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第11話 同棲の始まり
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風俗街にある貸出中のビル、その中でヒトならざる者同士の死闘が繰り広げられていたことを知る者は少ない。明らかに異質な物音がしていたのだが、この付近では珍しいことではないと誰も気に留めていなかった。それは厄介事に巻き込まれたくないという心理が働いてのことでもある。
「小春、話があるのだけれど・・・・・・」
ビルから離れて美広の迎えを待っている時、千秋はもじもじとしながら小春を呼ぶ。先ほどまでの凛々しく戦闘していた雰囲気とは真逆で、そのギャップはとても可愛らしかった。
「どうしたの? もしかしてトイレ?」
「ち、違うわよ! そうじゃなくて・・・・・・」
「ん?」
顔を赤らめて視線を泳がせる様子は、やはりトイレが近いことを表しているのではと小春は首を傾げる。
「これはママ・・・お母さんとも話し合ったことなのだけれど、私達の家で一緒に暮らさないかって」
「・・・えっ!?」
「驚くのも無理ないわよね。でも、聞いて。あなたは今一人で家にいるのでしょう?」
「そ、そうだけど」
「一人でいるのは危険だわ。あなたの情報が敵に知れているわけではないとはいえ、また傀儡吸血姫のターゲットとなる可能性がある」
以前に襲われた時も一人のところを狙われたのだ。しかも小春の家は街から離れていて人気も少ない。そんなところで襲われたら今度こそ取返しのつかないことになるだろう。
「私の傍に居てくれれば守ってあげられるわ。というか、あなたのことを私は守りたいの」
必死な言い方から千秋の温かな心が伝わってくる。彼女が小春のことを考えてくれているのは間違いなく、それはフェイバーブラッド持ちだからという理由だけではない。
そして、その誘いは小春にとって決して嫌なものではなかった。
「うん、そうしようかな。私も・・・一人はちょっと怖くなっちゃった」
変妖術を使用した吸血姫を目の当たりにすればビビりもするだろう。見慣れた人型を大きく逸脱した姿で襲う敵に恐怖するなという方が無理だ。
「でも・・・私も吸血姫よ。あなたの知らない一面があったり、変妖術とは違うけれども特殊な術を行使できる、人間とは違う存在・・・・・・それでも私の元に来てくれる?」
「千秋ちゃんは怖くないよ。命を預けていい相手だって思える」
「小春は必ず守る。例え変妖術を使う敵が来たとしても」
赤時小春という人間をどうしてこうも気に入ったのかは自分でも分からなかったが、運命とは理屈ではないし無理矢理理由付けをする必要もないものだ。
ただ一つ確かな事は小春を独り占めしたいという願望を千秋が持ち始めたということだ。目の前の笑顔が、ただ自分にだけ向けられていて欲しいという願望を。
美広の迎えの車に乗り、一度自宅へと戻った小春は荷物をまとめる。これから暫くは千秋の家で世話になるわけで当分はここに帰ることもない。本来なら親に連絡の一つもするべきなのだろうが、そもそも親からの連絡が長いこと無いので別にいいかと置手紙さえ残さず自宅を出た。
「美広さん、これから宜しくお願いします」
千祟家の敷居を跨ぎ、改めて挨拶する。
「こちらこそ! ここはもう赤時さん・・・いえ、小春ちゃんのお家でもありますから、遠慮なく使ってください」
小春を家族の一員として歓迎してくれる美広は本当の母よりも親近感が湧き、ここに来て良かったという気持ちを強くさせた。
「家事とか色々お手伝いしますので、何なりと言ってください」
「小春ちゃんは千秋ちゃんのお手伝いを既にしているんですから、そんな気負わなくても大丈夫ですよ?」
「いえ、千秋ちゃんには守ってもらっていますから。それに、住まわしてもらうのに何のご奉仕もしないなんて、そんな非人道的なことできません!」
「ならお手伝いしてもらっちゃいますね。わたしは仕事で家を留守にすることが多いので、そういう時に洗濯とかお掃除をしていただくのはどうでしょう?」
