずかしいわ。うふふふふ・・・・・・」
不可思議な笑いを漏らしながら千秋は部屋を出ていった。
残された小春はポカンとした表情のまま、登校時間に千秋が呼びに来るまで固まっていた。
「よっ赤時さん。予鈴五秒前ギリギリセーフだったね。ちーちとお家でナニかしてたん?」
「相田さん・・・それが分からないんだ」
「分からない?」
「いつの間にか千秋ちゃんと裸で寝ていて・・・・・・」
「フッ・・・そんなんもうアレしかないだろう」
朱音は何かに納得したようにうんうんと頷いている。
「少女二人がお肌の触れ合いをしたんだろ?アタシもよくしてることだよ」
「えっ? そうなの?」
「まっ、ともかく平和な証だな。ちーちも凶禍術を使った後遺症とかないんでしょ?」
「うん、肌もつやつやして元気そうだよ」
「良かった良かった。さっそれよりプールの時間だ。更衣室へ行こうぜ!」
一時間目から体育の授業であり、夏季には水泳を行うことになっている。
小春は学校指定のスクール水着が入ったバッグを片手に、朱音や千秋達とプールに隣接された更衣室へと向かうのであった。
大抵の生徒はプールでの授業は歓迎するものだが小春はむしろ憂鬱である。というのもカナヅチなのでまともに泳ぐことができず、個人個人の水泳タイム測定で恥を晒すのが嫌だからだ。
「はあ・・・・・・」
プールから上がり乾いたコンクリートの上に小春は座り込んだ。
「どうしたの小春?」
「私泳ぐのが苦手でさ。プールは嫌いなんだよ」
「私も泳ぎは大したことないわよ。太陽光をまともに浴びる状態では身体能力が減衰するから力が出ないのよ」
吸血姫は日光の出ている時間帯は弱体化するため、夜間のような人間離れした動きは不可能になる。だから今の千秋は普通の人間に近い力しか出せず、水泳のタイムも標準的なものであった。
「まだ泳げるだけ羨ましいよ。また他の人に下手な泳ぎを笑われちゃう・・・・・・」
「他人にどう思われてようと気にしなくていいのよ。私だけは小春をバカにしたりしない、それで充分でしょう?」
「そう、だね」
千秋さえ応援してくれれば他に何も必要ないかと小春は気が楽になった。千秋にとって小春は心の支えになっているが逆もまた同じである。何かあっても千秋が味方をしてくれるという確信があるから小春の気持ちにも余裕ができたのだ。
「さてアタシの出番ですかね」
プールサイドでゴーグルをつけて腕を組んでいるのは朱音だ。タイム測定の順番が回って来て気合を入れている。
「なんでアンタと一緒の順番なのよ・・・・・・」
タイム測定は二人同時に行われ、泳ぎのレベルによって分けられたグループ順に実施される。朱音と共に泳ぐことになったのは愛佳で、朱音の隣に立ちながらため息をついていた。
「気心が知れた仲でやりやすいじゃん?」
「は? アンタとそんな関係じゃないわ。やりずらいったらないわね」
「あ、もしかしてアタシに負けるのが怖いんだ?」
「なわけないでしょう!? アンタなんかに負けるわけないわ。巫女の力、見せてあげる」
直射日光は巫女にはプラスに働く。なのでパワーアップしている愛佳の方が有利ではあるのだ。
「アタシは素の体力が割とあるんだぞ。ベッドの上で必要になるからな」
「いや、知らないけど・・・・・・」
コイツは何を言っているんだと愛佳に呆れられながら二人のタイム測定が始まった。泳ぎのスピードは拮抗していたが、やはり太陽光をエネルギーにできる巫女に分があるようで少しずつ差を広げられ最終的に愛佳の勝ちで終わった。
「くっ・・・まさか負けるとは・・・・・・」
「はーはっはっ!! 吸血姫如きがあたしに勝とうなど百年早いのよ!!」
「ぬぅ・・・わからせてぇ・・・!」
高笑いしながら勝利を誇る愛佳と悔しそうにしている朱音を微笑ましく眺めている小春。最近になって関わるようになった人間とは違う種族の者達にこうも癒されるとは。
「ねえ小春、気づいてる?」
「ん?」
そんな小春の耳元で千秋が囁きかけてきた。
