フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第13話 世薙の依頼

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 放課後、小春に一緒に帰らないかと誘われた愛佳であったが外せない用事があると断った。

「あたしに話、ねえ・・・・・・」

 廊下ですれ違った生徒会の腕章を付けた人物、界同世薙(かいどう よなぎ)会長から手渡されたのは一通の手紙だった。その内容は吸血姫を討ち祓う巫女のアナタを放課後に生徒会室で待っているというもので、どうやら告白だとかの類いではないらしい。

「吸血姫絡みか・・・・・・」

 あの生徒会長が吸血姫なのは巫女の直感で分かることだ。問題は世薙のポジションである。千秋や朱音は人類に対して友好的であり、少なくとも人に危害を加えるような吸血姫ではないが世薙についての情報は持ち合わせていない。

「神木さんさあ、気を付けたほうがいいよ」

 教室を出ようとした愛佳に声をかけてきたのは朱音だ。いつもの飄々とした態度とは違い、真面目な顔つきで警告してくる。

「なにに気を付けろって?」

「呼び出されたんだろ? 界同にさ」

「何故知ってるの?」

「吸血姫のカンさ」

「あっそ。まああたしは吸血姫相手に油断したりしない。界同会長がどんなヤツか知らんけど、簡単にはやられないわ」

 もし戦闘になっても、まだ太陽の光がある夕方なら負ける気はしない。巫女は太陽の光をエネルギーに変換できるし吸血姫は逆に弱体化するからだ。

「ついて行ってやろうか?」

「結構よ。まっ、気持ちだけは受け取っておくわ」

 と言って愛佳は廊下に出て生徒会室を目指す。プライドが邪魔して拒否したが、付いてきてもらったほうが心強いのではと少しだけ後悔する。

「吸血姫が皆アンタのようだったら苦労しないのにね」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないわよ。それじゃあね」

 手をヒラヒラと振って歩いていく愛佳を見送りながら、朱音は何かを考えているようだった。





「待っておりましたわ。神木愛佳さん」

 生徒会室の扉を開くと界同世薙一人が窓際で優雅に佇んでいた。夕日をバックにして美しいとも感じるが不気味なオーラを漂わせており、深く踏み込んではいけない相手だと本能がアラートを鳴らす。

「アンタは界同世薙ね?」

「いかにも。相田さん達から何かわたくしについて言われましたか?」

「気を許すなって」

「ふふ。彼女らしいですわね」

 不敵な笑みを浮かべて会長席へと腰かける。いちいち動作が丁寧なのだが、わざとらしくてむしろ愛佳は苛立ちを覚えた。

「アナタも座ったらいかがです?」

「遠慮しておくわ。いざという時、座っていたら対処できないもの」

「警戒心が強いのですね。まあ吸血姫を前にすれば、歴戦の巫女なら当たり前のことですわよね」

 世薙の言う通り、これが巫女の普通の対応である。なので千秋や朱音に対する軟化した態度を巫女が取るほうがレアケースなのだ。

「さて・・・アナタは巫女であるにも関わらず、千祟千秋達とつるんでいるようですわね?」

「そんなつもりはないわ。あたしにとってアイツらは監視対象ってだけ」

「なるほど。ではいつ討伐するのですか?」

「さあね・・・今のところは様子見よ」

「ほう・・・巫女ならばすぐにでも吸血姫の首を跳ねるものだと思っていましたが」

 意外だという表情で大袈裟に驚く世薙。

「単なる気まぐれよ」

「しかし良いのですか? アレらは表面上は人に友好的な態度ですが、裏では何をしているか分からない。それこそ過激派と共謀している可能性もありますわ」

「かもね。でもそれを見極めるのもあたしの仕事だし、アンタだって監視対象なのは同じよ」

「わたくしは吸血姫としては低級ですわ。戦闘力も低いですし、仮にアナタと真正面から戦っても勝機はないですわよ」

 無害だとアピールするつもりなのか、本当に能力が低いのかは未知数だ。とはいえ世薙の醸し出す独特な薄気味悪さからして腹に一物を抱えているのは間違いない。

「ともかくわたくしから言えるのは、千祟千秋は要注意だということですわ」

「どうしてよ」

「神木さんは千祟真広をご存じですか?」

「知ってる。かつて共存派の中核メンバーだったのに、今は過激派として活動している吸血姫でしょ?」

「そうですわ。理由は不明ですが千祟真広は離反した。千祟千秋は共存派に残りましたが、本当に親子で仲違いしたのでしょうか?」

 つまり、真広と千秋が裏で繋がっているのではという疑念を持ち出してきたわけだ。

「離れたとみせかけて、共存派の情報を過激派に流している可能性もあるとは思えませんか?」

「・・・可能性はゼロではないとは思う」

「そうでしょう?わたくしは怖いのですよ。あの千祟千秋が」

「怖い?」

「わたくしはどの勢力にも属してはいませんわ。それは戦いに巻き込まれるのが嫌だからですの。無事平穏こそがわたくしの好むものであり、この学校での生活は吸血姫の因縁など関係なく静かに送りたい。なのに、あの千祟千秋のような不穏分子がいては気が気ではないんですのよ」