「はい! 精一杯務めさせていただきます!」
いくら千秋や朱音といった共存派吸血姫の支援をしているとはいえ、住まいとご飯を出してもらうわけで何もしないなど忍びないにもほどがある。
「というわけで、実はこの後職場に戻らないとなので・・・千秋ちゃん、お部屋まで案内してあげてね」
もう日付も変わった深夜にも関わらず職場へと向かわなければならないらしい。こんなことが頻繁にあるようだが、美広がいつ就寝しているのか不思議なレベルである。
「分かったわ。仕事、あまり無理し過ぎないで」
「ほどほどに頑張るわ。二人の娘を置いて死ぬわけにはいきませんものね」
充分に無理をしている気がするが小春が来たことで一層気合を入れているようだ。
悲しそうな笑顔で手を振りながら出ていく美広を見送り、千秋は小春を用意した部屋へと案内する。
「ここを使って」
空き部屋の一つを貸し出してくれるようで、中には物はほとんどなく布団と小さなテーブルが置かれているくらいだった。それでも充分だし自宅から持ち出した物を置けば立派な住まいになる。
「ありがとう。わざわざ個室まで用意してくれて」
「一人の時間も大切でしょう? それに・・・もし私と相部屋だったら、好きな時に自慰もできないものね?」
「ち、千秋ちゃん! えっちなんだから・・・・・・」
「吸血姫は元々淫らな存在よ。欲求が人よりも強いの」
そう言う千秋の目つきが淫靡なもので小春はドキッとする。
「ふふ、ごめんなさい。それじゃあ私はシャワーを浴びて寝るわね」
「う、うん」
こうして小春と千秋の共同生活が始まった。少し前までは考えられなかった事で、小春の環境は大きく変わり始めている。
とある邸宅、風俗街に現れたフード付のパーカーを来た不審者が不満そうにコインを弄んでいた。その目は赤く、尖った犬歯は吸血姫の特徴そのものだ。
「戻っていたのか」
遊戯室の扉を開いて現れたのは奇怪な仮面を付け、しかも変声デバイスで電子的な音声を発するこれまた不審者であった。ここは変人達の聖地なのだろうか。
「で、柳には会ったのか?」
「アイツは死んだよ」
「ほう・・・・・・」
「あの女・・・千祟千秋と愉快な仲間達に殺された」
「千祟千秋・・・・・・」
その名前に二人とも浅からぬ因縁があるようで暫しの沈黙が流れた。
「柳は変妖術を使える才能があったからな・・・あの術を使える適正者は少ないのに、それを失ったのは痛いな」
「しかし宝条(ほうじょう)、変妖術を復活させたお前がいれば、術を広めていくことは可能だ」
「それはそうだが・・・・・・」
宝条と呼ばれたフード付の吸血姫はコインを仮面の女に向けて弾き、腰かけていた椅子から立ち上がる。
「まっ、後はアンタの戦略次第さ」
「宝条、お前がもっと働いてくれれば事はスムーズに進むはずだ」
「いやいや。私は働かずして血を吸いたいんだよ。不労所得は人間も吸血姫も関係なく夢に見るだろ?」
「そのような戯言を言っているから柳は死んだのではないのか?」
仮面の女は苛立ちを隠せずに言い放つ。どうやら仮面は感情を隠すとかそういう意味で付けているわけではないようだ。
「あ? 私にそんな口答えをしていいんか? アンタは正体を隠すのに必死だけど、私だけは知っている・・・・・・バラしてほしくなきゃ、あんまデカい態度を取るなよ」
宝条は仮面の女の肩に手を置き完全な脅し文句を垂れる。
「アンタはこれまで通り、影で暗躍していればいいんだ。こそこそとな。で、私には新鮮な血を運んでくれればいいのさ。私にとってもアンタは重要なパートナーだから、簡単には失いたくないんで失望させるなよ?」
「ごく潰しとはよく言ったものだな。お前にこそ当てはまる言葉だと思わんか?」
「ハハッ! 住まわせてもらうなら家事でもしろってか?冗談じゃないね。私はね、喰って寝て遊んでいられればいいのさ」
宝条にとって労働などは自分のすることではないと思っている。だから脅す材料がある相手に寄生し、ただ惰眠を貪る生活を続けているのだ。