「男子達の視線よ。チラチラと小春を見ているヤツが何人もいるわ」
「わ、私を? 千秋ちゃんに向けての間違いじゃ?」
「違うわ。小春をよ」
今まで気にしたこともないが、まさか自分なんかが見られているとは思いもしなかった。特徴が無いのが特徴とも言うべき平凡女子だと自認しているし、むしろスタイルも顔も最高峰レベルの千秋の方がよほど男から視線を集めるのではないだろうか。
「私なんか見てもなんの得も無いのに」
「あるわよ。少なくとも私には。小春より魅力ある人間なんて他にいないもの」
「そ、そう? こんなどこにでもいそうな女子なんか、男子は興味ないんじゃないかな」
「むしろ手を出しやすいと思っているのよ。ちょっと優しくすれば付き合えるチョロそうな相手だと勘違いしているんだわ」
「そんな風に見えているの・・・?」
朱音や千秋は学内でもトップクラスの容姿で憧れても手を出しにくいが、平凡で友達の少ない小春なら狙い目だと思っている不純なヤツはいるだろう。
だが今更目を付けても、もう遅い。
「小春には私がいるということを教えてあげないとね?」
「千秋ちゃん・・・?」
小春の背後から千秋が抱き着いて手を這わせてきた。
「見せつけてやるわ。赤時小春が誰のものかを」
「待って、こんなところでダメだよぉ」
「照れないの。ホラ、見てみて。男子どもの顔を。羨ましそうに見ているわ」
「恥ずかしいから・・・ね、もう充分だから」
濃厚に接触する二人の少女を視界の端で見ている者達の感情はただ一つだった。
尊いという、ただそれだけの感情のみが向けられていたのだ。
小春は最近、学校での平穏な時間を大切に感じ始めていた。それは過激派吸血姫との戦いに参加するようになり普通では体感できない非日常を知ったからだろう。生きていることのありがたさをこの歳で理解できたのである。
「千秋ちゃん、帰ろうか」
放課後、帰り支度を済ませた小春は千秋と廊下に出る。こうして千秋と並んで下校する日常の一端だって幸せと感じていた。
しかし、その幸せに水を差す者が現れる。
「千祟さん、クラスメイトと仲良く下校ですか?」
「・・・なにか悪い? 生徒会長には関係ないことでしょ」
「ですわね。でも今日はアナタに少しお話があるんですの」
「分かった。小春、ちょっと待っててもらえるかしら」
生徒会長の界同世薙に千秋が呼び止められ、二人で屋上へと行ってしまった。
小春は世薙が吸血姫だと千秋に聞いていたし、吸血姫界隈の話があるのだと察する。本当ならついて行きたいところだが、世薙は信用ならないから近づくなと言われていたので大人しく教室で待つことにした。もし世薙にフェイバーブラッド持ちだとバレてしまったら不都合な事になる可能性があるからだ。
「それで、なにかしら」
真夏ともなれば下校時刻でも日差しは強い。極めて不快な環境で、極めて不快な相手と対面しなければならないことに千秋は我慢ならなかった。
「早く帰りたいのだけれど」
「なら手短に。昨晩、千祟真広と戦ったそうですわね」
「アナタがもたらした情報通りに義堂寺に行ったら偶然にも遭遇したのよ。まさか、知っていたのではないでしょうね? あそこに千祟真広がいることを」
「そんなわけないでしょう。たまたまですわ」
大げさに首を振って否定する世薙。千秋はそうしたワザとらしさに苛立ちを隠せない。
「で、それが何?」
「アナタは千祟真広を撃退したとか。どうやってです? アナタが強いことは承知していますが、千祟真広を超えるほどとは思えないのですが」
「それを聞いてどうするつもりかしら?」
「単純な興味ですわ。同時にアナタがより怖くなったので、もしアナタが過激派となった時の対処方を考えたいと思ったのです」
「フッ・・・さすが神木さんに私の暗殺を依頼するだけあって素直な感想ね」
愛佳から生徒会室でのやり取りを知らされていた千秋は嫌味に言う。