 世薙にとって千秋は目の上のタンコブといったところか。もしかしたら過激派と繋がり、この学校に諍いを持ちこむかもしれないと心配しているようだ。

「だからアナタには千祟千秋を殺してほしいんですの」

「・・・・・・」

「アレさえいなくなれば、不安要素は消える。巫女の望む平和な世界に一歩近づくということですわ」

 妙に熱がこもった言い方で愛佳に千秋殺害を依頼する世薙。自ら手を汚さずに目的を達成するには愛佳に頼むのが一番だと考えたらしい。

「保留にしておくわ。アイツが過激派と繋がっている証拠はない」

「何故です? 様子見だの保留だのと言って、日和見派なのですかアナタは」

「巫女である前に一人の人間よ。自分の正義を持っているし、無駄な殺生は趣味じゃないの」

 話はこれまでと、愛佳は世薙に背を向けて生徒会室を出ようとした。この吸血姫は自分を利用するために呼び出したらしいが、そう上手く使われてたまるかと不愉快な気分になったからだ。

「お待ちになって」

「アタシにはこれ以上話すことはないけど」

「そう言わずに。最後にアナタにイイ情報を教えて差し上げますわ」

 ドアノブに手をかけた愛佳は立ち止まり世薙に向き直る。一応はその情報とやらを聞いておくべきだと思い足を止めた。

「これは相田さんにも有用な情報ですわ。ですから中に入ってお聞きになったらいかがですか?」

 世薙の言葉は扉の向こうにいる朱音へと向けられていた。どうやら朱音は生徒会室の前で立ち聞きしていたらしい。

「アタシに気がついていてあんな話をしていたなら胆が据わってんな」

 ガチャッと乱暴に扉を開き、ポケットに手を突っ込んだままズカズカと会長席の目の前まで歩いていく。

「わたくしは正直に生きることもモットーとしていますので、別に隠す意図もありませんもの」

「そうかよ。だがな・・・・・・」

 朱音は世薙の胸倉を掴みグイッと引き寄せる。

「てめぇの都合でちーちを殺させるものかよ。その前にアタシがてめぇを潰す」

「怖いですわね。実際このまま反撃しても容易に殺されてしまうでしょう」

「なら余計なことを言うな考えるな。もしてめぇが怪しい動きをしていたら過激派でなくとも容赦はしない」

「分かりましたわ。胆に銘じておきましょう。それより手を離してくださいません? 息が苦しくて死にそうですわ」

 チッと強めの舌打ちをして朱音は手を離した。千秋には友達とは思われていないかもしれないが、朱音は過激派を狩る仲間として大切に想っているのだ。そんな命を張って戦う仲間を悪く言われれば腹も立つ。

「それで? いい情報ってのはなんなの?さっさと教えないとまたコイツに胸倉掴まれるわよ」

「それは嫌なので教えて差し上げましょう。お二人は義堂寺(ぎどうじ)をご存じですか?」

 愛佳は首を振り、朱音は頷く。

「義堂寺は後継者に恵まれず、今は管理者が不在で廃墟と化した寺ですわ。ここに過激派が集っているらしいですのよ」

「へえ・・・てかなんで戦争に関わっていないアンタがそんな事を知っているんだ?」

「関わってはいないですが、わたくしにも独自の情報網がありますの。過激派は誰彼構わず攻撃してきますし、わたくしの平穏を邪魔する相手ですわ。そんな過激派を狩るのがアナタ達の役目なのでしょう?」

「まあな・・・過激派と聞けば対処せざるを得ないし、アンタの思惑通りアタシ達が動かされるってわけか」

 千秋を殺害するという依頼はきけなくても、過激派討伐という共存派の主目的を持ち出されては無視することはできない。

「分かったよ。寺の過激派はアタシ達が倒す」

「頼みましたわ。わたくしの心の平穏のためにも」

「・・・ほんと、いけすかないヤツだ」

 朱音は退室し千秋へと連絡を取ることにした。今日の事を報告するため、そして共闘の依頼をするためだ。
 

   -続く-
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