「それじゃあ私は寝るから。てか、その仮面似合ってないぞ」
「お前のような者には分からない芸術だ」
「あっそ。じゃあね、レジーナ」
自室という名の強引に借り上げた寝室に戻って行く宝条。
それを見送るレジーナは宝条から受け取ったコインを強く握りしめて仮面の奥で歯ぎしりをしながらも、変妖術を再現してみせた彼女が必要であることを恨めしく思うのであった。
朝、視線を感じて小春は目を覚ました。
「・・・千秋ちゃん何してるの?」
「あら、起きた?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら小春の顔を見つめて目覚めるのを待っていた千秋。いつから居たのかは知らないが、小春は寝顔を見られていたことに恥ずかしさを感じる。
「実は小春を起こそうかなって来たのだけど、あまりにも可愛らしい寝顔だったからつい眺めてしまったわ」
「も、もう・・・・・・」
小春は上体を起こし、何かされていないか手近に置いてあった手鏡で顔をチェックした。とりあえずは落書きなどされていないので安心する。
「そんな不安にならなくても大丈夫よ。服だって脱がしたりしてないわ」
「・・・脱がそうとしたの?」
「ちょっとだけ」
「えぇ・・・・・・」
戸に鍵は無いのだが今日にでも買ってきて付けようかと悩む。
「まあそれはともかく。朝ご飯ができたわよ」
「言ってくれればお手伝いしたのに」
「ふふ、私の料理を食べてほしかったのよ」
よほど自信があるのだろう。
小春は千秋とリビングに向かうのだが、
「・・・これ、千秋ちゃんが?」
「そうよ。遠慮しないで食べてちょうだい」
テーブルの上に置かれている料理を見て小春は固まる。
焦げ付いた鮭、歪な形の卵焼き等々・・・・・・
「千秋ちゃん、料理は今日が初めて?」
「いえ、何度も作っているわ」
「美広さんも食べることあるの?」
「あるわよ。美味しいって涙を浮かべながら食べてくれるのよ」
恐らく我慢して食べているのだろう。
だがもしかしたら味はマトモかもしれない。小春は頂きますと手を合わせ、恐る恐る箸を伸ばして卵焼きを口に入れる。
その瞬間、
「世界が、視える・・・・・・」
小春の意識は、宇宙の果てまで飛んでいった・・・・・・
-続く-
「小春、話があるのだけれど・・・・・・」
ビルから離れて美広の迎えを待っている時、千秋はもじもじとしながら小春を呼ぶ。先ほどまでの凛々しく戦闘していた雰囲気とは真逆で、そのギャップはとても可愛らしかった。
「どうしたの? もしかしてトイレ?」
「ち、違うわよ! そうじゃなくて・・・・・・」
「ん?」
顔を赤らめて視線を泳がせる様子は、やはりトイレが近いことを表しているのではと小春は首を傾げる。
「これはママ・・・お母さんとも話し合ったことなのだけれど、私達の家で一緒に暮らさないかって」
「・・・えっ!?」
「驚くのも無理ないわよね。でも、聞いて。あなたは今一人で家にいるのでしょう?」
「そ、そうだけど」
「一人でいるのは危険だわ。あなたの情報が敵に知れているわけではないとはいえ、また傀儡吸血姫のターゲットとなる可能性がある」
以前に襲われた時も一人のところを狙われたのだ。しかも小春の家は街から離れていて人気も少ない。そんなところで襲われたら今度こそ取返しのつかないことになるだろう。
「私の傍に居てくれれば守ってあげられるわ。というか、あなたのことを私は守りたいの」
必死な言い方から千秋の温かな心が伝わってくる。彼女が小春のことを考えてくれているのは間違いなく、それはフェイバーブラッド持ちだからという理由だけではない。
そして、その誘いは小春にとって決して嫌なものではなかった。
「うん、そうしようかな。私も・・・一人はちょっと怖くなっちゃった」
変妖術を使用した吸血姫を目の当たりにすればビビりもするだろう。見慣れた人型を大きく逸脱した姿で襲う敵に恐怖するなという方が無理だ。
「でも・・・私も吸血姫よ。あなたの知らない一面があったり、変妖術とは違うけれども特殊な術を行使できる、人間とは違う存在・・・・・・それでも私の元に来てくれる?」