「聞くところによると、あそこには多数の傀儡吸血姫もいたらしいではないですか。それらを撃滅し、あまつさえ千祟真広を退ける・・・何か秘策があったとしか思えません。それを教えてくだされば、わたくしのような低級の吸血姫でも身を守るのに役立つと思うのですよ」
「別に何もないわよ。アナタの予想を超えて私が強いということかしらね」
「傲慢な言い方ですわね」
「事実を言っただけよ。私には千祟真広をも上回る力がある。例えどんな敵が来ても倒す、それだけよ」
もう用は済んだろうと千秋は世薙に背を向ける。こんな相手と会話する体力が勿体なかったし早く小春に会いたかった。
「それは共存派には心強いことですわね。でも、強い力は災いをもたらしますわ。ただでさえ真広という巨悪が不幸をもたらしているのですから、アナタまで暴走してわたくしの心と体の平穏を奪うようなことにはならないでくださいまし」
「自分勝手ね。それでも生徒会長なの?」
「現代を生きる者は皆自分の事で精一杯ですわ。わたくしのような弱い者は特に。だから利用できるものは利用する。いけませんか?」
「別に。でも私はアナタを好かない。だから教えることもない」
ぴしゃりと言い捨て、屋上の扉を閉めた。
世薙の言うような災いをもたらす吸血姫になるもんかと心で呟き、教室で待っていてくれた小春を見てその意思を確固たるものにするのだった。
-続く-
「・・・ん?」
立ち上がろうとして体を捻ると柔らかな感触が肌に触れた。その正体は千秋で、これ自体は何度かあったことだし一緒に布団に入った記憶があるので別にいいのだが・・・・・・
「な、なんで裸・・・?」
一糸纏わぬ姿で千秋は横になっていた。アラームの音で目覚めず、まだ静かな寝息を立てている。
「えっ・・・わ、私も・・・・・・」
違和感を感じて視線を落とすと自分もまた素っ裸であることに気がつく。同級生達よりも大きく実った乳房が窓から差す陽の光に照らされ、とても淫猥な雰囲気を醸し出している。
「な、なぜ・・・?」
小春は頭を抱えながら必死に寝る直前のことを思い返すが、千秋に術をかけられて吸血姫の繁殖の仕方をレクチャーされたことしか思い出せない。その時点までは確かに服を着ていたはずだ。となると、その後で二人とも脱いだことになる。
「おはよう、小春。もう起床時間を過ぎていたのね」
「お、おはよう千秋ちゃん。あのさ、昨日の夜なんだけど・・・」
千秋がむくりと起き上がり、枕元に脱ぎ散らかされたパジャマを羽織る。
「うふふふふ・・・スゴイ夜だったわね」
「ど、どんな?」
「改めて口にするのは恥ずかしいわ。うふふふふ・・・・・・」
不可思議な笑いを漏らしながら千秋は部屋を出ていった。
残された小春はポカンとした表情のまま、登校時間に千秋が呼びに来るまで固まっていた。
「よっ赤時さん。予鈴五秒前ギリギリセーフだったね。ちーちとお家でナニかしてたん?」
「相田さん・・・それが分からないんだ」
「分からない?」
「いつの間にか千秋ちゃんと裸で寝ていて・・・・・・」
「フッ・・・そんなんもうアレしかないだろう」
朱音は何かに納得したようにうんうんと頷いている。
「少女二人がお肌の触れ合いをしたんだろ?アタシもよくしてることだよ」
「えっ? そうなの?」
「まっ、ともかく平和な証だな。ちーちも凶禍術を使った後遺症とかないんでしょ?」
「うん、肌もつやつやして元気そうだよ」
「良かった良かった。さっそれよりプールの時間だ。更衣室へ行こうぜ!」
一時間目から体育の授業であり、夏季には水泳を行うことになっている。
小春は学校指定のスクール水着が入ったバッグを片手に、朱音や千秋達とプールに隣接された更衣室へと向かうのであった。
大抵の生徒はプールでの授業は歓迎するものだが小春はむしろ憂鬱である。というのもカナヅチなのでまともに泳ぐことができず、個人個人の水泳タイム測定で恥を晒すのが嫌だからだ。
「はあ・・・・・・」
プールから上がり乾いたコンクリートの上に小春は座り込んだ。
「どうしたの小春?」
