フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第4話 次なる戦場

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「千祟(ちすい)さん、皆と一緒にご飯食べたりするの苦痛じゃない?」

 火曜日の放課後、赤時小春(あかとき こはる)は不安そうな顔で千秋に問いかける。先日勢いで誘い今日も共に昼を過ごしたのだが、普段一人で過ごすことの多い千秋にとっては迷惑だったのではと心配になったのだ。

「いえ別に大丈夫よ」

「ならよかった。誘ったのはいいけど、本当は嫌だったらどうしようって」

「ふふ、あなたはお人好しなのね。そんな気遣いまでするなんて」

「そうかな?」

 小春にとっては当たり前の心遣いをしただけで、特段自分が優しいだとかは思わない。

「たしかに今までは友達という存在はいなかったから少し戸惑うこともあるけど、赤時さんも皆もよくしてくれて・・・だから嫌とかってのはないの」

「美奈子達も千祟さんと仲良くしたいって前から思っていたみたいだし、いい関係を築けそうだね」

「そうね・・・・・・」

 千秋は人付き合いが得意ではないのだが、それは自分が人類にとって忌むべき存在だというコンプレックスに起因している。吸血姫だとカミングアウトしなければバレるものではないとはいえ、心のどこかで引け目を感じてそれが結果的に千秋を臆病にしているのだ。
 だからこそ小春の誘いを受けて不安もあったが杞憂でしかなかったらしい。

「あの、それとは関係ない話なのだけれど、今週の金曜日は何か予定はあるかしら?」

「金曜? 学校以外は特に予定はないなぁ」

「それならまた私と過激派狩りに出てもらえないかしら。敵の拠点の一つを発見したから攻撃をかけるわ」

「オッケー。一緒に行くよ」

 快く承諾してもらえて千秋はホッとする。

「私、千祟さんの役に立ててるんだね」

「ええ、あなたの血は必要よ。この膠着した戦局を打開するキーとなるわ」

「血が、ね・・・・・・」

 千秋にとって必要なのは小春の血液だ。つまり小春という人格等の個体情報はどうでもよくフェイバーブラッドを精製できる肉体が必要とされているわけで、そこに一抹の寂しさを覚えずにはいられない。

「そういえばさ、共存派の人達ってどうやって血液を手に入れているの? 人間を襲ったりはしないんでしょう?」

「普段は動物の血を飲んでいるわ。人間が動物の肉を喰らうようにね。でも動物の血は人間の血に比べて精製できるエネルギーの量も質も低いの。だから過激派はそれでは満足できずに人を襲うのよ」

 味も人間の血のほうが美味しく、千秋も動物の血はあまり好きではなかった。しかし戦いのためには力をつけなければならず仕方なく摂取していたのだ。

「そんなヤツらが赤時さんの血を知ってしまったら、どうなるか分かるでしょう?」

「生まれたことを後悔するレベルで血を吸いつくされちゃうんだろうね」

「そうならないように私も全力であなたを守るわ」

 小春を敵が手に入れれば、それは共存派にとって致命的となる。だからこそ傀儡吸血姫に攫われた小春を助けることができて良かったし、今後も守っていかなければならない。
 更なる責任を背負いながらも千秋の責務を全うする決意に変わりはなかった。





 そして次の金曜日の夜、千秋の家を訪れた小春。そこから千秋の保護者である美広の車で目的の工業エリアまで向かう。
 
「まだ沢山の人が働いているんだね」

 工業エリアにある多くの工場は稼働中で、ここだけ夜とは思えないほど活気がある。こうして汗水を流している人達のおかげで市場に潤沢な商品が流通しているわけだ。

「こんな所に敵の拠点なんてあるの?」

「工業エリアは七つのブロックに別れているの。問題なのは第三ブロックで、ここは企業の倒産が相次いで今は廃墟状態になっているわ。その廃屋となっている工場の一つに過激派の拠点があるみたい」

「でも人が沢山いる場所の近くだし、見回りとかでバレそうなものだけどねえ」

「人は自分の事に必死で多くの物事を見逃すものよ。他者のことになんて、よほどの事がなければ注意なんて向けないわ」

 人間という生き物は自分に関係ないことや赤の他人のことになど関心を持たない。そういう習性につけ込むのが悪人であり、事実、過激派が巣くっていても誰も気がつかないのだ。
 車は第三ブロックに近い場所で止まり、そこで千秋達は下車する。