「千秋ちゃんは怖くないよ。命を預けていい相手だって思える」
「小春は必ず守る。例え変妖術を使う敵が来たとしても」
赤時小春という人間をどうしてこうも気に入ったのかは自分でも分からなかったが、運命とは理屈ではないし無理矢理理由付けをする必要もないものだ。
ただ一つ確かな事は小春を独り占めしたいという願望を千秋が持ち始めたということだ。目の前の笑顔が、ただ自分にだけ向けられていて欲しいという願望を。
美広の迎えの車に乗り、一度自宅へと戻った小春は荷物をまとめる。これから暫くは千秋の家で世話になるわけで当分はここに帰ることもない。本来なら親に連絡の一つもするべきなのだろうが、そもそも親からの連絡が長いこと無いので別にいいかと置手紙さえ残さず自宅を出た。
「美広さん、これから宜しくお願いします」
千祟家の敷居を跨ぎ、改めて挨拶する。
「こちらこそ! ここはもう赤時さん・・・いえ、小春ちゃんのお家でもありますから、遠慮なく使ってください」
小春を家族の一員として歓迎してくれる美広は本当の母よりも親近感が湧き、ここに来て良かったという気持ちを強くさせた。
「家事とか色々お手伝いしますので、何なりと言ってください」
「小春ちゃんは千秋ちゃんのお手伝いを既にしているんですから、そんな気負わなくても大丈夫ですよ?」
「いえ、千秋ちゃんには守ってもらっていますから。それに、住まわしてもらうのに何のご奉仕もしないなんて、そんな非人道的なことできません!」
「ならお手伝いしてもらっちゃいますね。わたしは仕事で家を留守にすることが多いので、そういう時に洗濯とかお掃除をしていただくのはどうでしょう?」
「はい! 精一杯務めさせていただきます!」
いくら千秋や朱音といった共存派吸血姫の支援をしているとはいえ、住まいとご飯を出してもらうわけで何もしないなど忍びないにもほどがある。
「というわけで、実はこの後職場に戻らないとなので・・・千秋ちゃん、お部屋まで案内してあげてね」
もう日付も変わった深夜にも関わらず職場へと向かわなければならないらしい。こんなことが頻繁にあるようだが、美広がいつ就寝しているのか不思議なレベルである。
「分かったわ。仕事、あまり無理し過ぎないで」
「ほどほどに頑張るわ。二人の娘を置いて死ぬわけにはいきませんものね」
充分に無理をしている気がするが小春が来たことで一層気合を入れているようだ。
悲しそうな笑顔で手を振りながら出ていく美広を見送り、千秋は小春を用意した部屋へと案内する。
「ここを使って」
空き部屋の一つを貸し出してくれるようで、中には物はほとんどなく布団と小さなテーブルが置かれているくらいだった。それでも充分だし自宅から持ち出した物を置けば立派な住まいになる。
「ありがとう。わざわざ個室まで用意してくれて」
「一人の時間も大切でしょう? それに・・・もし私と相部屋だったら、好きな時に自慰もできないものね?」
「ち、千秋ちゃん! えっちなんだから・・・・・・」
「吸血姫は元々淫らな存在よ。欲求が人よりも強いの」
そう言う千秋の目つきが淫靡なもので小春はドキッとする。
「ふふ、ごめんなさい。それじゃあ私はシャワーを浴びて寝るわね」
「う、うん」
こうして小春と千秋の共同生活が始まった。少し前までは考えられなかった事で、小春の環境は大きく変わり始めている。
とある邸宅、風俗街に現れたフード付のパーカーを来た不審者が不満そうにコインを弄んでいた。その目は赤く、尖った犬歯は吸血姫の特徴そのものだ。
「戻っていたのか」
遊戯室の扉を開いて現れたのは奇怪な仮面を付け、しかも変声デバイスで電子的な音声を発するこれまた不審者であった。ここは変人達の聖地なのだろうか。
「で、柳には会ったのか?」
「アイツは死んだよ」
「ほう・・・・・・」
「あの女・・・千祟千秋と愉快な仲間達に殺された」
「千祟千秋・・・・・・」
その名前に二人とも浅からぬ因縁があるようで暫しの沈黙が流れた。