「私泳ぐのが苦手でさ。プールは嫌いなんだよ」
「私も泳ぎは大したことないわよ。太陽光をまともに浴びる状態では身体能力が減衰するから力が出ないのよ」
吸血姫は日光の出ている時間帯は弱体化するため、夜間のような人間離れした動きは不可能になる。だから今の千秋は普通の人間に近い力しか出せず、水泳のタイムも標準的なものであった。
「まだ泳げるだけ羨ましいよ。また他の人に下手な泳ぎを笑われちゃう・・・・・・」
「他人にどう思われてようと気にしなくていいのよ。私だけは小春をバカにしたりしない、それで充分でしょう?」
「そう、だね」
千秋さえ応援してくれれば他に何も必要ないかと小春は気が楽になった。千秋にとって小春は心の支えになっているが逆もまた同じである。何かあっても千秋が味方をしてくれるという確信があるから小春の気持ちにも余裕ができたのだ。
「さてアタシの出番ですかね」
プールサイドでゴーグルをつけて腕を組んでいるのは朱音だ。タイム測定の順番が回って来て気合を入れている。
「なんでアンタと一緒の順番なのよ・・・・・・」
タイム測定は二人同時に行われ、泳ぎのレベルによって分けられたグループ順に実施される。朱音と共に泳ぐことになったのは愛佳で、朱音の隣に立ちながらため息をついていた。
「気心が知れた仲でやりやすいじゃん?」
「は? アンタとそんな関係じゃないわ。やりずらいったらないわね」
「あ、もしかしてアタシに負けるのが怖いんだ?」
「なわけないでしょう!? アンタなんかに負けるわけないわ。巫女の力、見せてあげる」
直射日光は巫女にはプラスに働く。なのでパワーアップしている愛佳の方が有利ではあるのだ。
「アタシは素の体力が割とあるんだぞ。ベッドの上で必要になるからな」
「いや、知らないけど・・・・・・」
コイツは何を言っているんだと愛佳に呆れられながら二人のタイム測定が始まった。泳ぎのスピードは拮抗していたが、やはり太陽光をエネルギーにできる巫女に分があるようで少しずつ差を広げられ最終的に愛佳の勝ちで終わった。
「くっ・・・まさか負けるとは・・・・・・」
「はーはっはっ!! 吸血姫如きがあたしに勝とうなど百年早いのよ!!」
「ぬぅ・・・わからせてぇ・・・!」
高笑いしながら勝利を誇る愛佳と悔しそうにしている朱音を微笑ましく眺めている小春。最近になって関わるようになった人間とは違う種族の者達にこうも癒されるとは。
「ねえ小春、気づいてる?」
「ん?」
そんな小春の耳元で千秋が囁きかけてきた。
「男子達の視線よ。チラチラと小春を見ているヤツが何人もいるわ」
「わ、私を? 千秋ちゃんに向けての間違いじゃ?」
「違うわ。小春をよ」
今まで気にしたこともないが、まさか自分なんかが見られているとは思いもしなかった。特徴が無いのが特徴とも言うべき平凡女子だと自認しているし、むしろスタイルも顔も最高峰レベルの千秋の方がよほど男から視線を集めるのではないだろうか。
「私なんか見てもなんの得も無いのに」
「あるわよ。少なくとも私には。小春より魅力ある人間なんて他にいないもの」
「そ、そう? こんなどこにでもいそうな女子なんか、男子は興味ないんじゃないかな」
「むしろ手を出しやすいと思っているのよ。ちょっと優しくすれば付き合えるチョロそうな相手だと勘違いしているんだわ」
「そんな風に見えているの・・・?」
朱音や千秋は学内でもトップクラスの容姿で憧れても手を出しにくいが、平凡で友達の少ない小春なら狙い目だと思っている不純なヤツはいるだろう。
だが今更目を付けても、もう遅い。
「小春には私がいるということを教えてあげないとね?」
「千秋ちゃん・・・?」
小春の背後から千秋が抱き着いて手を這わせてきた。
「見せつけてやるわ。赤時小春が誰のものかを」
「待って、こんなところでダメだよぉ」
「照れないの。ホラ、見てみて。男子どもの顔を。羨ましそうに見ているわ」
「恥ずかしいから・・・ね、もう充分だから」