「ゴメンねぇ・・・手助けしたいけど、これからまた会社に戻らないといけないの・・・・・・」

「いえ、わざわざ残業中に抜け出してきてくれてありがとう。ここからは私達に任せて」

「必ず生きて帰ってくるのよ。赤時さんもね」

 美広はクマのできた目でウインクしながら去っていった。彼女には別の戦場が待っている。

「さて・・・行きましょうか」

「うん」

 静まった周囲を警戒しながら第三ブロックの入口に近づいていくと、そこには人影があって小春が身構えた。

「千祟さん、誰かいるよ・・・見つかっちゃうかも」

「大丈夫。アレは敵じゃないわ」

「?」

 千秋はそう言うと暗闇に佇む人影へと躊躇なく歩み寄って行く。

「待たせたわね」

「いいや、アタシも今来たところ・・・というか、そこにいるのは赤時さんじゃん。なんで一緒なの?」

 声の主に小春は覚えがあった。それは間違いなくクラスメイトの相田朱音(あいだ あかね)だ。

「彼女には重要な役どころを担ってもらうのよ」

「はは~ん・・・とかなんとか言って、デート気分で戦場に来たんだな。意外と隅に置けないなあ、このこのぉ」

 朱音は千秋の脇腹を肘で軽くこずき、鬱陶しそうに千秋は冷たい視線を送る。

「あの、なんで相田さんがここに?」

「アタシも吸血姫なんだ。ちーちと同じく過激派と戦ってんのさ」

「ちーち?」

「千祟千秋を略してちーち。カワイイでしょ?」

 あのクールな千秋にそんな可愛らしいアダ名があることに小春は驚きを隠せない。

「その呼び方はヤメてちょうだいと言ったはずよ」

「学校では呼んでないんだからいいじゃん。赤時さんにもそう呼んでもらいなよ」

「赤時さん、絶対にその呼び方はしないで」

 千秋の圧に黙ってコクコクと頷くしかない小春。まさか吸血姫の機嫌を損ねるなど一般人である小春にできるはずもなかった。

「でさ、赤時さんの重要な役割って何さ?」

「アナタは吸血姫としては信じられるから言うけれど・・・・・・」

 千秋は朱音に耳打ちをして小春がフェイバーブラッドの持ち主だということを伝える。

「・・・マジんこ?」

「ええ。だから赤時さんには我々に血を提供してもらうことになっているの」

「なる・・・しかしよく見つけてきたね」

「偶然ね・・・でもこれで過激派を上回る力を手に入れることができるわ」

 過激派連中は傀儡吸血姫を量産しており物量差で負けている。それを上回るためには個人の戦闘力を上げるしかない。それに必要なのがフェイバーブラッドだ。

「じゃあ早速頂いちゃおうかな。赤時さんの血をさ」

「う、うん。いいよ」

 千秋以外の吸血姫に血を差し出すのはこれが初めてで、千秋との初回の時のような緊張をしながら首にかかる髪の毛をすくい上げる。

「綺麗な首筋だね。このまま喰いちぎりたいくらい」

「こ、怖いこと言わないで」

「冗談だよ。それじゃあ・・・・・・」

 抱き寄せられた小春の首に朱音の犬歯が突き刺さる。痛みが走り、ズキズキとして小春は顔をしかめた。

「痛い・・・・・・」

 これが本来の吸血なのだろう。痛みは退かず、血を抜かれる倦怠感と不快感が襲ってきて早く終わって欲しいとしか思わない。
 そんな小春の気持ちを察してかは知らないが朱音の歯が引き抜かれる。