「柳は変妖術を使える才能があったからな・・・あの術を使える適正者は少ないのに、それを失ったのは痛いな」
「しかし宝条(ほうじょう)、変妖術を復活させたお前がいれば、術を広めていくことは可能だ」
「それはそうだが・・・・・・」
宝条と呼ばれたフード付の吸血姫はコインを仮面の女に向けて弾き、腰かけていた椅子から立ち上がる。
「まっ、後はアンタの戦略次第さ」
「宝条、お前がもっと働いてくれれば事はスムーズに進むはずだ」
「いやいや。私は働かずして血を吸いたいんだよ。不労所得は人間も吸血姫も関係なく夢に見るだろ?」
「そのような戯言を言っているから柳は死んだのではないのか?」
仮面の女は苛立ちを隠せずに言い放つ。どうやら仮面は感情を隠すとかそういう意味で付けているわけではないようだ。
「あ? 私にそんな口答えをしていいんか? アンタは正体を隠すのに必死だけど、私だけは知っている・・・・・・バラしてほしくなきゃ、あんまデカい態度を取るなよ」
宝条は仮面の女の肩に手を置き完全な脅し文句を垂れる。
「アンタはこれまで通り、影で暗躍していればいいんだ。こそこそとな。で、私には新鮮な血を運んでくれればいいのさ。私にとってもアンタは重要なパートナーだから、簡単には失いたくないんで失望させるなよ?」
「ごく潰しとはよく言ったものだな。お前にこそ当てはまる言葉だと思わんか?」
「ハハッ! 住まわせてもらうなら家事でもしろってか?冗談じゃないね。私はね、喰って寝て遊んでいられればいいのさ」
宝条にとって労働などは自分のすることではないと思っている。だから脅す材料がある相手に寄生し、ただ惰眠を貪る生活を続けているのだ。
「それじゃあ私は寝るから。てか、その仮面似合ってないぞ」
「お前のような者には分からない芸術だ」
「あっそ。じゃあね、レジーナ」
自室という名の強引に借り上げた寝室に戻って行く宝条。
それを見送るレジーナは宝条から受け取ったコインを強く握りしめて仮面の奥で歯ぎしりをしながらも、変妖術を再現してみせた彼女が必要であることを恨めしく思うのであった。
朝、視線を感じて小春は目を覚ました。
「・・・千秋ちゃん何してるの?」
「あら、起きた?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら小春の顔を見つめて目覚めるのを待っていた千秋。いつから居たのかは知らないが、小春は寝顔を見られていたことに恥ずかしさを感じる。
「実は小春を起こそうかなって来たのだけど、あまりにも可愛らしい寝顔だったからつい眺めてしまったわ」
「も、もう・・・・・・」
小春は上体を起こし、何かされていないか手近に置いてあった手鏡で顔をチェックした。とりあえずは落書きなどされていないので安心する。
「そんな不安にならなくても大丈夫よ。服だって脱がしたりしてないわ」
「・・・脱がそうとしたの?」
「ちょっとだけ」
「えぇ・・・・・・」
戸に鍵は無いのだが今日にでも買ってきて付けようかと悩む。
「まあそれはともかく。朝ご飯ができたわよ」
「言ってくれればお手伝いしたのに」
「ふふ、私の料理を食べてほしかったのよ」
よほど自信があるのだろう。
小春は千秋とリビングに向かうのだが、
「・・・これ、千秋ちゃんが?」
「そうよ。遠慮しないで食べてちょうだい」
テーブルの上に置かれている料理を見て小春は固まる。
焦げ付いた鮭、歪な形の卵焼き等々・・・・・・
「千秋ちゃん、料理は今日が初めて?」
「いえ、何度も作っているわ」
「美広さんも食べることあるの?」
「あるわよ。美味しいって涙を浮かべながら食べてくれるのよ」
恐らく我慢して食べているのだろう。
だがもしかしたら味はマトモかもしれない。小春は頂きますと手を合わせ、恐る恐る箸を伸ばして卵焼きを口に入れる。
その瞬間、
「世界が、視える・・・・・・」
小春の意識は、宇宙の果てまで飛んでいった・・・・・・
-続く-
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