濃厚に接触する二人の少女を視界の端で見ている者達の感情はただ一つだった。
尊いという、ただそれだけの感情のみが向けられていたのだ。
小春は最近、学校での平穏な時間を大切に感じ始めていた。それは過激派吸血姫との戦いに参加するようになり普通では体感できない非日常を知ったからだろう。生きていることのありがたさをこの歳で理解できたのである。
「千秋ちゃん、帰ろうか」
放課後、帰り支度を済ませた小春は千秋と廊下に出る。こうして千秋と並んで下校する日常の一端だって幸せと感じていた。
しかし、その幸せに水を差す者が現れる。
「千祟さん、クラスメイトと仲良く下校ですか?」
「・・・なにか悪い? 生徒会長には関係ないことでしょ」
「ですわね。でも今日はアナタに少しお話があるんですの」
「分かった。小春、ちょっと待っててもらえるかしら」
生徒会長の界同世薙に千秋が呼び止められ、二人で屋上へと行ってしまった。
小春は世薙が吸血姫だと千秋に聞いていたし、吸血姫界隈の話があるのだと察する。本当ならついて行きたいところだが、世薙は信用ならないから近づくなと言われていたので大人しく教室で待つことにした。もし世薙にフェイバーブラッド持ちだとバレてしまったら不都合な事になる可能性があるからだ。
「それで、なにかしら」
真夏ともなれば下校時刻でも日差しは強い。極めて不快な環境で、極めて不快な相手と対面しなければならないことに千秋は我慢ならなかった。
「早く帰りたいのだけれど」
「なら手短に。昨晩、千祟真広と戦ったそうですわね」
「アナタがもたらした情報通りに義堂寺に行ったら偶然にも遭遇したのよ。まさか、知っていたのではないでしょうね? あそこに千祟真広がいることを」
「そんなわけないでしょう。たまたまですわ」
大げさに首を振って否定する世薙。千秋はそうしたワザとらしさに苛立ちを隠せない。
「で、それが何?」
「アナタは千祟真広を撃退したとか。どうやってです? アナタが強いことは承知していますが、千祟真広を超えるほどとは思えないのですが」
「それを聞いてどうするつもりかしら?」
「単純な興味ですわ。同時にアナタがより怖くなったので、もしアナタが過激派となった時の対処方を考えたいと思ったのです」
「フッ・・・さすが神木さんに私の暗殺を依頼するだけあって素直な感想ね」
愛佳から生徒会室でのやり取りを知らされていた千秋は嫌味に言う。
「聞くところによると、あそこには多数の傀儡吸血姫もいたらしいではないですか。それらを撃滅し、あまつさえ千祟真広を退ける・・・何か秘策があったとしか思えません。それを教えてくだされば、わたくしのような低級の吸血姫でも身を守るのに役立つと思うのですよ」
「別に何もないわよ。アナタの予想を超えて私が強いということかしらね」
「傲慢な言い方ですわね」
「事実を言っただけよ。私には千祟真広をも上回る力がある。例えどんな敵が来ても倒す、それだけよ」
もう用は済んだろうと千秋は世薙に背を向ける。こんな相手と会話する体力が勿体なかったし早く小春に会いたかった。
「それは共存派には心強いことですわね。でも、強い力は災いをもたらしますわ。ただでさえ真広という巨悪が不幸をもたらしているのですから、アナタまで暴走してわたくしの心と体の平穏を奪うようなことにはならないでくださいまし」
「自分勝手ね。それでも生徒会長なの?」
「現代を生きる者は皆自分の事で精一杯ですわ。わたくしのような弱い者は特に。だから利用できるものは利用する。いけませんか?」
「別に。でも私はアナタを好かない。だから教えることもない」
ぴしゃりと言い捨て、屋上の扉を閉めた。
世薙の言うような災いをもたらす吸血姫になるもんかと心で呟き、教室で待っていてくれた小春を見てその意思を確固たるものにするのだった。
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