「ふ~む・・・確かにこの血はスゴイわ。やみつきになりそう」

「そ、それはよかった・・・・・・」

「ねえ、このままアタシのモノにならない? 赤時さんとならいいお付き合いができる気がする」

 小春の顎を指でつまんで自分の顔へと向けさせる。朱音の方が頭一つ分身長が高く、腰を抱かれていることも相まってまるで恋人同士のようだ。

「ちょっと! 意味わからないことを言って赤時さんを困らせないで」

 そんな二人の間に割って入り千秋は小春を引き剥がした。

「赤時さん、大丈夫? 吸血で体調が悪くなったりしていない?」

「大丈夫だよ。でも、千祟さんの時とは違って・・・・・・」

「痛かったのね。でも安心して。私が気持ちよくさせてあげる」

 今度は千秋が朱音の噛んだ場所に歯を立てる。そしてゆっくりと、慈しむように血を吸い出した。

「んっ・・・あっ・・・・・・」

 やはり千秋の吸血は感触が違った。先ほどまで残っていた痛みは綺麗に消え、甘い心地よさが小春の体を支配する。

「どうかしら? 少しは痛みを和らげることができたと思うけれど」

「うん。良くなったみたい」

 体内の血が少なくなったせいか、それとも千秋のせいかは分からないが頭がフワフワとしてくる。この絶妙な感覚は普通の生活では感じることのできないもので、だんだんと癖になりつつあった。

「見せつけてくれるじゃん・・・そんなにちーちの吸血が気持ちいいの?」

「私と赤時さんは体の相性がいいの。だから吸血に苦痛はないわ」

「ちぇー・・・せっかく赤時さんを落とそうとしたのに、これじゃあちーちには勝てないな」

「フッ・・・女たらしの相田朱音でも無理ね」

 朱音は学校内ならず目に付いた女性に手を出して、しかも落とせているために女たらしと影で言われているのだ。
 そんな朱音でもなびかせることのできなかった事から千秋に謎の敗北感を感じ、どうやって小春を手にしようか考えていると、

「キミ達、こんなところで何をしているんだ?」

 いきなり声をかけられて、三人は驚きながら声のした方へと向き直る。

「こんな時間に出歩いていい年齢には見えないな。不審者の目撃情報も増えているのにダメじゃないか」

 近づいてくるのはこの工業エリアを巡視している警備員のようだ。見慣れた警備会社のロゴが入った制服を着用しており、ペンライトで小春達を照らす。

「どうしよう千祟さん。マズいんじゃ・・・・・・」

「大丈夫、任せて」

 一歩前に出た千秋が警備員の前に立ち、

「さがりなさい。ここから離れて私達のことは忘れなさい」

 と強気に言い放つ。そんな事を聞き入れてくれるはずもないと小春は思ったのだが、警備員は急にフラついた足取りになって回れ右をし、その場から立ち去っていった。

「えっ・・・どういうこと?」

「ちーちは催眠術を使ったんだよ。アタシ達吸血姫が使える特殊能力の一つさ。ちなみに傀儡吸血姫は使えないよ」

「へえ、そんなことができるんだ?」

「一般人相手限定でね。吸血姫と、何故かフェイバーブラッド持ちには効かないけど」

 見ると千秋の赤い瞳が薄く光っており、どうやら催眠術とやらを発動して警備員を引き下がらせたようだ。

「上手くいってよかったわ」

「この催眠術が吸血姫にも効けば過激派連中を黙らせることもできるのにな」

「よほどの訓練を積むか、あるいは研究を重ねれば可能になるかもしれないわね。でもそんな話は聞いたことないし・・・・・・それより相田さん、アナタは催眠術を使って女の子に手を出しているんじゃないでしょうね?」

「まさか。あのね、催眠術を使っても意味ないのさ。分かるかなあ、このアタシの美学が」

「全く分からないわね」

 自らの魅力で落とすことを信条にしているらしいが、そのこだわりは千秋に理解できるものではなかった。
 ともかく千秋の催眠術によってピンチを抜け出したわけだがこれは前哨戦にもならない。本番はここからだ。

「さて、気を取り直していきまょう。相田さん、敵の潜伏している廃工場の場所は知っているのよね?」

「ああ。この前、後をつけた傀儡吸血姫がこの先にある廃工場に入って行くのを見たんだ。きっとそこに敵の拠点があるはず」

「じゃあそこに行くわよ。で、敵を見つけたら叩き潰す」

 第三工業ブロックの敷地内へと潜入し朱音が示す廃工場を目指していく。
 次なる激闘の始まりは、すぐそこまで近づいている・・・・・・

 
   -続く-
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